<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><TEI xmlns="http://www.tei-c.org/ns/1.0" xmlns:snh="https://w3id.org/soranoha/ns/tei" snh:vocab-version="1">
  <teiHeader>
    <fileDesc>
      <titleStmt>
        <title type="main" xml:lang="ja">右門捕物帖</title>
        <title type="reading" xml:lang="ja-Hira">うもんとりものちょう</title>
        <title type="sub" xml:lang="ja">15 京人形大尽</title>
        <title type="sub-reading" xml:lang="ja-Hira">15 きょうにんぎょうだいじん</title>
        <author><persName xml:lang="ja"><surname>佐々木</surname><forename>味津三</forename><idno type="aozora-person-id">000111</idno></persName><persName xml:lang="ja-Hira"><surname>ささき</surname><forename>みつぞう</forename></persName><persName xml:lang="ja-Latn"><surname>Sasaki</surname><forename>Mitsuzo</forename></persName></author>
      </titleStmt>
      <publicationStmt>
        <publisher ref="https://w3id.org/soranoha/">Soranoha</publisher>
        <idno type="soranoha-work-identifier">000576_000111</idno>
        <idno type="aozora-work-id">000576</idno>
        <idno type="aozora-card-url">https://www.aozora.gr.jp/cards/000111/card576.html</idno>
        <date when="2014-09-17">2014-09-17</date>
        <availability status="free">
          <licence target="https://creativecommons.org/publicdomain/mark/1.0/">The underlying work is in the public domain; Soranoha asserts no rights over it.</licence>
          <licence target="https://creativecommons.org/publicdomain/zero/1.0/">Soranoha's encoding of this work and the artifacts derived from it are dedicated to the public domain under CC0-1.0. Attribution is requested, not required. Full rights statement: <ptr target="https://w3id.org/soranoha/rights"/></licence>
        </availability>
      </publicationStmt>
      <sourceDesc>
        <bibl><title>右門捕物帖（二）</title><publisher>春陽文庫、春陽堂書店</publisher><date>1982（昭和57）年9月15日</date><note type="input-edition">1982（昭和57）年9月15日新装第1刷</note><note type="proof-edition">1999（平成11）年4月20日新装第6刷</note></bibl>
        <bibl><idno type="source-content-hash">sha256:a9d4327a6e528cdab6652bdb732cab239afb0a929b99ed0a742855de7c3d6f36</idno></bibl>
        <bibl><idno type="primary-text-hash">sha256:9b35f3fef00f1815a9d59b2164ea08325246c6d1c480348fa3a7624a44f6a3a3</idno></bibl>
      </sourceDesc>
    </fileDesc>
    <encodingDesc>
      <styleDefDecl scheme="css"/>
      <classDecl><taxonomy xml:id="ndc"><bibl>日本十進分類法 (Nippon Decimal Classification), as recorded by <title>青空文庫</title> in its 分類番号 field.</bibl></taxonomy><taxonomy xml:id="aozora-orthography"><bibl><title>青空文庫</title> 文字遣い種別: the orthographic style Aozora Bunko records for the transcription.</bibl></taxonomy></classDecl>
      <refsDecl xml:id="source-spans"><p>A note of type source-span has an xml:id of the form source-START-END, giving the extent in UTF-8 bytes of the decoded primary text identified in sourceDesc. <ptr target="https://w3id.org/soranoha/ns/tei"/></p></refsDecl>
      <charDecl>
        <char xml:id="gaiji-1-8-77">
          <mapping type="unicode">⁈</mapping>
          <localProp name="rawMarker" value="疑問符感嘆符"/>
        </char>
        <char xml:id="gaiji-1-8-78">
          <mapping type="unicode">⁉</mapping>
          <localProp name="rawMarker" value="感嘆符疑問符"/>
        </char>
      </charDecl>
    </encodingDesc>
    <profileDesc>
      <langUsage>
        <language ident="ja">日本語</language>
      </langUsage>
      <textClass>
        <classCode scheme="#ndc">913</classCode>
        <classCode scheme="#aozora-orthography">新字新仮名</classCode>
      </textClass>
    </profileDesc>
  </teiHeader>
  <text>
    <body>
      <p style="text-indent: 5em" rend="first-line-indent(5)"><seg source="#source-633-655">１</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-655-742">――前章の化け右門事件で、名人右門の幕下に、新しく善光寺</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-742-760"><rb>辰</rb><rt>たつ</rt></ruby><seg source="#source-760-895">なる配下が一枚わき役として加わり、名人、伝六、善光寺辰と、およそ古今に類のない変人ぞろいの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-895-919"><rb>捕物</rb><rt>とりもの</rt></ruby><seg source="#source-919-1120">陣を敷きまして、いと痛快至極な捕物さばきに及びましたことはすでにご紹介したとおりですが、いよいよそれなる四尺八寸の世にもかわいらしいお</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-1120-1138"><rb>公卿</rb><rt>くげ</rt></ruby><seg source="#source-1138-1261">さまが幕下となって第二回めの捕物、名人にとっては、ちょうどの十五番てがらです。事の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-1261-1285"><rb>勃発</rb><rt>ぼっぱつ</rt></ruby>いたしましたのはあれから半月と間のない同じ月の二十六日――しかも、おおかたもう四ツを回った深夜に近い刻限のことでした。古いざれ句にも『ひとり寝が何うれしかろ春の<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-1525-1540"><rb>宵</rb><rt>よい</rt></ruby>』というのがありますが、常人ならば大きにその句のとおりなんですけれども、わが捕物名人のむっつり右門ばかりは、あいもかわらずじれったいほどな品行方正さでしたから、一刻千金もなんのその、ひとり寝をさせるには気のもめる、あの秀麗きわまりない肉体を、深々と郡内の総羽二重夜具に横たえて、とろとろと夢まどやかなお<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-1993-2008"><rb>伽</rb><rt>とぎ</rt></ruby><seg source="#source-2008-2088">の国にはいったのが、いま申しあげたその四ツ下がり――</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-2088-2432">と――伝六というやつは、まったくいついかなるときであろうと、およそおかまいのないガラッ八ですが、いま夢の国にはいろうとしたその寝入りばなを不意におどろかして、どんどん表戸を破れるほどにたたきながら、けたたましく呼びたてました。</seg></p>
      <p>「ちぇッ。あきれるじゃござんせんかッ。気のきいた若い者が、このめでたい春先に、今ごろから寝るって法がありますかッ。一大事が突発したんだから、起きておくんなせえよ！　ね、だんな、だんなッ。起きなきゃたたきこわしますぜ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-2758-3240">捨てておいたら、ほんとうに雨戸もたたきこわしかねまじいけんまくでしたから、苦笑いしいしい起きていくと、ガミガミいってやかましく呼びたてたのにかかわらず、どうしたことかふいッとことばをつまらして、目に涙すらもためながら、まじまじと名人の顔を見守っていましたが、おろおろと鼻声になりながら、やにわと意外なことをいいました。</seg></p>
      <p>「ね、か、かわいそうなことになったもんじゃござんせんか。善光寺辰の野郎め、どうやら陽気に当てられやがって、気がふれたようですぜ」</p>
      <p>「なにッ<g ref="#gaiji-1-8-77" source="#source-3446-3485">⁈</g>　まさか、かつぐんじゃあるめえな」</p>
      <p>「こんなことでかついで、なんの得になりますか！　せっかくだんなが拾ってくだすったんで、これから皆さまにもけええがってもらえるだろうと、あっしも陰ながら楽しみにしていたんですが、あんまりたわいなく陽気に当てられちまやがったんで、けええそうで、けええそうでならねえんですよ」</p>
      <p>「みっともねえ、手放しでそんなにおいおいと泣いたってしようがねえじゃねえか。もっと詳しくいってみなよ」</p>
      <p>「だって、あんまりぞうさなく気がふれやがったんだから、兄弟分としてちっとは涙も出るじゃござんせんか。実あ、だんなにしかられるかもしれませんが、このけっこうな春先に、いい年のわけえ者が、能もなくひざ小僧抱きかかえて寝ちまうのももってえねえと思いましたからね。さっきこちらを引き揚げてから、ふたりしてちょっくら神明前の吹き矢へ出かけていったんですよ。するてえと、あのお公卿さまが、からだのこまっけえ割合に、奇態に吹き矢を当てるんでね。そのときから、どうもちっとおかしいなとは思いましたが、まさか気がふれる前兆だろうたあ思いませんでしたから、なんの気なし連れだって、つい今そこまでけえってくるてえと、野郎め、やにわとねこの鳴き声を始めやがって、四つんばいになりながら、うちの庭じゅうを狂いまわりだしたんですよ」</p>
      <p>「ねこにとりつかれるたあ変わっているな。まだやめずにやってるのかい」</p>
      <p>「やめるどころか、ニャゴニャゴと黄色い声を出しやがって、いくらどやしつけても夢中になりながらはいまわっていやがるんでね。こりゃただの陽気当たりじゃあるめえと思って、あわくいながらお知らせに上がったんですよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-5573-6262">事実としたら、いかさま春先にちと様子が変でしたから、時を移さず伝六を引き具して、向こう横町なるふたりの配下のお小屋表へ駆けつけていってみると、なるほど、そこのあやめもつかぬまっくらな庭の中を、必死にあちらへこちらへとはいまわりながら、ニャゴウ、ニャゴウと、夜陰の空気をふるわせて、しきりと善光寺辰の鳴き呼ばわっている声がきかれましたので、いぶかりながらじっと聞き耳を立てていたようでしたが、不意にカラカラとうち笑うと、あいきょう者をおどろかせていいました。</seg></p>
      <p>「気がふれているのはおまえのほうだよ」</p>
      <p>「ちぇッ。冗談も休みやすみおっしゃいませよ。だんなの耳あどっちを向いているんですかい！　あの鳴き声が聞こえねえんですか！」</p>
      <p>「忘れっぽいやつだな。おまえの耳こそ、どこについてるんだ。善光寺辰の目ぢょうちんは、伊豆守様がわざわざ折り紙つけてくださったしろものじゃねえか」</p>
      <p>「な、なるほどね。そいつを忘れちまうたあ、大きにあっしのほうが気がふれているにちげえねえや。じゃ、野郎め、このくらやみで何か見つけやがったんだろうかね」</p>
      <p>「あたりめえさ。いくら辰が寸の足りねえ小男だからって、そうそうたわいなく気がふれてなるもんかい。いまに何かつかまえてくるから、声を出さねえでいてやりな」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-7184-7435">いううちにも、奇声をあげて、しきりとニャゴニャゴやりながら、床下をあちらへこちらへと小さなからだを利用しつつはいまわっていたようでしたが、果然、いう声がありました。</seg></p>
      <p>「ちくしょうッ、ざまをみろ、もうのがさねえぞ！　兄貴、兄貴、あかりだよ、あかりだよ！」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-7566-7686">なにものか捕獲でもしたとみえて、けたたましく言い叫びましたので、伝六が大急ぎに</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-7686-7710"><rb>龕燈</rb><rt>がんどう</rt></ruby><seg source="#source-7710-8145">をとってきてさしつけてみると、こはそもいかに――さすがの名人右門も、おもわずぎょッとなりました。実際なんとしたものでありましたろう！　子犬ほどもあろうと思われるまっくろな黒ねこが、女の首を、いや、首ではない、女の髪の毛を、それも島田に結ったままの髪の毛を、あんぐりと、その口にくわえながら、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-8145-8160"><rb>牙</rb><rt>きば</rt></ruby><seg source="#source-8160-8612">をむかんばかりのものすごい形相で、らんらんと両眼を光らしていたからです。時刻が時刻のところへ、物がまた物でしたから、右門もぞくりとあわつぶだてながら、じっとややしばし見守っていましたが、しかし、そういう間にあっても、やはり、名人は名人でした。早くも看破するところがあったとみえて、ずばりといいました。</seg></p>
      <p>「人形の首からはぎとった毛だな！」</p>
      <p>「ええ、そうですよ、そうですよ。このくらやみでしたから、兄貴の目じゃわからねえのがあたりめえですが、今さっきそこまで帰ってきましたら、あそこのかきねのそばをこちらへ、六十ぐれえの変なおやじが、人形をだいじそうにかかえながら、素はだしでふらふらとやって来ましたんでね。おやッと思いながら目をみはっていましたら、やにわとこの黒ねこめが横から人形に飛びついて、このとおり髪の毛を引きむしりながら、うちの庭先へ逃げ込みやがったんで、さっそくこっちもねこになって追いかけまわしたんですよ」</p>
      <p>「ちっと奇態な話だな。おやじはどうした」</p>
      <p>「そいつがあっしにも似合わねえどじをしたもんですが、ついじゃまっけでしたから、出がけに家へ投げなわをこかしこんでいきましたんで、それさえありゃおやじの三人や五人手もなくつかまるやつを、みすみす逃げられちまったんですよ」</p>
      <p>「いくらお公卿さまだからって、商売道具のなわを忘れていくたあ、ちっとのどかすぎるじゃねえか。ま、いいや、いいや、ねこをちょっくらこっちへ貸してみな」</p>
      <p>「かみつきますぜ」</p>
      <p>「草香流があらあ！」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-10060-10440">いいつつ、あごの辺へちょいとおまじないをすると、術の奥義にかかっては、いかな魔性の黒ねことてもたまりかねたものか、ぽろりと髪の毛を取りおとしましたので、ちかぢかとあかりをさしつけながら、裏へかえし、表へかえし、じっとややしばし見あらためていましたが、</seg></p>
      <p>「こりゃまた忙しいぜ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-10475-10681">不意にずばりといったものでしたから、目をぱちくりさせながら、さっそく十八番もののあいきょうぶりを発揮しだした者は余人ならぬ伝六でした。</seg></p>
      <p>「いやにねこめが必死とくわえていたようでしたが、まさかにかつおぶしでこしれえた髪の毛じゃござんすまいね」</p>
      <p>「またとんきょう口を始めやがった。このにおいがわからねえのか。鼻の穴を洗い清めて、よくかいでみろよ」</p>
      <p>「はてね。――こりゃべっぴんのにおいがするようですが、なんていう髪油でしょうかね」</p>
      <p>「次から次へ、よくとんきょう口がきけるやつだな、これが有名な古梅園の丁子油じゃねえか」</p>
      <p>「へへえ、この油が丁子油でござんすか。安い品じゃねえように承っておりますが、人形の髪の毛に、なんだってまた、そんなもったいねえまねをしやがったんでしょうかね」</p>
      <p>「だから、この髪の毛がただものじゃねえっていうんだよ。それに、もう一つ奇態なことにゃ、このたけ長の表に、女の戒名が書いてあるぜ」</p>
      <p>「えッ。どう、どう？　なるほどね、<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-11731-11764"><rb>瑞心院</rb><rt>ずいしんいん</rt></ruby>妙月大姉としてあるようですが、気味のわるい、なんのまじないでしょうかね」</p>
      <p>「知りたけりゃ、ねこにきけよ。――おや！　今ここにいたようだっけが、どこへ姿を隠しちまったんだろな、辰ッ、そこらに見えねえかい」</p>
      <p>「いますよ、いますよ。だんなの足もとに、目を光らして尾っぽをつっ立てながら、ためていますぜ」</p>
      <p>「そうか、それをきいちゃ、なおほっておかれねえや。油のにおいをつけながら、きっと、あとを追ってくるから、きさまその目ぢょうちんで、見失わねえようにしっかり見張ってきなよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-12465-12965">案の定、右門のこわきにかかえている疑問の髪の毛を追い慕いつつ、ニャゴ、ニャゴとぶきみな鳴き声たてながら、あとをつけてきましたので、その一事にいっそう不審を深めでもしたかのごとく、おのがお組屋敷へとって返すと、その場に外出のしたくを始めましたものでしたから、口先の伝法なのに似合わないで、ことごとく弱音を吐きだしたものは伝六でした。</seg></p>
      <p>「髪の毛だけでもあんまりうれしい<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-13013-13034"><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby><seg source="#source-13034-13217">じゃねえのに、薄気味のわるい黒ねこのお供で、なにもこんな夜よなかお出ましにならなくたってよかりそうなもんじゃござんせんか。</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-13217-13232"><rb>癇</rb><rt>かん</rt></ruby>のせいで、そんないやがらせをなさるんでしたら、もういっさいそまつな口あききませんから、あしたの朝にしておくんなせえましよ」</p>
