Soranoha

二十世紀旗手

にじゅっせいききしゅ

太宰 治

序唱 神の焔ほのおの苛烈かれつを知れ

苦悩たかきが故に尊からず。これでもか、これでもか、生垣へだてたる立葵たちあおいの二株、おたがい、高い、高い、ときそって伸びて、伸びて、ひょろひょろ、いじけた花の二、三輪、あかき色の華美を誇りし昔わすれ顔、黒くしなびた花弁の皺しわもかなしく、「九天たかき神の園生そのう、われは草鞋わらじのままにてあがりこみ、たしかに神域犯したてまつりて、けれども恐れず、この手でただいま、御園の花を手折たおって来ました。そればかりでは、ない。神の昼寝の美事な寝顔までも、これ、この眼で、たしかに覗のぞき見してまいりましたぞ。」などと、旗取り競争第一着、駿足の少年にも似たる有頂天の姿には、いまだ愛くるしさも残りて在り、見物人も微笑、もしくは苦笑もて、ゆるしていたが、一夜、この子は、相手もあろに氷よりも冷い冷い三日月さまに惚ほれられて、あやしく狂い、「神も私も五十歩百歩、大差ござらぬ。あの日、三伏さんぷくの炎熱、神もまたオリンピック模様の浴衣ゆかたいちまい、腕まくりのお姿でござった。」聞くもの大笑せぬはなく、意外、望外の拍手、大喝采。ああ、かの壇上の青黒き皮膚、痩狗そうくそのままに、くちばし突出、身の丈ひょろひょろと六尺にちかき、かたち老いたる童子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤どとうを、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おかしの風貌ゆえとも気づかず、ぶくぶくの鼻うごめかして、いまは、まさしく狂喜、眼のいろ、いよいよ奇怪に燃え立ちて、「今宵七夕たなばたまつりに敢えて宣言、私こそ神である。九天たかく存おわします神は、来る日も来る日も昼寝のみ、まったくの怠慢。私いちど、しのび足、かれの寝所に滑り込んで神の冠、そっとこの大頭おおあたまへ載せてみたことさえございます。神罰なんぞ恐れんや。はっはっは。いっそ、その罰、拝見したいものではある!」予期の喝采、起らなかった。しんとなった。つづいてざわざわの潮ざい、「身のほど知らぬふざけた奴。」「神さま、これこそ夢であるように。きゃっ! この劇場には鼠がいますね。」「賤民の増長傲慢ごうまん、これで充分との節度を知らぬ、いやしき性よ、ああ、あの貌かお、ふためと見られぬ雨蛙。」一瞬、はっし! なかば喪心の童子の鼻柱めがけて、石、投ぜられて、そのとき、そもそも、かれの不幸のはじめ、おのれの花の高さ誇らむプライドのみにて仕事するから、このような、痛い目に逢うのだ。芸術は、旗取り競争じゃないよ。それ、それ。汚い。鼻血。見るがいい、君の一点の非なき短篇集「晩年」とやらの、冷酷、見るがいい。傑作のお手本、あかはだか苦しく、どうか蒲がまの穂敷きつめた暖き寝所つくって下さいね、と眠られぬ夜、蚊帳かやのそとに立って君へお願いして、寒いのであろう、二つ三つ大きいくしゃみ残して消え去った、とか、いうじゃないか。わが生涯の情熱すべてこの一巻に収め得たぞ、と、ほっと溜息もらすまも無し、罰だ、罰だ、神の罰か、市民の罰か、困難不運、愛憎転変、かの黄金の冠を誰知るまいとこっそりかぶって鏡にむかい、にっとひとりで笑っただけの罪、けれども神はゆるさなかった。君、神様は、天然の木枯こがらしと同じくらいに、いやなものだよ。峻厳しゅんげん、執拗しつよう、わが首すじおさえては、ごぼごぼ沈めて水底這わせ、人の子まさに溺死できしせんとの刹那せつな、すこし御手ゆるめ、そっと浮かせていただいて陽の目うれしく、ほうと深い溜息、せめて、五年ぶりのこの陽を、なお念いりにおがみましょうと、両手合せた、とたん、首筋の御手のちから加わりて、また、また、五百何十回めかの沈下、泥中の亀の子のお家来になりに沈んでゆきます。身を捨ててこそ浮ぶ瀬あるものでして、と苦労人の忠告、その忠告は、まちがっています。いちど沈めば、ぐうとそれきり沈みきりに沈んで、まさに、それっきりのぱあ、浮ぶお姿、ひとりでもあったなら、拝みたいものだよ。われより若き素直の友に、この世のまことの悪を教えむものと、坐り直したときには、すでに、神の眼、ぴかと光りて御左手なるタイムウオッチ、そろそろ沈下の刻限を告げて、「ああ、また、また、五年は水の底、ふたたびお眼にかかれますかどうか。」神の胴間声どうまごえ、「用意!」「こいしくば、たずねきてみよ、みずの底、ああ、せめて、もう一言、あの、――」聞ゆるは、ただ、波の音のみにて。

