<ruby><rb>蠅</rb><rt>はえ</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たた</rt></ruby>きつぶしたところで、蠅の「物そのもの」は死にはしない。単に蠅の現象をつぶしたばかりだ。――

ショウペンハウエル。

  


## １

旅への<ruby><rb>誘</rb><rt>いざな</rt></ruby>いが、次第に私の<ruby><rb>空想</rb><rt>ロマン</rt></ruby>から消えて行った。昔はただそれの表象、汽車や、汽船や、見知らぬ他国の町々やを、イメージするだけでも心が<ruby><rb>躍</rb><rt>おど</rt></ruby>った。しかるに過去の経験は、旅が単なる「同一空間における同一事物の移動」にすぎないことを教えてくれた。<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ行って見ても、同じような人間ばかり住んでおり、同じような村や町やで、同じような単調な生活を繰り返している。<ruby><rb>田舎</rb><rt>いなか</rt></ruby>のどこの小さな町でも、商人は店先で<ruby><rb>算盤</rb><rt>そろばん</rt></ruby>を<ruby><rb>弾</rb><rt>はじ</rt></ruby>きながら、終日白っぽい往来を見て暮しているし、官吏は役所の中で<ruby><rb>煙草</rb><rt>タバコ</rt></ruby>を吸い、昼飯の菜のことなど考えながら、来る日も来る日も同じように、味気ない単調な日を暮しながら、次第に年老いて行く人生を<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めている。旅への誘いは、私の疲労した心の影に、とある<ruby><rb>空地</rb><rt>あきち</rt></ruby>に<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えた<ruby><rb>青桐</rb><rt>あおぎり</rt></ruby>みたいな、無限の退屈した風景を映像させ、どこでも同一性の方則が反覆している、人間生活への味気ない<ruby><rb>嫌厭</rb><rt>けんえん</rt></ruby>を感じさせるばかりになった。私はもはや、どんな旅にも興味とロマンスをなくしてしまった。

久しい以前から、私は私自身の独特な方法による、不思議な旅行ばかりを続けていた。その私の旅行というのは、人が時空と因果の外に<ruby><rb>飛翔</rb><rt>ひしょう</rt></ruby>し得る唯一の瞬間、<ruby><rb>即</rb><rt>すなわ</rt></ruby>ちあの夢と現実との境界線を巧みに利用し、主観の構成する自由な世界に遊ぶのである。と言ってしまえば、もはやこの上、私の秘密について多く語る必要はないであろう。ただ私の場合は、用具や設備に面倒な手数がかかり、かつ日本で入手の困難な<ruby><rb>阿片</rb><rt>あへん</rt></ruby>の代りに、簡単な注射や服用ですむモルヒネ、コカインの類を多く用いたということだけを附記しておこう。そうした麻酔によるエクスタシイの夢の中で、私の旅行した国々のことについては、<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>に詳しく述べる余裕がない。だがたいていの場合、私は<ruby><rb>蛙</rb><rt>かえる</rt></ruby>どもの群がってる沼沢地方や、極地に近く、ペンギン鳥のいる沿海地方などを<ruby><rb>彷徊</rb><rt>ほうかい</rt></ruby>した。それらの夢の景色の中では、すべての色彩が<ruby><rb>鮮</rb><rt>あざ</rt></ruby>やかな原色をして、海も、空も、<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>のように透明な<ruby><rb>真青</rb><rt>まっさお</rt></ruby>だった。<ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>めての後にも、私はそのヴィジョンを記憶しており、しばしば現実の世界の中で、異様の錯覚を起したりした。