      <p>「悲鳴をあげるな。きさまのまたぐらにゃ、人並みに度胸袋がぶらさがっていねえのか。夜が夜中だろうといつだろうと、こいつあ捨ておけねえとにらんだら、それがご番所に<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-13654-13669"><rb>禄</rb><rt>ろく</rt></ruby>をはむ者の役目じゃねえか、しっかり度胸袋に活でも入れて、辰といっしょにねこを見張りながらついてきなよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-13824-14086">飛びついてとられないように髪の毛を堅くこわきにすると、さっさと表のほうに出ていったとみえましたが、どこへ何をしにいこうというのか、奇態なことに道を神田めがけて選びました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 5em" rend="first-line-indent(5)"><seg source="#source-14086-14108">２</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-14108-14477">出るといっしょのように、ポツリ、ポツリと、えり首を見舞ったものは、このごろの青葉どきにはつきものである降りみ降らずみのさみだれです。さみだれの降るところ、決まってまたついてまわるものは、俗に幽霊風ととなえるあのぬんめりとした雨風で、しかも時刻は</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-14477-14498"><rb>森羅</rb><rt>しんら</rt></ruby><seg source="#source-14498-14584">万象ものみなすべてが、死んだような夜中の九ツ下がり――。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-14584-14728">そのぶきみこのうえない幽霊風吹きなでる深夜の町中を、思ってみただけでも身の毛のよだつまっくろな</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-14728-14755"><rb>怪猫</rb><rt>かいびょう</rt></ruby><seg source="#source-14755-15163">が、怪しの髪の毛の油香を追い慕って、ニャゴニャゴと陰にこもった鳴き声をふりしぼりつつ、曲がるほうへ行くほうへつき従ってまいりましたものでしたから、むろんのことに伝六は生きたここちもないもののようでしたが、右門はかまわずにさっさと道を神田へ出ると、一路行き向かったところは、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-15163-15193"><rb>河内山</rb><rt>こうちやま</rt></ruby><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-15193-15220"><rb>宗俊</rb><rt>そうしゅん</rt></ruby><seg source="#source-15220-15244">でおなじみのあの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-15244-15283"><rb>練塀小路</rb><rt>ねりべいこうじ</rt></ruby><seg source="#source-15283-15297">でした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-15297-15354">しかし、当時の練塀小路は河内山宗俊が</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-15354-15375"><rb>啖呵</rb><rt>たんか</rt></ruby><seg source="#source-15375-15426">をきったほどの有名な小路ではなく、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-15426-15453"><rb>御家人</rb><rt>ごけにん</rt></ruby><seg source="#source-15453-15507">屋敷が道向かいには長屋門をつらねて、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-15507-15540"><rb>直参顔</rb><rt>じきさんがお</rt></ruby><seg source="#source-15540-15543">の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-15543-15567"><rb>横柄</rb><rt>おうへい</rt></ruby><seg source="#source-15567-15762">な構えをしているかと思うと、そのこちら側には願人坊主の講元があるといったような、士、工、商、雑居の吹き寄せ町で、そのごちゃごちゃと</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-15762-15786"><rb>蜘蛛手</rb><rt>くもで</rt></ruby><seg source="#source-15786-15924">に張られた横路地を、あちらへこちらへしきりに何か捜しまわっていたようでしたが、ようやくそこの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-15924-15948"><rb>鍵辻</rb><rt>かぎつじ</rt></ruby>を袋地へ行き当たったどんづまりで、『都ぶり人形師――<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-16026-16053"><rb>藤阿弥</rb><rt>ふじあみ</rt></ruby>』と、看板の出た一軒を発見すると、どんどん表戸をたたきながら呼びたてました。</p>
      <p>「起きろ起きろッ、戸をあけろッ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-16219-16339">徒弟らしい若者が、なにげなく繰りあけたその足もとで、いまだになおつけ慕っていた</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-16339-16366"><rb>怪猫</rb><rt>かいびょう</rt></ruby><seg source="#source-16366-16620">が、不意にニャゴウと鳴きたてましたものでしたから、若者のぎょッとなったのはいうまでもないことでしたが、しかしさすがは生き馬の目を抜くお江戸のまんなかで育った職人でした。</seg></p>
      <p>「八丁堀のおだんながたでござりまするか」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-16682-16822">早くも右門主従をそれと知ったらしく腰を低めましたので、名人もまたおごそかにきき尋ねました。</seg></p>
      <p>「藤阿弥は在宿か」</p>
      <p>「へえい。急ぎの注文がござりますので、まだ起きてでござります」</p>
      <p>「少しく調べたいことがあるによって、取り次ぎいたせ」</p>
      <p>「いえ、参ります。ただいまそちらへ参りまするでござります」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-17115-17265">きき知ったか、奥の仕事べやから、両手をどろまみれのままで、当の藤阿弥がいかにも名ある人形造りらしい</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-17265-17289"><rb>風貌</rb><rt>ふうぼう</rt></ruby><seg source="#source-17289-17471">をたたえながら、取り次がぬ先に姿をみせましたものでしたから、こわきにしていた髪の毛をつきつけると、鋭く問いただしました。</seg></p>
      <p>「この<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-17480-17495"><rb>髷</rb><rt>まげ</rt></ruby><seg source="#source-17495-17639">の都ぶりに結いあげているところから察して、たぶんそのほうが手がけた品じゃろうと、かく夜中わざわざ</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-17639-17660"><rb>詮議</rb><rt>せんぎ</rt></ruby>に参ったが、覚えはないか」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-17701-17791">受け取って、丁子油のにおいをかいでいたようでしたが、名人の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-17791-17815"><rb>慧眼</rb><rt>けいがん</rt></ruby><seg source="#source-17815-17844">やまさに的中――。</seg></p>
      <p>「お察しどおりでござります。たしかに、てまえが注文をうけまして、さる人形に植えつけた品にござります」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-17996-18118">第一の手がかりがついたものでしたから、いかでそのことばのさえないでいらるべき！</seg></p>
      <p>「油もそちがつけたか」</p>
      <p>「いいえ、それがどうも妙なんでござりまするよ。この丁子油のしみた毛束に、そこへ使ってある戒名の書いた<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-18303-18327"><rb>丈長</rb><rt>たけなが</rt></ruby>を向こうからお持参なさいまして、至急に十七、八歳ごろの人形をこしらえろとのご注文でござりましたので、少し気味がわるうござりましたが、手もとにちょうどその年ごろなのがござりましたゆえ、そのままお言いつけどおりにいたしましてござります」</p>
      <p>「いつじゃ」</p>
      <p>「つい三日まえでござりました」</p>
      <p>「注文先も存じおろうな」</p>
      <p>「へえい。<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-18797-18821"><rb>吉原</rb><rt>よしわら</rt></ruby><seg source="#source-18821-18824">の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-18824-18848"><rb>蛸平</rb><rt>たこへい</rt></ruby><seg source="#source-18848-18869">様とおっしゃる</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-18869-18896"><rb>幇間</rb><rt>たいこもち</rt></ruby>のかたでござりました」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-18931-19033">――いよいよいでて、いよいよいぶかし！　注文主は名まえも奇態な吉原</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-19033-19060"><rb>幇間</rb><rt>ほうかん</rt></ruby><seg source="#source-19060-19171">の蛸平とありましたから、時を移さず右門の行き向かったところは、九番てがらの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-19171-19192"><rb>達磨</rb><rt>だるま</rt></ruby><seg source="#source-19192-19492">霊験記で詳しく地勢を述べておきました見返り柳の、あの柳町なる旧吉原です。怪猫のあとをつけていったのもむろんのことでしたが、しかし、伝六というしろものは、およそ罪のないあいきょう者でした。外はもうやがて</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-19492-19516"><rb>丑満</rb><rt>うしみつ</rt></ruby><seg source="#source-19516-19570">にも近い刻限だというのに、一歩大門を</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-19570-19585"><rb>廓</rb><rt>なか</rt></ruby><seg source="#source-19585-19630">へはいると、さすがは東国第一の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-19630-19651"><rb>妖化</rb><rt>ようか</rt></ruby><seg source="#source-19651-19699">咲き競う色町だけがものはあって、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-19699-19720"><rb>艶語</rb><rt>えんご</rt></ruby><seg source="#source-19720-19819">、弦歌、ゆらめくあかり、脂粉の香に織り交ざりながら、さながらにまだ</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-19819-19834"><rb>宵</rb><rt>よい</rt></ruby><seg source="#source-19834-20079">どきのごときさざめきをみせていたものでしたから、今まで息の根も止まっていたのではないかと思われるほどに静まり返っていたのが、たちまち噴水のごとくに吹きあげました。</seg></p>
      <p>「ちぇッ。これだから伝六様というしょうべえはやめられねえや。ねこめがピカピカ目を光らしゃがるんで、人ごこちゃなかったが、もうここへくりゃどんな音でも出らあな。おい、辰ッ。おめえはほぞの緒切ってはじめてなんだろうから、後学のため、本場の<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-20430-20454"><rb>花魁</rb><rt>おいらん</rt></ruby>の顔をよく拝んでおきなよ。だが、ぽかんとしているてえと、チョボにさいふをすられるぜ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-20582-20618">かりにもご公儀お町方の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-20618-20633"><rb>禄</rb><rt>ろく</rt></ruby><seg source="#source-20633-20738">をちょうだいしている者に、さいふをすられるぞもないものですが、いわれた</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-20738-20762"><rb>川越</rb><rt>かわごえ</rt></ruby><seg source="#source-20762-20786">育ちの豆やかなお</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-20786-20804"><rb>公卿</rb><rt>くげ</rt></ruby><seg source="#source-20804-20962">さまが、存外にまたすみにおけないので、いとものどかに気どりながら、首筋をすくめるとささやいていいました。</seg></p>
      <p>「いまさら愚痴をいうんじゃねえが、こうべっぴんばかりいるところへ来てみるてえと、せめてもう五寸背がほしいね」</p>
      <p>「泣くなよ、泣くなよ。ちっちぇえ<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-21174-21198"><rb>花魁</rb><rt>おいらん</rt></ruby>だってあらあな。しかし、それにつけても、だんなにばかりゃ、うっかり気を許すなよ。堅仁だかと思うと、気味がわるいほど恐ろしく通人で、通人だかと思うと変にまたこちこちなんだからな。いい気になるてえと、またぽかりしょい投げを食わされるぜ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-21548-21811">たわいのない配下たちの、たわいないささやきを聞き流しながら、名人はしきりと行きかう人を物色していましたが、おりよく通りかかった金棒ひきを見つけると、しらばくれて尋ねました。</seg></p>
      <p>「幇間の蛸平というは、どこにいるか存ぜぬか」</p>
      <p>「ついそこですよ。ほら、あそこに四ツ<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-21933-21954"><rb>菱屋</rb><rt>びしや</rt></ruby>っていう揚げ屋がござんすね。あのちょうどまうしろになっていますから、行ってごらんなせえましよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-22100-22115"><rb>蛇</rb><rt>じゃ</rt></ruby><seg source="#source-22115-22494">が出るか、へびが出るか、しだいに怪しのなぞがせばめられてまいりましたものでしたから、疑問の髪の毛をしっかりこわきにかかえて、いまだに狂えるもののごとく、必死にニャゴニャゴと鳴き慕っている怪猫を従えながら、ただちに教えられた蛸平の住み家に向かいました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 5em" rend="first-line-indent(5)"><seg source="#source-22494-22516">３</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-22516-22579">しかるに、行きついてみると、それなる吉原</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-22579-22606"><rb>幇間</rb><rt>ほうかん</rt></ruby><seg source="#source-22606-23079">がすこぶる奇怪でした。ずいとものをもいわずに上がっていった右門の姿と、そのこわきにかかえられている怪しの髪の毛を認めるや、ぎょッとあとずさりして、みるみるうちにくちびるまで色を変えていましたが、やにわにそこにあったあんどんをけたおしたまま、必死に表のほうへ逃げ走っていったものでしたから、鋭い命令の下ったのは当然！</seg></p>
      <p>「辰ッ、投げなわで押えろッ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-23123-23152">しかし、妙です。</seg></p>
      <p>「おやッ。辰めがどこかへ消えてなくなっちまいましたぜ！」</p>
      <p>「なにッ、いない？　ねこはいるかッ」</p>
      <p>「そいつもいっしょに駆け落ちしちまったらしいですよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-23374-23437">蛸平に、辰に、怪猫と、一瞬に三個の姿が、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-23437-23461"><rb>忽焉</rb><rt>こつえん</rt></ruby><seg source="#source-23461-24013">としていずれかへ消滅してしまったものでしたから、いかな捕物名人も、これにはいたくめんくらったようでしたが、と、――そのときまさしく裏の、へい一つ越えた四ツ菱屋の二階とおぼしき方角に当たって、ニャゴウとひときわ鋭く鳴きたてた怪猫の声がありましたので、いよいよいぶかしみながら、はせつけてみると、そもいったいどうしたというのでありましたろう！　第一に目を射たものは、そこの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-24013-24040"><rb>銀燭</rb><rt>ぎんしょく</rt></ruby><seg source="#source-24040-24789">きらめく大広間の左右に、ずらりと居並んでいる、無慮五十人ほどにも及ぶ花魁群の一隊でした。それすらもがおよそ不審な光景と思われるのに、よりいっそういぶかしく思われたのは、それなる花魁群に囲まれながら、狂気しているのかと見ればそのようにも見え、正気かと思えばそのようにも思えるひとりの六十あまりなる老人が、髪の毛をそっくりむしりとられた京人形をひしと抱き占めて、なにかわからぬうわごとをつぶやきながら、しきりにそれなる人形をあやなしているのでした。しかも、その前に、ざくざくと積まれた千両近い黄金の山！</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-24789-25283">だのに、豆やかな善光寺辰めがさらに奇怪で、一方の端には怪猫をからめ取り、他方の端には逃げ去ったはずの蛸平を、両々振り分けの投げなわにからめとって、いっこう恐るるけしきもなくにやにやとやっていたものでしたから、伝六のことごとく目を丸くしたのはいうまでもないことでしたが、名人もいささか意外にうたれたとみえて、まず辰に尋ねました。</seg></p>
      <p>「これはいったい、どうした子細じゃ」</p>
