Soranoha

子に与ふ

こにあたう

北 一輝

遺書

大輝よ、此の経典は汝の知る如く父の刑死する迄、読誦せるものなり。

汝の生るると符節を合する如く、突然として父は霊魂を見、神仏を見、此の法華経を誦持するに至れるなり。

即ち汝の生るるとより、父の臨終まで読誦せられたる至重至尊の経典なり。父は只此法華経をのみ汝に残す。父の想ひ出さるる時、父の恋しき時、汝の行路に於て悲しき時、迷へる時、怨み怒り悩む時、又楽しき嬉しき時、此の経典を前にして南無妙法蓮華経と唱へ、念ぜよ。然らば神霊の父直ちに汝の為に諸神諸仏に祈願して、汝の求むる所を満足せしむべし。

経典を読誦し解脱するを得るの時来らば、父が二十余年間為せし如く、誦住三昧を以て生活の根本義とせよ。即ち其の生活の如何を問はず、汝の父を見、父と共に活き、而して諸神諸仏の加護、指導の下に在るを得べし、父は汝に何物をも残さず、而も此の無上最尊の宝珠を留むる者なり

昭和十二年八月十八日

父 一輝

底本 / Source edition

底本:「日本の名随筆 別巻17 遺言」作品社
1992(平成4)年7月25日第1刷発行
入力:渡邉つよし
校正:田村隆
2000年7月19日公開
2005年12月14日修正
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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書誌 / Bibliography
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北 一輝「子に与ふ」(新字旧仮名)、底本『日本の名随筆 別巻17 遺言』作品社、1992年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 000517_000089, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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