薬物によるこうした旅行は、だが私の健康をひどく害した。私は日々に<ruby><rb>憔悴</rb><rt>しょうすい</rt></ruby>し、血色が悪くなり、皮膚が老衰に<ruby><rb>澱</rb><rt>よど</rt></ruby>んでしまった。私は自分の<ruby><rb>養生</rb><rt>ようじょう</rt></ruby>に注意し始めた。そして運動のための散歩の途上で、<ruby><rb>或</rb><rt>あ</rt></ruby>る日偶然、私の風変りな旅行癖を満足させ得る、一つの新しい方法を発見した。私は医師の指定してくれた注意によって、毎日家から四、五十町（三十分から一時間位）の附近を散歩していた。その日もやはり<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>も通りに、ふだんの散歩区域を歩いていた。私の通る道筋は、いつも同じように決まっていた。だがその日に限って、ふと知らない横丁を通り抜けた。そしてすっかり道をまちがえ、方角を<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らなくしてしまった。元来私は、磁石の方角を直覚する感官機能に、何かの著るしい欠陥をもった人間である。そのため道のおぼえが悪く、少し慣れない土地へ行くと、すぐ<ruby><rb>迷児</rb><rt>まいご</rt></ruby>になってしまった。その上私には、道を歩きながら<ruby><rb>瞑想</rb><rt>めいそう</rt></ruby>に<ruby><rb>耽</rb><rt>ふけ</rt></ruby>る癖があった。途中で知人に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>されても、少しも知らずにいる私は、時々自分の家のすぐ近所で迷児になり、人に道をきいて笑われたりする。かつて私は、長く住んでいた家の<ruby><rb>廻</rb><rt>まわ</rt></ruby>りを、<ruby><rb>塀</rb><rt>へい</rt></ruby>に添うて何十回もぐるぐると廻り歩いたことがあった。方角観念の錯誤から、すぐ目の前にある門の入口が、どうしても見つからなかったのである。家人は私が、まさしく<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>に化かされたのだと言った。狐に化かされるという状態は、つまり心理学者のいう三半規管の疾病であるのだろう。なぜなら学者の説によれば、方角を知覚する特殊の機能は、耳の中にある三半規管の作用だと言うことだから。

余事はとにかく、私は道に迷って困惑しながら、<ruby><rb>当推量</rb><rt>あてずいりょう</rt></ruby>で見当をつけ、家の方へ帰ろうとして道を急いだ。そして樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度かぐるぐる廻ったあとで、ふと或る<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎ</rt></ruby>やかな往来へ出た。それは全く、私の知らない<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>かの美しい町であった。街路は清潔に<ruby><rb>掃除</rb><rt>そうじ</rt></ruby>されて、<ruby><rb>鋪石</rb><rt>ほせき</rt></ruby>がしっとりと露に<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬ</rt></ruby>れていた。どの商店も<ruby><rb>小綺麗</rb><rt>こぎれい</rt></ruby>にさっぱりして、<ruby><rb>磨</rb><rt>みが</rt></ruby>いた硝子の<ruby><rb>飾窓</rb><rt>かざりまど</rt></ruby>には、様々の珍しい商品が並んでいた。<ruby><rb>珈琲</rb><rt>コーヒー</rt></ruby>店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、<ruby><rb>杏</rb><rt>あんず</rt></ruby>のように明るくて<ruby><rb>可憐</rb><rt>かれん</rt></ruby>であった。かつて私は、こんな情趣の深い町を見たことがなかった。一体こんな町が、東京の何所にあったのだろう。私は地理を忘れてしまった。しかし時間の計算から、それが私の家の近所であること、徒歩で半時間位しか離れていないいつもの私の散歩区域、もしくはそのすぐ近い範囲にあることだけは、確実に疑いなく解っていた。しかもそんな近いところに、今まで少しも人に知れずに、どうしてこんな町があったのだろう？

私は夢を見ているような気がした。それが現実の町ではなくって、幻燈の幕に映った、影絵の町のように思われた。だがその瞬間に、私の記憶と常識が回復した。気が付いて見れば、それは私のよく知っている、近所の詰らない、ありふれた郊外の町なのである。いつものように、四ツ辻にポストが立って、煙草屋には胃病の娘が<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>っている。そして店々の飾窓には、いつもの流行おくれの商品が、<ruby><rb>埃</rb><rt>ほこり</rt></ruby>っぽく<ruby><rb>欠伸</rb><rt>あくび</rt></ruby>をして並んでいるし、珈琲店の軒には、田舎らしく造花のアーチが飾られている。何もかも、すべて私が知っている通りの、いつもの退屈な町にすぎない。一瞬間の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に、すっかり印象が変ってしまった。そしてこの魔法のような不思議の変化は、単に私が道に迷って、方位を錯覚したことにだけ原因している。いつも町の南はずれにあるポストが、反対の入口である北に見えた。いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移ってしまった。そしてただこの変化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだった。