      <p>「どうもこうもない、あの人形とぶつぶつさえずっている薄気味のわるいおやじが、さっき八丁堀で取り逃がした当の本人でござんすよ」</p>
      <p>「えッ<g ref="#gaiji-1-8-77" source="#source-25536-25575">⁈</g>　――そうか、髪の毛と黒ねこがあの京人形に結びつくたあ、いかなおれも、にらみがつかなかったな。よしよし、ここまでもう押えりゃ、どうやらちと右門流を大出しにしなきゃならねえようだから、ひとつ江戸のごひいき筋をあッといわせてやろうよ。それにしても、ねこと蛸平をいっぺんにここで押えるたあ、少しばかりおてがらすぎるな」</p>
      <p>「いいえ、てがらでもなんでもねえんですよ。ねこを見張ってだんなのあとからついてめえりましたらね、やにわとこいつめがニャゴニャゴいって、どうしたことかここの二階へ駆け上がってきたんで、逃がしちゃならねえと追っかけてきて押えたところへ、あの蛸平坊主めがあとから裏のへいを乗りこえやがって、逃げこみましたんで、ついでにちょいとからめとってやったんですよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-26569-26797">事がここにいたって、がぜん予想外の大場面に展開したものでしたから、では、そろそろ右門流に取りかかろうといわぬばかりで、いと涼しげに微笑すると、まず吉原</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-26797-26824"><rb>幇間</rb><rt>ほうかん</rt></ruby><seg source="#source-26824-26892">のところへ、物静かな尋問が飛んでいきました。</seg></p>
      <p>「神妙に申し立てろよ。なにゆえ逃げおった」</p>
      <p>「へえい……」</p>
      <p>「へえいではわからぬ。わしがなんという名のものであるか、もうわかったであろうな」</p>
      <p>「へえい。ようようただいまわかりましてござります。初めからむっつり右門のだんなさまと知りましたら、逃げるんではございませんでしたが、こんなことになったのも、あの気味のわるいお大尽に見込まれたのがそもそもの不運でござりましょうから、身の災難とあきらめまして、もうじたばたはいたしませぬ」</p>
      <p>「では、これなる怪しの髪の毛を携えて、人形師<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-27596-27626"><rb>藤阿弥</rb><rt>ふじあみ</rt></ruby>のところへ注文に参ったはそちでないと申すか」</p>
      <p>「いいえ、使いに立ったのはいかにもこの蛸平めにござりまするが、頼み手はあそこの気味のわるいお大尽でござりまするよ」</p>
      <p>「なに、あの老人とな。うち見たところ常人でなさそうじゃが、気でも狂いおるか」</p>
      <p>「それが、さっぱりてまえにも、正気やら狂気やら見境がつかないんでござりまするよ。忘れもいたしませぬが、三日まえの朝早くでござりました。だれでもよいから<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-28208-28235"><rb>幇間</rb><rt>たいこもち</rt></ruby><seg source="#source-28235-28313">をひとり呼べというご注文だとか申しましてな、こちらの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-28313-28325"><rb>四</rb><rt>よ</rt></ruby><seg source="#source-28325-28328">ツ</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-28328-28349"><rb>菱屋</rb><rt>びしや</rt></ruby><seg source="#source-28349-28559">さまからてまえのところにお座敷をかけてくださいましたんで、なんの気もなく伺いましたら、今、だんながお持ちの丁子油がしみた髪の毛と戒名を書いた</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-28559-28583"><rb>丈長</rb><rt>たけなが</rt></ruby><seg source="#source-28583-29159">に五十両を渡しまして、至急にこの毛を植えた十七、八の娘人形をととのえろ、とのおことばでござりましたんで、さっそく藤阿弥のところでお言いつけどおりの品を求めてまいりましたら、それまではたしかにご正気でござりましたが、どうしたことやら、人形をご覧になると、急に気が変になりましてな、ちょうど今晩でまる三日、あんなふうに小判の山を目の前にお積みなさいましておいて、日に二百人ずつこのくるわの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-29159-29183"><rb>花魁</rb><rt>おいらん</rt></ruby>衆をかたっぱしお揚げなさっては、なにかぶつぶつ人形としゃべりながら、ひとりに二両ずつご祝儀をきっているんでございますよ。――ほらほら、いううちに、また始めたんじゃござんせんか、よくご覧なさいましよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-29482-29910">いわれましたので、目を転ずると、いかさまじつに奇態でした。毛をはぎとられた丸坊主の京人形をしっかりとその胸に抱きすくめるようにしながら、ふらふらと狂えるもののごとくに立ち上がったかと思われましたが、と――不意に奇妙なことばを人形に向かって、さながら生あるもののように話しかけました。</seg></p>
      <p>「な、<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-29919-29934"><rb>妙</rb><rt>たえ</rt></ruby>よ、妙よ。わるかったな。おとうさんはもうすっかり了見を変えたから、おまえもよく見て迷わずに成仏しろよ。かわいそうにな、かわいそうにな……」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-30143-30565">いいつつ、涙すらも流して、そこにあった黄金の山の中から小判をわしづかみにすると、気味わるがっている花魁の前へ近づいていっては、ひとりあたり二両ずつ、それも正確に小判を二枚ずつ、祝儀としてきってまわりましたものでしたから、たちまちまた噴水のように吹きあげたのはあいきょう者でした。</seg></p>
      <p>「世の中にゃ、変わったキ印もあるもんじゃござんせんか。まさかに、あのおやじ、<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-30679-30700"><rb>稲荷</rb><rt>いなり</rt></ruby>さまのお使いじゃござんすまいね。どこかそこらに、おっぽが下がっちゃおりませんか」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-30822-31007">聞き流しながら、じっといぶかしい老人の行動を最後まで見守っていましたが、なに見破りけん、名人がずばりと断定を下しました。</seg></p>
      <p><seg source="#source-31007-31010">「</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-31010-31025"><rb>芯</rb><rt>しん</rt></ruby>からの気違いじゃねえや。なにか悲しいことにぶつかって、逆上しているんだぜ」</p>
      <p>「えッ<g ref="#gaiji-1-8-77" source="#source-31147-31186">⁈</g><seg source="#source-31186-31372">　じゃ、あの、まだどこか脈がござんすかい。見りゃ目も血走っているし、言うこともろれつが回らねえようですが、このごろはああいう</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-31372-31396"><rb>花魁</rb><rt>おいらん</rt></ruby>の揚げ方がはやりますのかね」</p>
      <p>「次から次へと、よくいろんなとんきょう口のきけるやつだな。ひとり頭に小判を二枚ずつとかぎって、祝儀にしたところが、芯からの気違いじゃねえなによりの証拠だよ。ほんとうに気がふれてりゃ、三両も五両も金の差別はわからねえや。まてまて、今おれが気つけ薬を飲ましてやらあ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-31835-32093">いいつつ、ずかずかとそれなるいぶかしき老大尽の身近くに歩きよったかと思われましたが、こはそもいかなる気つけ薬を飲ませようというつもりでありましたろう――やにわに、ぎらりと</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-32093-32108"><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby><seg source="#source-32108-32141">ばしらせたものは、あの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-32141-32171"><rb>蝋色鞘</rb><rt>ろいろざや</rt></ruby><seg source="#source-32171-32234">の細身なる一刀でした。しかも、抜くや同時に</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-32234-32258"><rb>大喝</rb><rt>たいかつ</rt></ruby><seg source="#source-32258-32263">！</seg></p>
      <p>「ふびんながら、命はもらいうけるぞ！」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-32322-32382">叫びざまに、老大尽の面前五分の近くへ、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-32382-32406"><rb>光芒</rb><rt>こうぼう</rt></ruby><seg source="#source-32406-32412">寒き</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-32412-32433"><rb>銀蛇</rb><rt>ぎんだ</rt></ruby><seg source="#source-32433-32436">を</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-32436-32460"><rb>一閃</rb><rt>いっせん</rt></ruby><seg source="#source-32460-32634">させたものでしたから、並みいる花魁群のいっせいにぎょッとしながら青ざめたのはいうまでもないことでしたが、しかし、その</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-32634-32661"><rb>驚愕</rb><rt>きょうがく</rt></ruby><seg source="#source-32661-32690">はただの秒時――。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-32690-33163">心底からの狂人ならば、白刃が鼻先へ襲ってこようと、矢玉が雨とあられに降ってこようと、びくともするものではあるまいと思われたのに、名人の看破どおり、一時の逆上であったものか、たじたじと老大尽がうしろに身をひくや、ふッと我に返ったもののごとく、きょときょととあたりを見まわしましたので、また噴水を始めたのは伝六です。</seg></p>
      <p>「へへいね。命がほしかったところを見ると、やっぱりへその中は暖かかったのかね」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-33282-33494">いったことばに、老大尽がいぶかしそうに右門主従を見つめていましたが、辰のからめとっている黒ねこを発見すると、おどろきながら呼びかけました。</seg></p>
      <p>「おお、黒か、黒か！　おまえもここにいたか」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-33562-33774">その声に答えるもののごとく、怪猫がニャゴウと鳴きたてましたものでしたから、名人の口辺に静かに微笑がのると、物柔らかな問いが発せられました。</seg></p>
      <p>「そなたのねこであるか」</p>
      <p>「へえい。なくなった娘が、命よりもたいせつにかわいがっていたやつにござりまするが、どうやらお見かけすれば、その筋のかたがたのようなご様子。どなたさまにござりましょう」</p>
      <p>「わからぬか」</p>
      <p>「と申しますると、もしや、あの、むっつり右門の……」</p>
      <p>「さようじゃ。右門とわからば、こわうなったか」</p>
      <p>「いえいえ、だんなさまにござりますれば、このようなうれしいことはござりませぬ。できますことなら、ふびんなこのおやじめがただいまの身の上をお話し申し上げ、お力にもおすがり申したいと念じてござりましたゆえ、こわいどころではござりませぬ」</p>
      <p>「なに、右門の力にすがりたいとな。では、先ほどそれなる京人形をかかえて八丁堀へ参ったのも、そのためじゃったか」</p>
      <p>「この二、三日こちら、わが身でわが身がわからぬほど心が乱れておりましたゆえ、よくは覚えておりませぬが、もしお屋敷のあたりをさまよっていましたとすれば、だんなさまにお会いしたいと思うた一念が知らずに連れていったやも存じませぬ」</p>
      <p>「よほど心痛していることがあるとみえるな。そう聞いては、聞くなというても聞かいではおられぬが右門の性分じゃ。いかにも力となってやろうから、ありのままいうてみい！」</p>
      <p>「そうでござりまするか。ありがとうござります、ありがとうござります。では、かいつまんで申しまするが、てまえは日本橋の橋たもとに両替屋を営みおりまする<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-35559-35586"><rb>近江屋</rb><rt>おうみや</rt></ruby><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-35586-35613"><rb>勘兵衛</rb><rt>かんべえ</rt></ruby><seg source="#source-35613-36282">と申す者にござります。今から思いますれば、そのような金なぞをいじくる商売を始めたのが身のおちどにござりましょうが、なんと申しましょうか、拝金宗――とでも申しまするか、金を扱っているうちに、だんだんと小判に目がくらみましてな、人さまから因業勘兵衛だの、ごうつく勘兵衛だのと、いろいろ悪口をいわれるのも承知で、ようよう三万両ばかりため上げたところへ、たったひとりの娘がちょうど十八になったのでござります。自分の口からいうは変でござりまするが、その娘の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-36282-36297"><rb>妙</rb><rt>たえ</rt></ruby>めが、どうしたことやら、少しばかり器量よしでござりましてな、それゆえ、いくらか人さまの目にもついたのでございましょう。おやじのこのてまえめは、人から因業だの、ごうつくばりだのと、ろくなことはいわれておりませんのに、いざ養子を捜そうとなりましたら、われもおれもと十人ばかりの相手が現われてまいりましてな、競って養子になろうと、手を替え品を替えて話を持ち込んでまいりましたゆえ、つい欲にくらみまして、そんなにだれもかれも養子になりたいならば、持参金の多い者をいただきましょうと、われながら情けないことを一同に言い渡したのでござります。すると、たちまち三百両、五百両、八百両とめいめいがせり上げてまいりましてな、あげくの果てに、同じ両替屋商売のさる次男坊が、とうとう三千両持参金にしようとこのようなことを申してまいりましたゆえ、内心喜んで、さっそくその者を養子に取り決めてしもうたのでござります。ところが、いざ婚礼をしようとなってから、どうしても娘がいやじゃというて聞きませなんだのでな。だんだんその子細を問い正してみると――」</p>
      <p>「ほかに契り合うた恋人があったというのじゃな」</p>
      <p>「へえい。まだおぼこじゃ、おぼこじゃと思うて、気を許していたうちに、いつのまにか、親の目をかすめまして、それも言いかわした相手がうちの手代の<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-37963-37984"><rb>弥吉</rb><rt>やきち</rt></ruby><seg source="#source-37984-38287">じゃ、とこのようなことを申しましたのでな、腹が立つやら、情けないやらで、むやみとがみがみしかりつけたのでござります。だのに、どうしても娘は弥吉でなくてはいやじゃと申しまして、たとえ十万両持ってこようと、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-38287-38311"><rb>業平</rb><rt>なりひら</rt></ruby>のような男であろうと、わたしが二世と契ったは弥吉以外ないゆえ、添わしてくださらなくばいっそ死にまするなぞと、思いつめたらしいことを申しましたので、ついてまえもカッとなりまして、それほど弥吉のようなやつが好きなら、三千両持たして連れてこいといってやったのでござります。すると、だんなさま、どうでござりましょう。そのあくる朝、弥吉めが、どこで才覚いたしましたか、正銘まちがいない小判で三千両持ってまいりましたのでな、手代ふぜいが、はていぶかしいと思いましたゆえ、もしやと存じましてうちの土蔵を調べましたら、案の定、千両箱が三つなくなっていましたのでな、てっきりもう弥吉めが盗んだのじゃろうと存じまして、ずいぶん手きびしゅう責めたてたのでござりまするが、弥吉が申しますには、朝起きてみると、だれが置いていったのか、まくらもとに千両箱が積んでありましたゆえ、婚礼はもう迫っているし、娘を人にとられるはくやしいし、つい気味のわるいも承知しながら、天の授かりものじゃと思うて、いちじ拝借しただけでござります、とこのように申しまするのでな、では、娘の妙めが弥吉かわいさで、そんなまねをしたのじゃろうかと、このほうもずいぶん入念に調べてみましたのでござりまするが、不思議とそれらしい様子が見えませなんだゆえ、いっそもうめんどうと存じまして、しゃにむに弥吉めに盗賊の名を着せて、家を追い出してしもうたのでござります。さすれば、自然日がたつうちに、去る者日々にうとしで、娘の思慕も薄らぐじゃろうと思うたからでござりまするが、どうしてどうして、今度は妙めがあとを追いましてな、ふいっとどこかへ家出をしたのでござりまするよ」</p>
      <p>「なるほどのう。そのあげくに、とうとうこの<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-40476-40500"><rb>丈長</rb><rt>たけなが</rt></ruby>に見えるような戒名となってしもうたというのじゃな」</p>
      <p>「へえい。ひと口にいえばそうなんでござりまするが、ちとそれが妙なんでござりましてな。家出をしたとて、まさかに死にもいたすまいと、捜しにも行かずにほっておきましたら、その晩ひょっくりと船頭衆のようなおかたが、どこからかお使いにみえましてな、この紙包みをお嬢さんから頼まれましたと申しますので、なにげなくあけてみましたら、だんながお持ちのその髪の毛なんでござりますよ。においをかいでみましたら、娘が好んで日ごろ使っておりました丁子油の髪油がかおりましたゆえ、こりゃ、どっちにしてもただごとではあるまいというので、急に騒ぎだしましてな、所々ほうぼうと人を派して、だんだんと捜すうちに、あろうことかあるまいことか、深川の先で死体となって揚がったのでござります。<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-41555-41579"><rb>入水</rb><rt>じゅすい</rt></ruby>するときけがでもしたか、顔は一面の傷だらけで、娘かどうか、ちょっと見ただけでは見分けもつかないくらいでしたが、着物のがらも娘のものだし、年ごろも十七、八でござりましたし、それになによりの証拠は、形見によこした髪の毛が根元から切られて、ざん切り坊主となったおなごでござりましたのでな、泣くなく野べの送りをしたのでござります」</p>
      <p>「いかにものう。だが、それにしても、京人形をあつらえて、小判をまきに吉原へ来たとは、ちといぶかしいな」</p>
      <p>「いいえ、それが今のてまえの心持ちになってみれば、ちっとも不思議ではないのでござりまするよ。だんなさまをはじめ、<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-42387-42411"><rb>花魁</rb><rt>おいらん</rt></ruby><seg source="#source-42411-44073">がたにも特にここのところをしっかりと聞いていただきたいのでござりまするが、たったひとりの娘に死なれて、千両万両の金がなにたいせつでござりましょう！　こうなるまでは、この世に小判ほど尊いものはあるまいと存じたればこそ、人にも憎まれるほどな拝金宗となりまして、あげくの果てには娘の器量までも黄金に売り替えんばかりのあさましい了見になったのでござりまするが、つまらぬてまえの心得違いから、だいじなだいじなひと粒種の娘に仏となってしまわれてみて、翻然とおろかな悪夢から目がさめたのでござります。ほんとうに、ほんとうに、はじめて目がさめたのでござります。人の尊い、いいえ、かわいいかわいい娘の命が、万両積んだとて、億両積んだとて、卑しい金なぞで買い替えられるものですか！　娘がなくば、小判なぞいくらあったとて、なんの足しになるものか、なまじ手もとにあれば、てまえのあさましさ、娘のふびんさが思い出されてならぬと存じましたゆえ、一つは仏へのせめてもの供養に、二つには不浄の金ができるだけ役にたつよう、使い果たしてやろうと存じましたので、ふと思いつきまして、その日に、さっそくこの吉原へまず五千両を携えてまいったのでござります。と申しただけではまだご不審かも存じませぬが、おなごはやはりおなごどうし、娘へのたむけには、この</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-44073-44091"><rb>廓</rb><rt>くるわ</rt></ruby><seg source="#source-44091-44172">でままならぬかごの鳥となっておられまするおかわいそうな</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-44172-44196"><rb>花魁</rb><rt>おいらん</rt></ruby>衆へ、わずかながらでもおこづかい金をもろうていただいたならば、これにました金の使い道はあるまいと存じたからでござります。さればこそ、形見の髪で人形をあつらえ、せめてもそれを娘と思うて、小判の供養をしたつもりでござりまするが、それさえあまり悲しゅうて、つい心が乱れていたあいだにしたことでござりますゆえ、どのようなお恥ずかしいとこをお目にかけましたやら、こうして気が晴れてみますると、ただただもう赤面のほかはござりませぬ」</p>