壱唱 ふくろうの啼なく夜かたわの子うまれけり

さいさきよいぞ。いま、壱唱、としたためて、まさしく、奇蹟きせきあらわれました。ニッケル小型五銭だまくらいの豆スポット。朝日が、いまだあけ放たぬ雨戸の、釘穴をくぐって、ちょうど、この、「壱唱」の壱の字へ、さっと光を投入したのだ。奇蹟だ、奇蹟だ、握手、ばんざい。ばからしく、あさまし、くだらぬ騒ぎやめて、神聖の仕事はじめよ。はいと答えて、みち問えば、女、唖おしなり、枯野原。問うだけ損だよ、めくらめっぽう、私はひとり行くのだと悪ふざけして居る間に、ゼラチンそろそろかたまって、何か一定の方向を指示して呉れないものでもない、心もとなき杖をたよりに、一人二役の掛け合いまんざい、孤立の身の上なれども仲間大勢のふりして、且かつうたい、且かたり、むずかしき一篇のロマンスの周囲を、およそ百日のあいだ、ぬき足、さし足、カナリヤねらう黒き瞳ひとみ濡れたる小猫の様にて、そろりそろり、めぐりあるいて、およろこび下さい、ようやく昨夜、語る糸口見つけましたぞ、お茶を一ぱい飲んで、それから、ゆっくり。

お話のまえに、一こと、おことわりして置きたいこと、ほかではございませぬ、ここには、私すべてを出し切って居ませんよ、という、これはまた、おそろしく陳腐の言葉、けれどもこれは作者の親切、正覚坊しょうがくぼうの甲羅こうらほどの氷のかけら、どんぶりこ、どんぶりこ、のどかに海上ながれて来ると、老練の船長すかさずさっと進路をかえて、危い、危い、突き当ったら沈没、氷山の水中にかくれてある部分は、そうですねえ、あのまんじゅう笠くらいのものにしたところで、水の中の根は、河馬五匹の体積、充分にございます。きみもまた、まこと、われを知りたく思ったときには、わが家たずねてわれと一週間ともに起居して、眠るまも与えぬわがそよぐ舌の盛観にしたしく接し、そうして、太宰の能力、それも十分の一くらい、やっと、さぐり当てることができるのじゃないか、と此の言葉の、ほぼ正確なることを信じてよろしい。一語はっするということは、すなわち、二、三千の言葉を逃がす冷酷むざんの損失を意味して居ります。そうして、以上の、われにも似合わぬ、幼き強がりの言葉の数々、すべてこれ、わが肉体滅亡の予告であること信じてよろしい。二度とふたたびお逢いできぬだろう心もとなさ、謂いわば私のゴルゴタ、訳とけば髑髏されこうべ、ああ、この荒涼の心象風景への明確なる認定が言わせた老いの繰りごと。れいの、「いのち」の、もてあそびではない。すでに神の罰うけて、与えられたる暗たんの命数にしたがい、今さら誰を恨うらもう、すべては、おのれひとりの罪、この小説書きながらも、つくづくと生き、もて行くことのもの憂く、まったくもって、笹の葉の霜、いまは、せめて佳品の二、三も創りお世話になったやさしき人たちへの、わが分相応のささやかなお礼奉公、これぞ、かの、死出の晴着のつもり、夜々、ねむらず、心くだいて綴り重ねし一篇のロマンス、よし、下品のできであろうと、もうそのときは私も知らない。罪、誕生の時刻に在り。