その時私は、未知の錯覚した町の中で、或る商店の看板を眺めていた。その全く同じ看板の絵を、かつて何所かで見たことがあると思った。そして記憶が回復された一瞬時に、すべての方角が逆転した。すぐ今まで、左側にあった往来が右側になり、北に向って歩いた自分が、南に向って歩いていることを発見した。その瞬間、磁石の針がくるりと廻って、東西南北の空間地位が、すっかり逆に変ってしまった。同時に、すべての宇宙が変化し、現象する町の情趣が、全く別の物になってしまった。つまり前に見た不思議の町は、磁石を反対に裏返した、宇宙の逆空間に実在したのであった。

この偶然の発見から、私は故意に方位を錯覚させて、しばしばこのミステリイの空間を旅行し廻った。特にまたこの旅行は、前に述べたような欠陥によって、私の目的に都合がよかった。だが普通の健全な方角知覚を持ってる人でも、時にはやはり私と同じく、こうした特殊の空間を、経験によって見たであろう。たとえば諸君は、夜おそく家に帰る汽車に乗ってる。始め停車場を出発した時、汽車はレールを真直に、東から西へ向って走っている。だがしばらくする<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に、諸君はうたた寝の夢から<ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>める。そして汽車の進行する方角が、いつのまにか反対になり、西から東へと、逆に走ってることに気が付いてくる。諸君の理性は、決してそんなはずがないと思う。しかも知覚上の事実として、汽車はたしかに反対に、諸君の目的地から遠ざかって行く。そうした時、試みに窓から外を眺めて<ruby><rb>見給</rb><rt>みたま</rt></ruby>え。いつも見慣れた途中の駅や風景やが、すっかり珍しく変ってしまって、記憶の一片さえも浮ばないほど、全く別のちがった世界に見えるだろう。だが最後に到着し、いつものプラットホームに降りた時、始めて諸君は夢から醒め、現実の正しい方位を認識する。そして<ruby><rb>一旦</rb><rt>いったん</rt></ruby>それが解れば、始めに見た異常の景色や事物やは、何でもない平常通りの、見慣れた詰らない物に変ってしまう。つまり一つの同じ景色を、始めに諸君は裏側から見、後には平常の習慣通り、再度正面から見たのである。このように一つの物が、視線の方角を換えることで、二つの別々の面を持ってること。同じ一つの現象が、その隠された「秘密の裏側」を持ってるということほど、メタフィジックの神秘を包んだ問題はない。私は昔子供の時、壁にかけた額の絵を見て、いつも熱心に考え続けた。いったいこの額の景色の裏側には、どんな世界が秘密に隠されているのだろうと。私は幾度か額をはずし、油絵の裏側を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>いたりした。そしてこの子供の疑問は、大人になった今日でも、長く私の解きがたい<ruby><rb>謎</rb><rt>なぞ</rt></ruby>になってる。

次に語る一つの話も、こうした私の謎に対して、或る解答を暗示する<ruby><rb>鍵</rb><rt>かぎ</rt></ruby>になってる。読者にしてもし、私の不思議な物語からして、事物と現象の背後に隠れているところの、或る第四次元の世界――景色の裏側の実在性――を仮想し得るとせば、この物語の一切は<ruby><rb>真実</rb><rt>レアール</rt></ruby>である。だが諸君にして、もしそれを仮想し得ないとするならば、私の現実に経験した次の事実も、<ruby><rb>所詮</rb><rt>しょせん</rt></ruby>はモルヒネ中毒に中枢を冒された一詩人の、取りとめもないデカダンスの幻覚にしか過ぎないだろう。とにかく私は、勇気を奮って書いて見よう。ただ小説家でない私は、脚色や趣向によって、読者を興がらせる<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>を知らない。私の<ruby><rb>為</rb><rt>な</rt></ruby>し得ることは、ただ自分の経験した事実だけを、報告の記事に書くだけである。

## ２

その頃私は、北越地方のＫという温泉に滞留していた。九月も末に近く、彼岸を過ぎた山の中では、もうすっかり秋の季節になっていた。都会から来た避暑客は、既に皆帰ってしまって、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>には少しばかりの<ruby><rb>湯治客</rb><rt>とうじきゃく</rt></ruby>が、静かに病を養っているのであった。秋の日影は次第に深く、旅館の<ruby><rb>侘</rb><rt>わび</rt></ruby>しい中庭には、木々の落葉が散らばっていた。私はフランネルの着物をきて、ひとりで裏山などを散歩しながら、所在のない日々の日課をすごしていた。