      <p>「なるほど、そうか、よくあいわかった。話の初めを聞いているうちは、人の皮かむったけだものじゃなと思うていたが、今のそのざんげ話を聞いて、いささか胸がすっといたした。では、なんじゃな、あれなる黒ねこが、髪の毛をはぎとったのも、そちはどこでとられたか覚えもあるまいが、生前娘がかわいがっていたゆえ、丁子油のにおいから、畜生ながらもだいじにしてくれた人の面影を慕うて、人形とも知らずにとびついたのじゃな」</p>
      <p>「おそらくそうでござりましょう。子どものようにかわいがっておりましたゆえ、それが忘れかねて、知らぬうちにつけ慕っていたものと思われまするでござります」</p>
      <p>「よし、もうそれで、すっかりなぞは解けた。では、なんじゃな、そちがわしに力を借りたいというは、弥吉のまくらもとにあったとかいう三千両の盗み出し手をよく調べたうえで、万が一ぬれぎぬだったならば、罪人の汚名を着せて追いだした弥吉にそれ相当のわびをしたいというのじゃな」</p>
      <p>「へえい。ぬれぎぬでござりますればもちろんのこと、よしんばあれがついした盗みにござりましょうとも、それほどまでにして娘がほしかったのかと思いますると、憎いどころか、弥吉の心がふびんに思われますゆえ、おついでにあれの居どころもお捜し当て願えますれば、つまらぬ了見違いで、若い者の思い思われた仲を割ろうとしたこのわからず屋のおやじの罪をいっしょにわびたいのでござります」</p>
      <p>「気に入った、大いに気に入った、そういう聞いてもうれしい話で、このおれの力が借りたいというなら、むっつり右門の名にかけて、きっと望みをかなえさせてやらあ。じゃ、もうこの丁子油の髪の毛も用がねえ品だから、ついでにねこへも供養させてやるぜ。ほら、黒とかいったな、おまえにこいつあいただかしてやるから、<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-47047-47089"><rb>生々世々</rb><rt>しょうじょうよよ</rt></ruby>までおまえの命があるかぎり、お嬢さんだと思って守っていなよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-47181-47508">投げ与えてやると、愛するものにめぐり会いでもしたかのごとく、黒ねこがニャゴウゴロゴロ、ゴロゴロニャゴと、のどを鳴らしつつ髪の毛をくわえながら、いずれかへいっさんに走り去りましたので、われらの名人の秀麗な面に、はじめて</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-47508-47529"><rb>莞爾</rb><rt>かんじ</rt></ruby><seg source="#source-47529-47541">と大きな</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-47541-47553"><rb>笑</rb><rt>え</rt></ruby><seg source="#source-47553-47630">みが浮かぶといっしょに、ずばりと命令が下りました。</seg></p>
      <p>「さ！　伝六ッ、<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-47654-47672"><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>だ、駕籠だ！」</p>
      <p>「ちぇッ、ありがてえッ。いまに出るか、いまに出るかと、さっきからなげえこと、しびれをきらしていたんですよ。だんなの分が一丁ですね」</p>
      <p>「二丁だよ」</p>
      <p>「えッ！　じゃ、あっしが兄貴分の役得で、乗られるんですね」</p>
      <p>「のぼせんな！　こちらのお人形お大尽がお召しになるんじゃねえか」</p>
      <p>「ほい、また一本やられたか。なんでもいいや、だんなのお口から駕籠が出りゃ、おいら、胸がすっとするからね。じゃ、辰ッ、おまえもひざくりげにたんと湿りをくれておけよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-48344-48566">こうなると伝六なかなかにうれしいやつで、骨身も惜しまずたちまち揚げ屋の表へ、くるわ駕籠を二丁見つけてまいりましたものでしたから、いよいよ捕物名人の</seg><app type="base-text-variant" source="#source-48578-48635"><lem><seg source="#source-48566-48578">第十五番</seg></lem><rdg type="base-text"><seg source="#source-48620-48629">第五番</seg></rdg></app><seg source="#source-48635-48668">てがらが、丁子油ならぬ</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-48668-48695"><rb>溜飲</rb><rt>りゅういん</rt></ruby><seg source="#source-48695-48759">下げのにおいをそろそろと放ちだしました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 5em" rend="first-line-indent(5)"><seg source="#source-48759-48781">４</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-48781-48865">かくして乗りつけたところは、いうまでもなく日本橋詰めの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-48865-48892"><rb>近江屋</rb><rt>おうみや</rt></ruby><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-48892-48919"><rb>勘兵衛</rb><rt>かんべえ</rt></ruby><seg source="#source-48919-49084">方です。何はともかく、千両箱のしまわれてあった金蔵を一見しなくばと、名人はすぐさま人形大尽を案内に立てて、屋の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-49084-49099"><rb>棟</rb><rt>むね</rt></ruby><seg source="#source-49099-49324">つづきの土蔵へやって参りました。商売がらが商売がらでしたから、そのがんじょうさ、いかめしさというものは説明の必要がないくらいなもので、戸前には特別大の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-49324-49360"><rb>大阪錠</rb><rt>おおさかじょう</rt></ruby><seg source="#source-49360-49449">をピシリとおろし、見るからに両替屋の金蔵らしい構えでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-49449-49584">人形大尽勘兵衛は、名人の出馬を得たのにもうほくほくでしたから、ただちにかぎを錠にはめて、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-49584-49605"><rb>鉄扉</rb><rt>てっぴ</rt></ruby><seg source="#source-49605-49661">と見える大戸前をあけにかかりました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-49661-49744">と――、それを見て、名人が鋭く制しながらいいました。</seg></p>
      <p>「まて、まてッ。あけるのはあとでよいによって、まず先に盗み出されたおりのもようがどんなじゃったか、覚えているだけのことを話してみい」</p>
      <p>「べつにいぶかしいと思うたことはござりませなんだよ。まえの晩にちゃんと錠をおろしておいたとおり、朝参りましたときも錠がおりてござりましたゆえ、あけて中を改めましたら、三千両だけ減っていただけでござります」</p>
      <p>「あわて者よな。錠がそのままになっていて、なかの金が減っていたとせば、大いに不思議じゃないか。いったい、この錠のかぎは一つきりか、それとも紛失したときの備え品がほかにもあるか」</p>
      <p>「いいえ、天にも地にもただ一つきりでござります」</p>
      <p>「その一つは、だれが預かりおった。弥吉にでもかぎ番をさせておいたか」</p>
      <p>「どうつかまつりまして、それまでは先ほども申しましたとおり、命をとられても小判は離すまいと思うほどだいじな品でござりましたゆえ、かぎは毎晩てまえがしっかり抱いて寝ていたのでござります」</p>
      <p>「では、夜中にその抱いて寝ていたかぎを盗み出された形跡もないというのじゃな」</p>
      <p>「ござりませぬ、ござりませぬ。そうでのうても目ざとい年寄りでござりますもの、抱いているのを盗み出されたり、またそっと寝床の中へ入れられるまで知らずにいるはずはござりませぬ」</p>
      <p>「とすると、なかなかこれはおもしろうなったようじゃな。では、もう一度念を押してきくが、朝来たとき、たしかに錠はおりたままになっていたというのじゃな」</p>
      <p>「へえい、ちゃんとこの目で調べ、この手で調べたうえに、てまえがこのかぎであけたのでござりますゆえ、おりていたに相違ござりませぬ」</p>
      <p>「そうか、よしよし。ではもう一つ尋ねるが、その前の蔵の金を調べたのはいつじゃった」</p>
      <p>「いつにもなんにも、毎晩調べるのでござりまするよ。商売がらも商売がらからでござりまするが、毎晩一度ずつ千両箱の顔をなでまわさないと、夜もろくろく寝られませなんだので、娘をしかった晩もよく調べましたうえ、ちゃんと錠をおろしましてやすんだのに、朝起きてみますると、先ほど申しあげましたように、弥吉めが持ってまいりましただけのちょうど三千両が蔵の中で減っておりましたゆえ、てっきりもうあいつのしわざと思うたのでござります」</p>
      <p>「では、もう一つ尋ねようか。その晩調べにまいったおりは、そのほうひとりじゃったか」</p>
      <p>「へえい、ひとりでございました」</p>
      <p>「たしかにまちがいないか」</p>
      <p>「…………」</p>
      <p>「黙って考えているところをみると、なにか思い出しかけている様子じゃが、どうじゃ、たしかにひとりで調べに参ったか」</p>
      <p>「いえ、思い出しました。いま思い出しました。やっぱりひとりではござりませぬ。小僧の次郎松といっしょでござりました」</p>
      <p>「なにッ、<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-53113-53134"><rb>丁稚</rb><rt>でっち</rt></ruby>の次郎松がいっしょだったとな！　当年何歳ぐらいじゃ」</p>
      <p>「十四でござりまするが、目から鼻へぬけるようなりこうなやつで、何も疑わしいようなことをする悪いやつではござりませぬよ」</p>
      <p>「だれも疑うているといやあせぬわ。ただきいているまでじゃ。では、なんじゃな。その後この蔵には手をつけないのじゃな」</p>
      <p>「へえい。こんなふうにだんなさまのお出ましを願うようにならばと存じまして、そのままにしておいたのでござります」</p>
      <p>「しからば、吉原へ持参の五千両はどこから出しおった」</p>
      <p>「向こうにもう一つ、ないしょ倉がござりますゆえ、そちらから持ち出したのでござります」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-53941-54219">まことにそれが事実ならば、およそいぶかしい三千両といわねばなりませんでしたから、始終を聞いていて、とても不思議でたまらぬように、例のごとく口をさしはさんだのはあいきょう者の伝六です。</seg></p>
      <p>「どうもこりゃ<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-54240-54261"><rb>天狗</rb><rt>てんぐ</rt></ruby><seg source="#source-54261-54624">のしわざかもしれませんぜ。錠にもかぎにも異状がねえっていうのに、中の三千両が羽がはえて、弥吉の野郎のまくらもとに飛んでいっているなんて、どうしてもこりゃ天狗のいたずらですよ。久しく江戸に出たといううわさを聞かなかったが、陽気にうかれて二、三匹</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-54624-54657"><rb>鞍馬山</rb><rt>くらまやま</rt></ruby>からでも迷い出たんでしょうかね」</p>
      <p>「うるせえ！　黙ってろ。では、もういいから、戸をあけてみな」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-54799-54990">カチリ、ガチャリとやって、ガラガラと締め戸を押しあけながら、一同が人形大尽のあとに従って蔵の中へはいろうとしたそのとたん――</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-54990-55373">名人がごくなんでもないような顔つきをして、ごくなんでもないようにこごみつつ、ちらりそこの錠前トボソがおりる敷居の上のみぞ穴をのぞいていたようでしたが、と――、不意にからからと大きくうち笑うと、きくだにすっと胸のすくようなせりふをずばりと言い放ちました。</seg></p>
      <p>「なんでえ、いやに気を持たしゃがって、つまらねえ。これだから、おれあどうも欲の深い金満家とは一つ世の中に住みたくねえよ。欲が深いくせに、むやみとこのとおり、やることがそそっかしいんだからな。ね、おい、京人形のお大尽、もう蔵の中なぞ調べなくたって、天狗の正体がわかったぜ」</p>
      <p>「えッ！　じゃ、あの、三千両を持ち出したものは、やっぱり弥吉でござりましたか、それとも娘でござりましたか」</p>
      <p>「だれだか知らねえが、おまえさんはたしかにこの戸の錠がおりていたといったな」</p>
      <p>「へえい、二度も三度も、しちくどいほど申しあげたはずでござります」</p>
      <p>「では、もういっぺんその戸を締めてみな」</p>
      <p>「締めますよ。締めろとおっしゃいますなら、何度でも締めますが、これでようござりまするか」</p>
      <p>「たしかに締めたな」</p>
      <p>「へえい、このとおりピシリと締めましてござります」</p>
      <p>「では、もういっぺん、そのままかぎを使わないであけてみろ」</p>
      <p>「冗談じゃござんせぬ。ピシリと締まった戸前が、かぎを使わないであけられるはずはござんせんよ。大阪錠というやつは、締まるといっしょにトボソが自然と中からおりるのが自慢なんでござりますからな。かぎなしでこの錠があけられてなりますものかい」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-56905-57279">不平そうにつぶやきつぶやき、今しめた戸を疑わしげにひっぱったとみえましたが、こはそもなんたる不思議！　かぎなしであけられるはずがないといったその戸が、実に奇態に、かぎなしで手もなくガラガラとあいたものでしたから、おどろいたのは京人形のお大尽です。</seg></p>
      <p>「こりゃなるほど天狗でござります。いったい、どうしたのでござりましょうな」</p>
      <p>「ちっとおれの目玉は値段が高いつもりだが、少しはおどろいたか」</p>
      <p>「へえい、もう大驚きでござります。どうしたというのでござりましょうな」</p>
      <p>「どうもこうもないよ。値段の安そうなその目をしっかりあけて、敷居のトボソがはまるそこのみぞ穴をよくみろな」</p>
      <p>「何か穴に不思議がござりますか！　おやッ、はてな。こりゃだんなさま、穴に何かいっぱい詰まっているようでござりまするが、何品でござりましょうな」</p>
      <p>「塩豆だよ。塩でまぶしたあの<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-58012-58024"><rb>煎</rb><rt>い</rt></ruby>り豆さ」</p>
      <p>「なるほどね。そういわれてみると、いかさまそれに相違ござんせんが、それにしても、だれがこんなまねをしたのでござりましょうな」</p>
      <p>「丁稚の次郎松だよ」</p>
      <p>「えッ！　でも、せっかくのおことばでござりまするが、ちっとりこうすぎるところはあっても、あいつにかぎって、こんなまねするはずはござんせんよ」</p>
      <p>「控えろ。むっつり右門といわれるおれがにらんでから、こうこうと見込みをつけたんだ。不服ならば聞いてやるが、あいつは買い食いする癖があるだろ。どうじゃ。眼が違うか」</p>
      <p>「恐れ入りました。そういわれると、そのとおりにござります。ほかに悪いところはござりませぬが、たった一つその癖があいつの傷でござります」</p>
      <p>「それみろ。思うにあの晩、そなたとふたりでこの倉へ調べに来たときも、きっとボリボリやっていたに相違ないが、気がつかなかったか」</p>
      <p>「さよう……いえ、おことばどおりでござります。そう言われてみますと、いま思い出してござりまするが、たしかに何かもごもごと口を動かしておりましたゆえ、また買い食いをしたのかといってしかった覚えがござります。しかし、それにしても、あの次郎松がまたなんとしようとて、こんなだいそれたまねをしたのでござりましょうな。三千両を持ち出したのもあれでござりまするか」</p>
      <p>「あたりめえさ、今どろを吐かせてやるから、はよう連れてこい」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-59731-59983">ずばりと断定を下しましたので、めんくらいながら勘兵衛が走っていったのはいうまでもないことでしたが、あいきょう者がまたじつにおどろいたとみえて、目をぱちくりさせながらお</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-59983-60001"><rb>公卿</rb><rt>くげ</rt></ruby><seg source="#source-60001-60030">さまにいいました。</seg></p>
      <p>「な、辰、おっかねえだんなの眼力じゃねえかい。おら、一年もこっちくっついているが、だんなながらちっと今夜は気味がわるくなったよ。な、おい、どうだろうな、このあんべいじゃ、おれとおめえが、ゆうべだんなにないしょで吹き矢の帰り道に、ふぐじるを食べたことも、ひょっとするともう眼がついているかもしれねえから、いっそ思いきって白状しちまうか。おら、隠しておくのがおっかなくなったよ」</p>
      <p>「ああ、いえよ、いえよ。割勘にしたことも隠さずにいっておきなよ」</p>
      <p>「じゃ、いうからな。――ね、だんな！　ちょいと、だんな！」</p>
      <p>「バカ」</p>
      <p>「えッ」</p>
      <p>「子どもみてえなこというな」</p>
      <p>「だっても、隠しておくとおっかねえからね」</p>
      <p>「かわいいやつらすぎて、あいそがつきらあ。みろ！　次郎松が来たじゃねえか」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-61030-61290">眠そうな目をしてそこに次郎松少年が勘兵衛に連れられながらやって参りましたものでしたから、名人がいかなる責め方をするかと思われましたが、じつにこういうところが右門流でした。</seg></p>
      <p>「そらそら、次郎松！　おまえの口ばたに塩豆の皮がくっついているぜ！」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-61394-61594">不意にいわれて、ぎくりとなったようにあわてながら口のはたへ手をやったところへ、名人の間をおかないやさしいことばが飛んでいきました。</seg></p>
      <p>「な、次郎松、むっつり右門のおじさんは、そのとおり何もかも知っているんだからな、隠さずにみんな話しなよ。このおじさんは強情っ張りがいちばんきらいだからな。すなおにいえば、どんなにでも慈悲をかけてやるゆえ、みんないってしまいな。ここへ奉公に来るときも、おまえの<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-61981-61999"><rb>父</rb><rt>ちゃん</rt></ruby>とおっかあが、金を扱うところへ奉公に行くから、小判の毒に当てられるなよ、といったはずだが、どうだ、おじさんのいうことはまちがっているか」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-62205-62396">いわれて、強く胸を打たれでもしたかのごとく、じわり、と目がしらをうるませていましたが、しゃくりあげ、しゃくりあげいいました。</seg></p>
      <p>「申します、申します。まことにおわるうござりました。いかにも、わたしがあの三千両をこの蔵から盗み出して、弥吉どんのまくらもとへ置きました。かんにんしてくださりませ。かんにんしてくださりませ」</p>
      <p>「よし、泣かいでもいい、泣かいでもいい。そうとわかりゃ、けっしてこのおじさんはとがめだてをせぬが、でも、どういうわけで、おまえがそんなたてひきしたんだ。おじさんが思うには、きっとおまえは弥吉からつね日ごろかわいがられていたんで、そのお礼心に、一つまちがやどろぼうの罪も着ねばならぬほどのことをしたと思うが、どうじゃ、ちがうか」</p>
      <p>「そのとおりでござります。隣のへやで、だんなさまがお<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-63252-63267"><rb>妙</rb><rt>たえ</rt></ruby>さまをおしかりなさっていたのを聞いていましたら、美しいお嬢さまもおかわいそうでござりましたが、やさしい弥吉どんも、金がないばっかりにつらい思いをせねばならぬかと、ふびんでふびんでなりませなんだゆえ、あの晩土蔵へのお供を仰せつかったをさいわい、こっそり塩豆を穴にうめて、錠のかからぬようにしておきましてから、夜そっと弥吉どんのまくらもとへお金を運んでおいたのでござります」</p>
      <p>「千両箱といや、十三や四のおまえひとりでは運ばれぬ目方があるはずじゃが、だれかに力を借りたか」</p>
      <p>「子どもだとて、そのくらいな知恵がつかぬでどういたしますか！　封印を破って、少しずつ少しずつ、気長にひとりで運んだのでござります」</p>
      <p>「ほほう、そうか。ねずみのまねをしたと申すか。目から鼻へ抜けるというたが、いかさまその賢さならば、右門のおじさんの<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-64335-64353"><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>になっても、ずんとまにあいそうじゃな。では、それほどおまえがふびんに思うて、日ごろの、お礼心を返す気になった弥吉どんじゃがの、今どこにいるか、その居どころを知っているじゃろうな」</p>
      <p>「…………」</p>
      <p>「なに？　黙っているところをみると、そればっかりはいえぬというのか。おまえの親切がかえってあだとなって、そのためにこのうちを追われた弥吉どんじゃもの、おまえとてもそのまま黙っているはずはあるまいし、また弥吉どんじゃとて、よし、あだになった親切じゃろうと、うけた親切は親切じゃもの、何かその後おまえと行き来があったと思うが、どうじゃ、おとなしくいってしまえぬか」</p>
      <p>「…………」</p>
      <p>「ほほう、そればっかりは強情張っているところをみると、なにかまだ大きな隠しごとがあるかもしれぬな」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-65353-65383">いいつつ、あの鋭い</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-65383-65407"><rb>烱眼</rb><rt>けいがん</rt></ruby><seg source="#source-65407-65788">で、じろじろ小さな義少年の次郎松を見ながめていましたが、そのとき――ふと名人の目に強く映ったものは、いぶかしや次郎松少年の腰のところに、いとたいせつなもののごとくつりさげられている一個の腰ぎんちゃくでした。それも普通の品ではなくて、ひと目にそれと見られる</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-65788-65818"><rb>金襴地</rb><rt>きんらんじ</rt></ruby><seg source="#source-65818-65904">の小袋でしたから、発見するや、鋭い声がとんでいきました。</seg></p>
      <p>「そりゃなんだッ。おまえがたには分にすぎた腰ぎんちゃくじゃが、どれ見せろッ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-66020-66199">見とがめられて、ぎょッとしたように必死と両手で押えつけましたものでしたから、いかでわれらの捕物名人が許すべき！――。</seg></p>
      <p>「ちっと痛いが、こらえろよ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-66243-66452">いいつつ、草香流でもぎとってよくよく見ると、こはなんたる奇怪ぞ！　プンと鼻を打ったは、線香――、お寺さんで用いる上等の線香のにおいです。</seg></p>
      <p>「ほほう、これはどうやらすばらしくおめでたいことになってきたぞ」</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-66550-66771">およそここちよげな微笑をもらしもらし、守りぎんちゃくの中を改めていましたが、と――はしなくも現われてきた一通は、次のごとくに書かれた紙片でした。</seg></p>
      <div type="layout" source="#source-66771-67243" style="padding-inline-start: 1em">
        <p>「そなたのうれしきあの夜の心尽くし、生々世々忘れまじく<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-66887-66908"><rb>候</rb><rt>そうろう</rt></ruby>。されど、今は親しくお目にもかかれぬ身、お礼のかわりにこの守り袋お届け候まま、わが身と思うて、たいせつにご所持なさるべく、はよう年季勤めあげて、ご立身なさるよう、陰ながら祈りあげ候。次郎松どの――」</p>
      </div>
      <div>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-67245-67391">読みおろすと同時でした。じつに意外ともなんとも言いようのないことを、ずばりと名人がいいました。</seg></p>
        <p>「人形大尽！　十七、八の島田がつらを一つ用意しておきなせえよ」</p>
        <p>「えッ<g ref="#gaiji-1-8-78" source="#source-67495-67534">⁉</g>　まだなにかそんなものを用意して、娘の供養をせねばならぬのでござりまするか」</p>
        <p>「さようじゃ。ちっとこんどの供養は大金がかかるが、だいじないか」</p>
        <p>「金ゆえに失った娘でござりますもの、それで供養ができますならば、いかほどかかりましょうとも惜しくはござりませぬ」</p>
        <p>「でも、この近江屋の身上がみんなじゃぞ」</p>
        <p>「みんなじゃろうと、どれだけじゃろうと、喜んでさし上げまするでござります」</p>
        <p>「すこぶるよろしい！　では、あすの朝にでも<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-68156-68174"><rb>河岸</rb><rt>かし</rt></ruby><seg source="#source-68174-68204">へ行って、江戸一番の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-68204-68228"><rb>大鯛</rb><rt>おおたい</rt></ruby><seg source="#source-68228-68264">をととのえてな、それから</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-68264-68279"><rb>灘</rb><rt>なだ</rt></ruby><seg source="#source-68279-68306">の生一本を二、三十</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-68306-68324"><rb>樽</rb><rt>たる</rt></ruby>ほどあつらえておきなよ。そうそう、特にこのことは忘れてはならぬが、これなる次郎松少年は、じゅうぶん目もかけ、いたわってもつかわせよ。こういう賢い奉公人というものは、そういくたりもあるものではないからな」</p>
        <p>「なんじゃやらいっこうに解せませぬが、しろとおっしゃれば、どのようにでもいたしまするでござります」</p>
        <p>「ますますよろしい！　では、伝六ッ！」</p>
        <p>「えッ？」</p>
        <p>「夜通しではちっと眠いが、今から青葉見物にでも出かけようじゃねえか」</p>
        <p>「…………<g ref="#gaiji-1-8-77" source="#source-68973-69012">⁈</g>」</p>
        <p>「黙って首なんぞひねらなくたっていいんだよ。ほら、小判で五両やるから、これで酒手もなにもかも含めてな、大急ぎに遠出<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-69188-69209"><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を三丁雇うてこいよ」</p>
        <p>「ゲエッ――と、ようようこれで声が出やがった。まあそう矢つぎばやとものをおっしゃらずに、しばらく待っておくんなせえよ。――な、辰ッ。おりゃ、こんどばかりは、だんだんだんながおっかなくなってきたからな、お供は断わりてえが、おめえ行く気かい」</p>
        <p>「…………」</p>
        <p>「なにをもがもがと、死にかけたふなみてえな口つきしてやがるんだ。おめえもあんまりおどろいたんで、声が出ねえのか！」</p>
        <p>「で、で、出るよ、出るよ、このとおりりっぱに出るが、だんながああおっしゃるんだから、青葉見物とやらに行ったらいいじゃねえかよ」</p>
        <p>「ちぇッ、こいつ、おまえの目は夜が夜中でも青葉が見えるかしらねえが、おらの目はこう見えたって人間並みにまっとうなんだぜ。つまらんところで、できそこないの目を自慢するない！」</p>
        <p>「おいこら、伝六ッ」</p>
        <p>「えッ！」</p>
        <p>「なにをいつまでむだ口たたいているんだ。駕籠はどうした！」</p>
        <p>「あきれるな、またなんか化かす気でいるんだからな。ほかのところじゃ慈悲ぶけえだんなだが、いつもこの手ばかりゃ、ほんとに伝六泣かせですよ」</p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-70588-70755">いいつつも、屈強なのをそろえてそこに来たのをみると、ゆうぜんとうち乗りながら、名人がこともなげにいいました。</seg></p>
        <p>「おまえたちもあとのに乗ってきな。――おい、駕籠屋、行く先は<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-70845-70866"><rb>青梅</rb><rt>おうめ</rt></ruby>の宿だぞ！」</p>
        <p style="text-indent: 5em" rend="first-line-indent(5)"><seg source="#source-70888-70910">５</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-70910-71138">それっきり、名人は本来のむっつり右門にかえりながら、伝六がいかほどおしゃべり屋の面目を発揮して、うるさくうしろの駕籠から呼びかけましても、まったくもう</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-71138-71153"><rb>唖</rb><rt>おし</rt></ruby><seg source="#source-71153-71185">のごときものでした。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-71185-71236">夜の大江戸を徐々にあとへ残して、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-71236-71284"><rb>青梅街道口</rb><rt>おうめかいどうぐち</rt></ruby><seg source="#source-71284-71320">へさしかかったのが、春の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-71320-71344"><rb>東雲</rb><rt>しののめ</rt></ruby><seg source="#source-71344-71398">――、西へ西へと一路街道を急がせて、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-71398-71413"><rb>堀</rb><rt>ほり</rt></ruby><seg source="#source-71413-71416">の</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-71416-71431"><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby><seg source="#source-71431-71815">にかかったのが、目にまぶしやかな青葉の朝の五ツ下がり。ここで徹夜の疲れたからだに名物のきゃらぶき茶づけをゆっくりとって活を入れてから、駕籠の揺れるにまかせてうつらうつらと春眠の快をほしいままにむさぼりながら、菜の花、げんげ、咲き乱れるのどかな春の日中の道を</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-71815-71848"><rb>武蔵境</rb><rt>むさしざかい</rt></ruby><seg source="#source-71848-71890">にたどりついたときがちょうど</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-71890-71905"><rb>午</rb><rt>ひる</rt></ruby><seg source="#source-71905-72105">の八ツ下がり――あれから街道をいよいよ青梅の宿に向かって、ようように目的の地へ行きついたのは、かれこれもう落日に間のないころでした。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-72105-72228">しかるに、行きつくとただちに右門の目ざし向かったところは、関東尼僧寺の総本山なる</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-72228-72258"><rb>青梅院</rb><rt>おうめいん</rt></ruby><seg source="#source-72258-72273">です。禅宗</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-72273-72306"><rb>曹洞派</rb><rt>そうどうは</rt></ruby><seg source="#source-72306-72396">の流れをうけた男禁制の清浄このうえない尼僧道場で、当時ここに</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-72396-72423"><rb>仏弟子</rb><rt>ぶつでし</rt></ruby><seg source="#source-72423-72435">となって</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-72435-72462"><rb>勤行</rb><rt>ごんぎょう</rt></ruby><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-72462-72486"><rb>観経</rb><rt>かんきん</rt></ruby><seg source="#source-72486-72624">怠りない尼僧たちは、無慮二百名にも及ぶと注せられたほどでしたが、それかあらぬか、広大なる堂宇</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-72624-72648"><rb>伽藍</rb><rt>がらん</rt></ruby><seg source="#source-72648-72741">は、いまし、迫った落日の赤々とした陽光に照りはえて、伽藍を囲む</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-72741-72771"><rb>築地塀</rb><rt>ついじべい</rt></ruby><seg source="#source-72771-72936">は、尼僧の清さそのものを物語るかのごとくに白々と連なり、しかも、伽藍のあわいあわいにおい茂る春の木、初夏の木、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-72936-72963"><rb>常盤木</rb><rt>ときわぎ</rt></ruby><seg source="#source-72963-73025">は、まこと文字どおりの青葉ざかりでした。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-73025-73363">このようなところへ何しに、と思われましたが、しかし、院内へはいるかと思うとそうではないので、名人の微笑しいしい行き向かったところは、ちょうどその尼僧寺青梅院を一望のもとに見おろされる位置になっている院の裏の小高い丘でした。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-73363-73378">ここは、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-73378-73393"><rb>塀</rb><rt>へい</rt></ruby><seg source="#source-73393-73396">も</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-73396-73426"><rb>築地塀</rb><rt>ついじべい</rt></ruby><seg source="#source-73426-74073">ではなく生けがきで、その生けがきのところに、裏の丘がほとんど肩をすれすれに並べ、もし、院の表へ道ならねど、とがめえられぬ人の世の恋を追う男があって、男禁制の聖禁を犯そうと心がけたら、必ずしも僧房に忍び入るのが困難ではなく、反対にまた院内の尼僧たちの中において、道ならねど、これもあるいは許しえられる人の世の春を追おうとするものがあったとしたら、また、必ずしも裏の丘に忍び出ることがあまり困難ではない天の与えた一つの情けが丘でした。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-74073-74300">名人は微笑しいしい、先にたってその情けの掛け橋とも思われる青草原の丘へ上っていくと、木立ちの影に身を潜めながら、じっと下の僧院内に目をそそぎました。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-74300-74320">と、見よ！</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-74320-74343">おお、見よ！</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-74343-74462">丘の上から見おろされる尼僧院内に、今ぞ展開されつつあるその情景のすばらしさ！</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-74462-74864">――まことなんたる清浄な、そしてまたさわやかな美観でありましたろう！　まさに沈まんとする落日の赤々とした陽光を浴びて、青葉がくれ、葉がくれに、あちらこちらの僧院内の広やかな広場の庭を三々五々、一団一群、およそ七、八十名ばかりのいずれもすがすがしい尼美人たちが、夕べの</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-74864-74888"><rb>観経</rb><rt>かんきん</rt></ruby><seg source="#source-74888-74957">の前のいっときを、気まま身ままに、いと悩みなく</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-74957-74984"><rb>逍遙</rb><rt>しょうよう</rt></ruby><seg source="#source-74984-75010">していたのです。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-75010-75114">さるをあいきょう者の伝六が見て、なんじょう黙していられましょうぞ！</seg></p>
        <p>「ちぇッ、ね、だんな！　ちょっと、だんなったらだんな！」</p>
        <p>「うるせえな、何を目色変えるんだ」</p>
        <p>「だって、今しみじみと思っているんですがね。男は尼さんになれねえもんでしょうかね」</p>
        <p>「あきれたやつだな。でも、おまえは日本橋を出るとき、青葉見物なんぞごめんだといったじゃねえか」</p>