私のいる温泉地から、少しばかり離れた所に、三つの小さな町があった、いずれも町というよりは、村というほどの小さな部落であったけれども、その中の一つは相当に小ぢんまりした田舎町で、一通りの日常品も売っているし、都会風の飲食店なども少しはあった。温泉地からそれらの町へは、いずれも直通の道路があって、毎日定期の<ruby><rb>乗合馬車</rb><rt>のりあいばしゃ</rt></ruby>が往復していた。特にその繁華なＵ町へは、小さな<ruby><rb>軽便</rb><rt>けいべん</rt></ruby>鉄道が布設されていた。私はしばしばその鉄道で、町へ出かけて行って買物をしたり、時にはまた、女のいる店で酒を飲んだりした。だが私の実の楽しみは、軽便鉄道に乗ることの途中にあった。その<ruby><rb>玩具</rb><rt>おもちゃ</rt></ruby>のような可愛い汽車は、落葉樹の林や、谷間の見える<ruby><rb>山峡</rb><rt>やまかい</rt></ruby>やを、うねうねと曲りながら走って行った。

或る日私は、軽便鉄道を途中で下車し、徒歩でＵ町の方へ歩いて行った。それは見晴しの<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>い峠の山道を、ひとりでゆっくり歩きたかったからであった。道は<ruby><rb>軌道</rb><rt>レール</rt></ruby>に沿いながら、林の中の不規則な小径を通った。所々に秋草の花が咲き、<ruby><rb>赫土</rb><rt>あかつち</rt></ruby>の<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby>が光り、<ruby><rb>伐</rb><rt>き</rt></ruby>られた樹木が横たわっていた。私は空に浮んだ雲を見ながら、この地方の山中に伝説している、古い<ruby><rb>口碑</rb><rt>こうひ</rt></ruby>のことを考えていた。概して文化の程度が低く、原始民族のタブーと迷信に包まれているこの地方には、実際色々な伝説や口碑があり、今でもなお多数の人々は、<ruby><rb>真面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>に信じているのである、現に私の宿の女中や、近所の村から湯治に来ている人たちは、一種の恐怖と<ruby><rb>嫌悪</rb><rt>けんお</rt></ruby>の感情とで、私に様々のことを話してくれた。彼らの語るところによれば、或る部落の住民は犬神に<ruby><rb>憑</rb><rt>つ</rt></ruby>かれており、或る部落の住民は猫神に憑かれている。犬神に憑かれたものは肉ばかりを食い、猫神に憑かれたものは魚ばかり食って生活している。

そうした特異な部落を称して、この辺の人々は「憑き村」と呼び、一切の交際を避けて<ruby><rb>忌</rb><rt>い</rt></ruby>み<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>った。「憑き村」の人々は、年に一度、月のない<ruby><rb>闇夜</rb><rt>やみよ</rt></ruby>を選んで祭礼をする。その祭の様子は、彼ら以外の普通の人には全く見えない。<ruby><rb>稀</rb><rt>ま</rt></ruby>れに見て来た人があっても、なぜか口をつぐんで話をしない。彼らは特殊の魔力を有し、所因の解らぬ<ruby><rb>莫大</rb><rt>ばくだい</rt></ruby>の財産を隠している。等々。

こうした話を聞かせた後で、人々はまた追加して言った。現にこの種の部落の一つは、つい最近まで、この温泉場の附近にあった。今ではさすがに解消して、住民は<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>かへ散ってしまったけれども、おそらくやはり、何所かで秘密の集団生活を続けているにちがいない。その疑いない証拠として、現に彼らのオクラ（魔神の正体）を見たという人があると。こうした人々の談話の中には、農民一流の<ruby><rb>頑迷</rb><rt>がんめい</rt></ruby>さが主張づけられていた。<ruby><rb>否</rb><rt>いや</rt></ruby>でも応でも、彼らは自己の迷信的恐怖と実在性とを、私に強制しようとするのであった。だが私は、別のちがった興味でもって、人々の話を面白く傾聴していた。日本の諸国にあるこの種の部落的タブーは、おそらく風俗習慣を異にした外国の移住民や帰化人やを、先祖の氏神にもつ者の子孫であろう。あるいは多分、もっと確実な推測として、<ruby><rb>切支丹</rb><rt>キリシタン</rt></ruby>宗徒の隠れた集合的部落であったのだろう。しかし宇宙の間には、人間の知らない数々の秘密がある。ホレーシオが言うように、理智は何事をも知りはしない。理智はすべてを常識化し、神話に通俗の解説をする。しかも宇宙の隠れた意味は、常に通俗以上である。だからすべての哲学者は、彼らの窮理の最後に来て、いつも詩人の前に<ruby><rb>兜</rb><rt>かぶと</rt></ruby>を脱いでる。詩人の直覚する超常識の宇宙だけが、真のメタフィジックの実在なのだ。

こうした<ruby><rb>思惟</rb><rt>しい</rt></ruby>に<ruby><rb>耽</rb><rt>ふけ</rt></ruby>りながら、私はひとり秋の山道を歩いていた。その細い山道は、径路に沿うて林の奥へ消えて行った。目的地への道標として、私が唯一のたよりにしていた汽車の<ruby><rb>軌道</rb><rt>レール</rt></ruby>は、もはや何所にも見えなくなった。私は道をなくしたのだ。

「迷い子！」

瞑想から醒めた時に、私の心に浮んだのは、この心細い言葉であった。私は急に不安になり、道を探そうとしてあわて出した。私は後へ引返して、逆に最初の道へ<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>ろうとした。そして一層地理を失い、多岐に別れた迷路の中へ、ぬきさしならず入ってしまった。山は次第に深くなり、小径は<ruby><rb>荊棘</rb><rt>いばら</rt></ruby>の中に消えてしまった。<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しい時間が経過して行き、一人の<ruby><rb>樵夫</rb><rt>きこり</rt></ruby>にも<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>わなかった。私はだんだん不安になり、犬のように焦燥しながら、道を<ruby><rb>嗅</rb><rt>か</rt></ruby>ぎ出そうとして歩き廻った。そして最後に、<ruby><rb>漸</rb><rt>ようや</rt></ruby>く人馬の足跡のはっきりついた、一つの細い山道を発見した。私はその足跡に注意しながら、次第に<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>の方へ下って行った。どっちの麓へ降りようとも、人家のある所へ着きさえすれば、とにかく安心ができるのである。

幾時間かの後、私は麓へ到着した。そして全く、思いがけない意外の人間世界を発見した。そこには貧しい農家の代りに、繁華な美しい町があった。かつて私の或る知人が、シベリヤ鉄道の旅行について話したことは、あの満目<ruby><rb>荒寥</rb><rt>こうりょう</rt></ruby>たる無人の<ruby><rb>曠野</rb><rt>こうや</rt></ruby>を、汽車で幾日も幾日も走った後、漸く停車した沿線の一小駅が、世にも<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎ</rt></ruby>わしく繁華な都会に見えるということだった。私の場合の印象もまた、おそらくはそれに類した驚きだった。麓の低い平地へかけて、無数の建築の家屋が並び、塔や高楼が日に輝やいていた。こんな<ruby><rb>辺鄙</rb><rt>へんぴ</rt></ruby>な山の中に、こんな立派な大都会が存在しようとは、容易に信じられないほどであった。

私は幻燈を見るような思いをしながら、次第に町の方へ近付いて行った。そしてとうとう、自分でその幻燈の中へ<ruby><rb>這入</rb><rt>はい</rt></ruby>って行った。私は町の或る狭い<ruby><rb>横丁</rb><rt>よこちょう</rt></ruby>から、胎内めぐりのような<ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>を通って、繁華な<ruby><rb>大通</rb><rt>おおどおり</rt></ruby>の中央へ出た。そこで目に映じた市街の印象は、非常に特殊な珍しいものであった。すべての<ruby><rb>軒並</rb><rt>のきなみ</rt></ruby>の商店や建築物は、美術的に変った<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>で意匠され、かつ町全体としての集合美を構成していた。しかもそれは意識的にしたのでなく、偶然の結果からして、年代の<ruby><rb>錆</rb><rt>さび</rt></ruby>がついて出来てるのだった。それは古雅で<ruby><rb>奥床</rb><rt>おくゆか</rt></ruby>しく、町の古い過去の歴史と、住民の長い記憶を物語っていた。町幅は概して狭く、大通でさえも、漸く二、三<ruby><rb>間</rb><rt>げん</rt></ruby>位であった。その他の小路は、軒と軒との間にはさまれていて、狭く<ruby><rb>入混</rb><rt>いりこ</rt></ruby>んだ<ruby><rb>路地</rb><rt>ろじ</rt></ruby>になってた。それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く<ruby><rb>隧道</rb><rt>トンネル</rt></ruby>になった路をくぐったりした。南国の町のように、所々に茂った花樹が<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>え、その附近には井戸があった。至るところに日影が深く、町全体が青樹の蔭のようにしっとりしていた。<ruby><rb>娼家</rb><rt>しょうか</rt></ruby>らしい家が並んで、中庭のある奥の方から、閑雅な音楽の音が<ruby><rb>聴</rb><rt>きこ</rt></ruby>えて来た。