        <p>「ありゃ江戸へ置いてきた伝六で、ここへ来た伝六は別口ですよ。ね！　男でも尼になれるっていうんなら、あっしゃもう今からでもここへ二、三年<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-75722-75752"><rb>逗留</rb><rt>とうりゅう</rt></ruby>してえんですが、なんとか尼になれる法はござんすまいかね」</p>
        <p>「もうしゃべるなッ」</p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-75870-76248">しかっておいて、じっとなお目を注いでいましたが、と――そのとき、はしなくも名人の目にはいったものは、たったひとりきり、人々の群れから離れて、深く物思わしげに悩み沈みながら、うちしおれているひときわ美しい尼美人でした。年のころは十七、八歳！　そりたての</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-76248-76284"><rb>御弟子頭</rb><rt>みでしがしら</rt></ruby><seg source="#source-76284-76316">のそのみずみずしさ！</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-76316-76702">名人は黙然として、ややしばし目を注いでいましたが、そこのかきねに、人でも出はいりしたらしい枝の折れと、そのくずれがきした塀そとの丘の上に、あちらこちらと印せられている青草を踏みにじった足跡を発見すると、もうそれで用は済んだというように、不意といいました。</seg></p>
        <p>「じゃ、暗くなるまで、そこらの草むらの中で、ひと寝入りしようぜ」</p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-76800-76940">先にたってかっこうなくぼみを見つけると、いつもながらの閑日月、すでにもう夢の国の人でした。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-76940-77221">――かかるうちにも、しだいに時はたって、ようやく押し迫ったものは、とっぷり暮れた群星ちりばめられたる星月夜です。そして、ほどなくひびいてきたものは、五ツを告げる尼僧院内の鐘の音でした。</seg></p>
        <p>「よしッ、もうそろそろ夜のお勤めが終わったころだな。伝六ッ、辰ッ、もうつまらねえことをしゃべるなよ」</p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-77373-77699">いいつつ、くぼみから身を起こすと、名人の忍び寄るように近づいていったところは、日の暮れまえに見ておいたあの生けがきのくずれのそばでした。そこの草の茂みの中に、なにを待とうとするのか、じっと息を殺して身を潜めたとき！</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-77699-77776">最初に丘の向こうから忍びやかな足音がありました。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-77776-77805">影は紛れなく男！</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-77805-77927">つづいて、青梅院内から、これも同じような忍び忍んでのかすかな足音がありました。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-77927-77962">影は紛れなく尼僧姿！</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-77962-78042">そして、尼僧のはばかるような声が先にきかれました。</seg></p>
        <p>「な、もし……弥吉さまか」</p>
        <p>「そうでござります、お<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-78116-78131"><rb>妙</rb><rt>たえ</rt></ruby>さまか」</p>
        <p>「あい……会いとうござんした。きょうも一日が、ほんとうに長うござんした」</p>
        <p>「わたしも！　わたしも！」</p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-78296-78502">かきねの外と、かきねの中とから、ひしと相いだくようにすがり合ったのを認めて、すいと名人が身を起こすと、一語強くふたりの影にいいました。</seg></p>
        <p>「八丁堀からはるばるお迎いに参った右門でござります。お妙さまのためにはお<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-78610-78631"><rb>父御</rb><rt>ててご</rt></ruby>が島田かつらをご用意なさいまして、婚礼のしたくができていましょうから、さ！　いっしょにお越しなされませ」</p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-78789-78911">忍び会うていたふたりのおどろきはむろんでしたが、それを押えた名人がいいました。</seg></p>
        <p>「いえ、もうご心配はござりませぬ。それよりか、あのとおり、ふたりのてまえの手下どもが首をひねってござりますから、おふたりがどうしてこんなところへ来ていらっしゃるか、手みじかに話してやってくださいましな。てまえにはおおかた眼がついておりますが、手下のやつらは鼻をつままれたような様子をしておりますからな。お妙さまからお先に話してやってくださいましよ」</p>
        <p>「…………」</p>
        <p>「お迷いなさらなくともよろしゅうござりまするよ。あなたさまが深川で<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-79554-79578"><rb>入水</rb><rt>じゅすい</rt></ruby><seg source="#source-79578-79629">女の替え玉を使ったことも、次郎松に</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-79629-79653"><rb>金襴</rb><rt>きんらん</rt></ruby>仕立ての守りきんちゃくを贈ったことも、てまえにはちゃんともうわかっているんでござりまするからな、手間を取らせずに、早く聞かせてやってくださいましよ」</p>
        <p>「ま！　それまでおにらみがついてでござりましたら、申します、申します。いかにも深川先で、おことばどおり、わたくしの身がわり仏を使いましたはまことでござりまするが、でも、わたくしがあやめたのではござりませぬ。弥吉さまに添われぬくらいならば、いっそもう死んだがましと存じましたゆえ、髪の毛をきって、形見にととさまのところへ届けたうえ海へ入水して死のうと思いまして、浜べまでまいりましたら、ちょうどわたしと同じくらいな年ごろのおなご衆が、むごたらしい死体となってあげられましたなれど、お身もとがわからぬために、お引き取り人がないと聞きましたゆえ、こわさもこわくなりましたが、無縁仏のおなご衆も、このまま捨てておいたら行くところへも行かれますまいと存じましたゆえ、ふとふびんがわきまして、わたしの身代わりにして野べの送りさせてしんぜようと、死体をいただき、髪の毛をお切り申しあげ、着物もわたくしのとお着替え申しあげて、身代わりにしたのでござりまするが、偽りながらも死んだ身となったわたくし、もうふたたび世には出られまいと存じましたゆえ、この尼寺へ身を託したのでござります」</p>
        <p>「そうでござんしたか。名まえは違って仏に祭られましたが、その身寄りのないおなご衆も、きっとあの世で、あなたさまのお心やりに手を合わせておりましょうよ。では、こっちの弥吉どんだが、おまえさんこっそり次郎松にお会いなすって、あの<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-81661-81685"><rb>金襴</rb><rt>きんらん</rt></ruby>織りの守り袋を見せてもらったんじゃござんせんかい」</p>
        <p>「…………」</p>
        <p>「いいえ、なにもそんなにこわがらなくともいいですよ。江戸っ子ならば、すっぱりとおっしゃいな」</p>
        <p>「申します、申します。おめがねどおりでござります。ちょうどおとついでござりました。追い出されてみましても、やっぱり恋しいおかたはおかた――そのごどうしたじゃろうと存じまして、夜ふけにそっと様子見に参りましたら、次郎松がお嬢さまのお家出をなさった話の末に、あのにしきの守り袋を見せまして、ついきょう、青梅から差し出し人のわからぬ急飛脚で、このような袋と手紙とを届けてくださりましたが、どうやらお妙さまのお贈り物のようじゃから、念のため捜しに行ってみたらどうかというてくれましたゆえ、すぐやって参りまして、ようようこの尼寺でお見かけしたのでござります」</p>
        <p>「じゃ、むろんおまえさんたちふたりは、あの三千両を持ち出してきてくれた相手が次郎松ってことを、知っていなすったんだね」</p>
        <p>「はっ。この弥吉が追い出されるとき、次郎松がお嬢さまとてまえとに、こっそり告げてくれましたゆえ、ふたりとも身にしみて親切に泣きましてござります」</p>
        <p>「そうわかりゃ、もう不審はねえはずだ。さ！　星空でもながめながめ、みんなして大手をふりながら、ゆっくり<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-83296-83314"><rb>駕籠</rb><rt>かご</rt></ruby>で江戸へけえりましょうよ。五丁そろえて乗りこみゃ景気がいいぜ」</p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-83409-83558">はればれとしたようにいいすてると、名人は先にたって思い出多い情けが丘を向こうへ降りていきました。</seg></p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-83558-83797">しかし、それだのに、なおあいきょう者が、まごまご首をひねっていましたものでしたから、名人がかわいい配下の血のめぐりを補ってやろうというようにきき尋ねました。</seg></p>
        <p>「よく首をひねるやつだな。なにがふにおちねえのかい」</p>
        <p>「だって、だんながどうしてふたりともここに来ているとおにらみなさったか、それが薄気味わるいですよ。江戸の日本橋にいらっしゃって、十里ももっと上の青梅の空に、こんなすてきもねえ青葉の名所があるっていうことなんぞ、いかなだんなだって、そうそうわかりっこはねえと思うんだからね」</p>
        <p>「しようのねえやつだな。男の尼になりてえだの、ふぐじるがどうだのと、とんきょうなことをいっているから、いちいちおめえなんぞはそのとおり首をひねらなきゃならねえんだ。おれの青梅と眼がついたな、あの<ruby type="furigana" rend="right" source="#source-84578-84602"><rb>金襴</rb><rt>きんらん</rt></ruby><seg source="#source-84602-84644">織りの守り袋からだよ。ありゃ</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-84644-84665"><rb>青梅</rb><rt>おうめ</rt></ruby><seg source="#source-84665-84725">金襴といってな、ここの宿でなきゃできねえ</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-84725-84749"><rb>高値</rb><rt>こうじき</rt></ruby><seg source="#source-84749-85100">なしろものさ。それへもっていって、お寺さんのお線香がしみついているうえ、あの手紙が紛れない女文字だったから、お妙さまの尼美人ぶりにお目にかかれるだろうと眼がついたんだよ。どうだい、伝六あにい！　呉服屋をのぞくにしても、さらしもめんや、</seg><ruby type="furigana" rend="right" source="#source-85100-85121"><rb>欝金</rb><rt>うこん</rt></ruby>もめんみてえな安い品をのぞくなよ、どこで知恵の小づちを拾うかわからねえんだからな」</p>
        <p>「へえい……」</p>
        <p>「いやに景気のわるい返事をするな。まだそれじゃ気に入らねえのかい」</p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-85370-85495">と――、伝六がにやにやとやっていましたが、すばらしく気のきいた名句を吐きました。</seg></p>
        <p>「大きにまだ気に入らねえんですよ。だんなはこれで幾組み、他人の恋路の仲立ちをなさったかしらねえが、ひとのお取り持ちばかりをしねえで、ちっとはお自分の恋路のほうも才覚おしなせえよ。ひとごとながら、ほんとに気がもめるじゃござんせんか」</p>
        <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-85842-86016">そのとおり、そのとおりというように、うしろから尼僧院のいと静かなる聖鐘が、物柔らかく一行の影の上に流れ渡りました。</seg></p>
      </div>
    </body>
    <back>
      <div type="source">
        <note type="source-attribution" source="#source-86024-86155"><seg type="source-line">底本：「右門捕物帖（二）」春陽文庫、春陽堂書店</seg><lb/><seg type="source-line" style="padding-inline-start: 3em">1982（昭和57）年9月15日新装第1刷発行</seg></note>
        <note type="transcriber-note" source="#source-86155-86490"><seg type="source-line">入力：tatsuki</seg><lb/><seg type="source-line">校正：kazuishi</seg><lb/><seg type="source-line">2000年2月16日公開</seg><lb/><seg type="source-line">2005年7月19日修正</seg><lb/><seg type="source-line">青空文庫作成ファイル：</seg><lb/><seg type="source-line">このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫（http://www.aozora.gr.jp/）で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。</seg></note>
        <note type="source-span" xml:id="source-10060-10440" n="48"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-10475-10681" n="50"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-1120-1138" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-1138-1261" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-11731-11764" n="57"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-12465-12965" n="61"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-1261-1285" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-13013-13034" n="62"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-13034-13217" n="62"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-13217-13232" n="62"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-13654-13669" n="63"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-13824-14086" n="64"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-14086-14108" n="66"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-14108-14477" n="68"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-14477-14498" n="68"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-14498-14584" n="68"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-14584-14728" n="69"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-14728-14755" n="69"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-14755-15163" n="69"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15163-15193" n="69"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15193-15220" n="69"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15220-15244" n="69"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15244-15283" n="69"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-1525-1540" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15283-15297" n="69"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15297-15354" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15354-15375" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15375-15426" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15426-15453" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15453-15507" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15507-15540" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15540-15543" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15543-15567" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15567-15762" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15762-15786" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15786-15924" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-15924-15948" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-16026-16053" n="70"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-16219-16339" n="72"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-16339-16366" n="72"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-16366-16620" n="72"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-16682-16822" n="74"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17115-17265" n="79"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17265-17289" n="79"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17289-17471" n="79"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17480-17495" n="80"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