大通の街路の方には、硝子窓のある洋風の家が多かった。理髪店の軒先には、紅白の丸い棒が突き出してあり、ペンキの看板に Barbershop と書いてあった。旅館もあるし、<ruby><rb>洗濯屋</rb><rt>せんたくや</rt></ruby>もあった。町の四辻に写真屋があり、その気象台のような硝子の家屋に、秋の日の青空が<ruby><rb>侘</rb><rt>わび</rt></ruby>しげに映っていた。時計屋の店先には、眼鏡をかけた主人が坐って、黙って熱心に仕事をしていた。

<ruby><rb>街</rb><rt>まち</rt></ruby>は人出で賑やかに<ruby><rb>雑鬧</rb><rt>ざっとう</rt></ruby>していた。そのくせ少しも物音がなく、閑雅にひっそりと静まりかえって、深い眠りのような影を<ruby><rb>曳</rb><rt>ひ</rt></ruby>いてた。それは歩行する人以外に、物音のする車馬の類が、一つも通行しないためであった。だがそればかりでなく、群集そのものがまた静かであった。男も女も、皆上品で慎み深く、典雅でおっとりとした様子をしていた。特に女は美しく、<ruby><rb>淑</rb><rt>しと</rt></ruby>やかな上にコケチッシュであった。店で買物をしている人たちも、往来で立話をしている人たちも、皆が行儀よく、<ruby><rb>諧調</rb><rt>かいちょう</rt></ruby>のとれた低い静かな声で話をしていた。それらの話や会話は、耳の聴覚で聞くよりは、何かの或る柔らかい触覚で、<ruby><rb>手触</rb><rt>てざわ</rt></ruby>りに意味を探るというような趣きだった。とりわけ女の人の声には、どこか皮膚の表面を<ruby><rb>撫</rb><rt>な</rt></ruby>でるような、甘美でうっとりとした魅力があった。すべての物象と人物とが、影のように往来していた。

私が始めて気付いたことは、こうした町全体のアトモスフィアが、非常に繊細な注意によって、人為的に構成されていることだった。単に建物ばかりでなく、町の気分を構成するところの全神経が、或る重要な美学的意匠にのみ集中されていた。空気のいささかな動揺にも、対比、<ruby><rb>均斉</rb><rt>きんせい</rt></ruby>、調和、平衡等の美的方則を破らないよう、注意が<ruby><rb>隅々</rb><rt>すみずみ</rt></ruby>まで行き渡っていた。しかもその美的方則の構成には、非常に複雑な微分数的計算を要するので、あらゆる町の神経が、異常に緊張して<ruby><rb>戦</rb><rt>おのの</rt></ruby>いていた。<ruby><rb>例</rb><rt>たと</rt></ruby>えばちょっとした調子はずれの高い言葉も、調和を破るために禁じられる。道を歩く時にも、手を一つ動かす時にも、物を飲食する時にも、考えごとをする時にも、着物の柄を選ぶ時にも、常に町の空気と調和し、周囲との対比や均斉を失わないよう、デリケートな注意をせねばならない。町全体が一つの薄い<ruby><rb>玻璃</rb><rt>はり</rt></ruby>で構成されてる、危険な<ruby><rb>毀</rb><rt>こわ</rt></ruby>れやすい建物みたいであった、ちょっとしたバランスを失っても、家全体が崩壊して、硝子が粉々に砕けてしまう。それの安定を保つためには、微妙な数理によって組み建てられた、支柱の一つ一つが必要であり、それの対比と均斉とで、<ruby><rb>辛</rb><rt>かろ</rt></ruby>うじて<ruby><rb>支</rb><rt>ささ</rt></ruby>えているのであった。しかも恐ろしいことには、それがこの町の構造されてる、真の現実的な事実であった。一つの不注意な失策も、彼らの崩壊と死滅を意味する。町全体の神経は、そのことの<ruby><rb>危懼</rb><rt>きく</rt></ruby>と恐怖で張りきっていた。美学的に見えた町の意匠は、単なる趣味のための意匠でなく、もっと恐ろしい切実の問題を隠していたのだ。