17495-17639" n="80"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17639-17660" n="80"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17701-17791" n="81"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17791-17815" n="81"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17815-17844" n="81"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-17996-18118" n="83"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-18303-18327" n="85"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-18797-18821" n="89"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-18821-18824" n="89"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-18824-18848" n="89"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-18848-18869" n="89"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-18869-18896" n="89"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-18931-19033" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19033-19060" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19060-19171" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19171-19192" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19192-19492" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19492-19516" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19516-19570" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19570-19585" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19585-19630" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19630-19651" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19651-19699" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19699-19720" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19720-19819" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19819-19834" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-19834-20079" n="90"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-1993-2008" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-2008-2088" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-20430-20454" n="91"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-20582-20618" n="92"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-20618-20633" n="92"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-20633-20738" n="92"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-20738-20762" n="92"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-20762-20786" n="92"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-20786-20804" n="92"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-20804-20962" n="92"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-2088-2432" n="22"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-21174-21198" n="94"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-21548-21811" n="95"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-21933-21954" n="97"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-22097-22100" n="98"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-22100-22115" n="98"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-22115-22494" n="98"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-22494-22516" n="100"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-22516-22579" n="102"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-22579-22606" n="102"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-22606-23079" n="102"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-23123-23152" n="104"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-23374-23437" n="108"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-23437-23461" n="108"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-23461-24013" n="108"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-24013-24040" n="108"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-24040-24789" n="108"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-24789-25283" n="109"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-25536-25575" n="112"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-26569-26797" n="114"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-26797-26824" n="114"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-26824-26892" n="114"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-2758-3240" n="24"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-27596-27626" n="119"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-28208-28235" n="122"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-28235-28313" n="122"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-28313-28325" n="122"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-28325-28328" n="122"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-28328-28349" n="122"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-28349-28559" n="122"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-28559-28583" n="122"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-28583-29159" n="122"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-29159-29183" n="122"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-29482-29910" n="123"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-29919-29934" n="124"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-30143-30565" n="125"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-30679-30700" n="126"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-30822-31007" n="127"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-31007-31010" n="128"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-31010-31025" n="128"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-31147-31186" n="129"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-31186-31372" n="129"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-31372-31396" n="129"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-31835-32093" n="131"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32093-32108" n="131"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32108-32141" n="131"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32141-32171" n="131"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32171-32234" n="131"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32234-32258" n="131"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32258-32263" n="131"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32322-32382" n="133"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32382-32406" n="133"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32406-32412" n="133"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32412-32433" n="133"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32433-32436" n="133"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32436-32460" n="133"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32460-32634" n="133"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32634-32661" n="133"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32661-32690" n="133"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-32690-33163" n="134"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-33282-33494" n="136"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-33562-33774" n="138"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-3446-3485" n="26"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-35559-35586" n="148"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-35586-35613" n="148"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-35613-36282" n="148"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-36282-36297" n="148"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-37963-37984" n="150"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-37984-38287" n="150"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-38287-38311" n="150"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-40476-40500" n="151"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-41555-41579" n="152"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-42387-42411" n="154"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-42411-44073" n="154"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-44073-44091" n="154"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-44091-44172" n="154"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-44172-44196" n="154"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-47047-47089" n="159"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-47181-47508" n="160"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-47508-47529" n="160"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-47529-47541" n="160"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-47541-47553" n="160"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-47553-47630" n="160"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-47654-47672" n="161"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48344-48566" n="167"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48566-48578" n="167"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48578-48635" n="167"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48620-48629" n="167"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48635-48668" n="167"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48668-48695" n="167"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48695-48759" n="167"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48759-48781" n="169"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48781-48865" n="171"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48865-48892" n="171"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48892-48919" n="171"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-48919-49084" n="171"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-49084-49099" n="171"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-49099-49324" n="171"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-49324-49360" n="171"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-49360-49449" n="171"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-49449-49584" n="172"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-49584-49605" n="172"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-49605-49661" n="172"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-49661-49744" n="173"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-53113-53134" n="192"