始めてこのことに気が付いてから、私は急に不安になり、周囲の充電した空気の中で、神経の張りきってる苦痛を感じた。町の特殊な美しさも、静かな夢のような閑寂さも、かえってひっそりと気味が悪く、何かの恐ろしい秘密の中で、暗号を<ruby><rb>交</rb><rt>かわ</rt></ruby>しているように感じられた。何事かわからない、或る<ruby><rb>漠然</rb><rt>ばくぜん</rt></ruby>とした一つの予感が、青ざめた恐怖の色で、忙がしく私の心の中を<ruby><rb>馳</rb><rt>か</rt></ruby>け廻った。すべての感覚が解放され、物の微細な色、<ruby><rb>匂</rb><rt>にお</rt></ruby>い、音、味、意味までが、すっかり確実に知覚された。あたりの空気には、<ruby><rb>死屍</rb><rt>しし</rt></ruby>のような臭気が充満して、気圧が刻々に<ruby><rb>嵩</rb><rt>たか</rt></ruby>まって行った。<ruby><rb>此所</rb><rt>ここ</rt></ruby>に現象しているものは、確かに何かの凶兆である。確かに今、何事かの非常が起る！　起るにちがいない！

町には何の変化もなかった。往来は相変らず雑鬧して、静かに音もなく、典雅な人々が歩いていた。どこかで遠く、<ruby><rb>胡弓</rb><rt>こきゅう</rt></ruby>をこするような低い音が、悲しく連続して聴えていた。それは大地震の来る一瞬前に、平常と少しも変らない町の様子を、どこかで一人が、不思議に怪しみながら見ているような、おそろしい不安を内容した予感であった。今、ちょっとしたはずみで一人が倒れる。そして構成された調和が破れ、町全体が混乱の中に<ruby><rb>陥入</rb><rt>おちい</rt></ruby>ってしまう。

私は悪夢の中で夢を意識し、目ざめようとして努力しながら、必死に<ruby><rb>踠</rb><rt>もが</rt></ruby>いている人のように、おそろしい予感の中で焦燥した。空は透明に青く澄んで、充電した空気の密度は、いよいよ刻々に嵩まって来た。建物は不安に<ruby><rb>歪</rb><rt>ゆが</rt></ruby>んで、病気のように<ruby><rb>瘠</rb><rt>や</rt></ruby>せ細って来た。所々に塔のような物が見え出して来た。屋根も異様に細長く、瘠せた鶏の<ruby><rb>脚</rb><rt>あし</rt></ruby>みたいに、へんに骨ばって<ruby><rb>畸形</rb><rt>きけい</rt></ruby>に見えた。

「今だ！」

と恐怖に胸を<ruby><rb>動悸</rb><rt>どうき</rt></ruby>しながら、思わず私が叫んだ時、或る小さな、黒い、<ruby><rb>鼠</rb><rt>ねずみ</rt></ruby>のような動物が、街の真中を走って行った。私の眼には、それが実によくはっきりと映像された。何かしら、そこには或る異常な、唐突な、全体の調和を破るような印象が感じられた。

瞬間。万象が急に静止し、底の知れない沈黙が横たわった。何事かわからなかった。だが次の瞬間には、<ruby><rb>何人</rb><rt>なんぴと</rt></ruby>にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異変事が現象した。見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、<ruby><rb>髭</rb><rt>ひげ</rt></ruby>の<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えた猫の顔が、額縁の中の絵のようにして、大きく浮き出して現れていた。

<ruby><rb>戦慄</rb><rt>せんりつ</rt></ruby>から、私は<ruby><rb>殆</rb><rt>ほと</rt></ruby>んど息が止まり、正に<ruby><rb>昏倒</rb><rt>こんとう</rt></ruby>するところであった。これは人間の住む世界でなくて、猫ばかり住んでる町ではないのか。一体どうしたと言うのだろう。こんな現象が信じられるものか。たしかに今、私の頭脳はどうかしている。自分は幻影を見ているのだ。さもなければ狂気したのだ。私自身の宇宙が、意識のバランスを失って崩壊したのだ。

私は自分が<ruby><rb>怖</rb><rt>こわ</rt></ruby>くなった。或る恐ろしい最後の破滅が、すぐ近い所まで、自分に迫って来るのを強く感じた。戦慄が闇を走った。だが次の瞬間、私は意識を回復した。静かに心を<ruby><rb>落付</rb><rt>おちつけ</rt></ruby>ながら、私は今一度目をひらいて、事実の真相を眺め返した。その時もはや、あの不可解な猫の姿は、私の視覚から消えてしまった。町には何の異常もなく、窓は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がらん</span>として口を<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けていた。往来には何事もなく、退屈の道路が白っちゃけてた。猫のようなものの姿は、どこにも影さえ見えなかった。そしてすっかり情態が一変していた。町には平凡な商家が並び、どこの田舎にも見かけるような、疲れた埃っぽい人たちが、白昼の<ruby><rb>乾</rb><rt>かわ</rt></ruby>いた街を歩いていた。あの<ruby><rb>蠱惑的</rb><rt>こわくてき</rt></ruby>な不思議な町はどこかまるで消えてしまって、<ruby><rb>骨牌</rb><rt>カルタ</rt></ruby>の裏を返したように、すっかり別の世界が現れていた。此所に現実している物は、普通の平凡な田舎町。しかも私のよく知っている、いつものＵ町の姿ではないか。そこにはいつもの理髪店が、客の来ない<ruby><rb>椅子</rb><rt>いす</rt></ruby>を並べて、白昼の往来を眺めているし、さびれた町の左側には、売れない時計屋が<ruby><rb>欠伸</rb><rt>あくび</rt></ruby>をして、いつものように戸を<ruby><rb>閉</rb><rt>し</rt></ruby>めている。すべては私が知ってる通りの、いつもの通りに変化のない、田舎の単調な町である。

意識が此所まではっきりした時、私は一切のことを了解した。愚かにも私は、また例の知覚の疾病「三半規管の喪失」にかかったのである。山で道を迷った時から、私はもはや方位の観念を失喪していた。私は反対の方へ降りたつもりで、逆にまたＵ町へ戻って来たのだ。しかもいつも下車する停車場とは、全くちがった方角から、町の中心へ迷い込んだ。そこで私はすべての印象を反対に、磁石のあべこべの地位で眺め、上下四方前後左右の逆転した、第四次元の別の宇宙（景色の裏側）を見たのであった。つまり通俗の常識で解説すれば、私はいわゆる「狐に化かされた」のであった。

## ３

私の物語は此所で終る。だが私の不思議な疑問は、此所から新しく始まって来る。支那の哲人<ruby><rb>荘子</rb><rt>そうし</rt></ruby>は、かつて夢に<ruby><rb>胡蝶</rb><rt>こちょう</rt></ruby>となり、醒めて自ら怪しみ言った。夢の胡蝶が自分であるか、今の自分が自分であるかと。この一つの古い謎は、千古にわたってだれも解けない。錯覚された宇宙は、狐に化かされた人が見るのか。理智の常識する目が見るのか。そもそも<ruby><rb>形而上</rb><rt>けいじじょう</rt></ruby>の実在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか。だれもまた、おそらくこの謎を解答できない。だがしかし、今もなお私の記憶に残っているものは、あの不可思議な人外の町。窓にも、軒にも、往来にも、猫の姿がありありと映像していた、あの奇怪な猫町の光景である。私の生きた知覚は、既に十数年を経た今日でさえも、なおその恐ろしい印象を再現して、まざまざとすぐ眼の前に、はっきり見ることができるのである。

人は私の物語を冷笑して、詩人の病的な錯覚であり、愚にもつかない<ruby><rb>妄想</rb><rt>もうそう</rt></ruby>の幻影だと言う。だが私は、たしかに猫ばかりの住んでる町、猫が人間の姿をして、街路に群集している町を見たのである。<ruby><rb>理窟</rb><rt>りくつ</rt></ruby>や議論はどうにもあれ、宇宙の或る何所かで、私がそれを「見た」ということほど、私にとって絶対不惑の事実はない。あらゆる多くの人々の、あらゆる<ruby><rb>嘲笑</rb><rt>ちょうしょう</rt></ruby>の前に立って、私は今もなお固く心に信じている。あの裏日本の伝説が<ruby><rb>口碑</rb><rt>こうひ</rt></ruby>している特殊な部落。猫の精霊ばかりの住んでる町が、確かに宇宙の或る何所かに、必らず実在しているにちがいないということを。