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-53941-54219" n="198"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-54240-54261" n="199"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-54261-54624" n="199"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-54624-54657" n="199"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-54799-54990" n="201"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-54990-55373" n="202"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-5573-6262" n="32"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-56905-57279" n="213"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-58012-58024" n="219"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-59731-59983" n="228"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-59983-60001" n="228"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-60001-60030" n="228"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-61030-61290" n="237"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-61394-61594" n="239"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-61981-61999" n="240"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-62205-62396" n="241"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-63252-63267" n="244"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-633-655" n="19"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-64335-64353" n="247"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-65353-65383" n="252"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-65383-65407" n="252"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-65407-65788" n="252"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-655-742" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-65788-65818" n="252"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-65818-65904" n="252"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-66020-66199" n="254"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-66243-66452" n="256"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-66550-66771" n="258"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-66771-67243" n="259"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-66806-66806" n="260"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-66887-66908" n="260"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-67245-67391" n="262"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-67495-67534" n="264"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-68156-68174" n="269"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-68174-68204" n="269"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-68204-68228" n="269"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-68228-68264" n="269"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-68264-68279" n="269"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-68279-68306" n="269"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-68306-68324" n="269"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-68973-69012" n="274"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-69188-69209" n="275"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-70588-70755" n="285"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-70845-70866" n="286"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-70888-70910" n="288"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-70910-71138" n="290"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71138-71153" n="290"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71153-71185" n="290"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71185-71236" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71236-71284" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71284-71320" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71320-71344" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71344-71398" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71398-71413" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71413-71416" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71416-71431" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71431-71815" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71815-71848" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-7184-7435" n="38"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71848-71890" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71890-71905" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-71905-72105" n="291"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72105-72228" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72228-72258" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72258-72273" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72273-72306" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72306-72396" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72396-72423" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72423-72435" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72435-72462" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72462-72486" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72486-72624" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72624-72648" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72648-72741" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72741-72771" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72771-72936" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72936-72963" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-72963-73025" n="292"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-73025-73363" n="293"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-73363-73378" n="294"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-73378-73393" n="294"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-73393-73396" n="294"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-73396-73426" n="294"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-73426-74073" n="294"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-74073-74300" n="295"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-742-760" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-74300-74320" n="296"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-74320-74343" n="297"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-74343-74462" n="298"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-74462-74864" n="299"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-74864-74888" n="299"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-74888-74957" n="299"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-74957-74984" n="299"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-74984-75010" n="299"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-75010-75114" n="300"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-7566-7686" n="40"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-75722-75752" n="305"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-75870-76248" n="307"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-760-895" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-76248-76284" n="307"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-76284-76316" n="307"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-76316-76702" n="308"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-76800-76940" n="310"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-7686-7710" n="40"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-76940-77221" n="311"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-7710-8145" n="40"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-77373-77699" n="313"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-77699-77776" n="314"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-77776-77805" n="315"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-77805-77927" n="316"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-77927-77962" n="317"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-77962-78042" n="318"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-78116-78131" n="320"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-78296-78502" n="323"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-78610-78631" n="324"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-78789-78911" n="325"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-79554-79578" n="328"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-79578-79629" n="328"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-79629-79653" n="328"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-8145-8160" n="40"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-8160-8612" n="40"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-81661-81685" n="330"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-83296-83314" n="336"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-83409-83558" n="337"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-83558-83797" n="338"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-84578-84602" n="341"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-84602-84644" n="341"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-84644-84665" n="341"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-84665-84725" n="341"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-84725-84749" n="341"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-84749-85100" n="341"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-85100-85121" n="341"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-85370-85495" n="344"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-85842-86016" n="346"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-86024-86155" n="350"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-86155-86490" n="352"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-895-919" n="21"/>
        <note type="source-span" xml:id="source-919-1120" n="21"/>
      </div>
      <note type="parser-completion" n="true">The n attribute is true when no parser diagnostic of error severity was raised for this source. What the converter could not interpret is recorded in the interpretation-problem and parser-diagnostic notes.</note>
      <note type="source-decoding">windows-31j</note>
    </back>
  </text>
</TEI>