弐唱 段数漸減ぜんげんの法

だんだん下に落ちて行く。だんだん上に昇ったつもりで、得意満面、扇子をさっとひらいて悠々涼を納めながらも、だんだん下に落ちて行く。五段落して、それから、さっと三段あげる。人みな同じ、五段おとされたこと忘れ果て、三段の進級、おめでとう、おめでとうと言い交して、だらしない。十年ほど経って一夜、おやおや? と不審、けれどもその時は、もうおそい。にがく笑って、これが世の中、と呟つぶやいて、きれいさっぱり諦める。それこそは、世の中。

参唱 同行二人

巡礼しようと、なんど真剣に考えたか知れぬ。ひとり旅して、菅笠すげがさには、同行二人と細くしたためて、私と、それからもう一人、道づれの、その、同行の相手は、姿見えぬ人、うなだれつつ、わが背後にしずかにつきしたがえるもの、水の精、嫋々じょうじょうの影、唇赤き少年か、鼠いろの明石あかし着たる四十のマダムか、レモン石鹸にて全身の油を洗い流して清浄の、やわらかき乙女か、誰と指呼しこできぬながらも、やさしきもの、同行二人、わが身に病いさえなかったなら、とうの昔、よき音ねの鈴もちて曰いわくありげの青年巡礼、かたちだけでも清らに澄まして、まず、誰さん、某さん、おいとま乞いにお宅の庭さきに立ちて、ちりりんと鈴の音にさえわが千万無量のかなしみこめて、庭に茂れる一木一草、これが今生こんじょうの見納め、断絶の思いくるしく、泣き泣き巡礼、秋風と共に旅立ち、いずれは旅の土に埋められるおのが果なきさだめ、手にとるように、ありありと、判って居ります。そうして、そのうちに、私は、どうやら、おぼつかなき恋をした。名は言われぬ。恋をした素ぶりさえ見せられぬ、くるしく、――口くさっても言われぬ、――不義。もう一言だけ、告白する。私は、巡礼志願の、それから後に恋したのではないのだ。わが胸のおもい、消したくて、消したくて、巡礼思いついたにすぎないのです。私の欲していたもの、全世界ではなかった。百年の名声でもなかった。タンポポの花一輪の信頼が欲しくて、チサの葉いちまいのなぐさめが欲しくて、一生を棒に振った。

四唱 信じて下さい

東郷平八郎の母上は、わが子の枕もと歩かなかった。この子は、将来きっと百千の人のかしらに立つ人ゆえ、かならず無礼あってはならぬと、わが子ながらも尊敬、つつしみ、つつしみ、奉仕した。けれども、わが家の事情は、ちがっていた。七ツ、八ツのころより私ずいぶんわびしく、客間では毎夜、祖母をかしらに、母、それから親戚のもの二、三ちらほら、夏と冬には休暇の兄や姉、ときどき私の陰口たたいて、私が客間のまえの廊下とおったときに、「いまから、あんなにできるのは、中学、大学へはいってから急に成績落ちるものゆえ、あまり褒ほめないほうがよろしい。」など、すぐ上の兄のふんべつ臭き言葉、ちらと小耳にはさんで、おのれ! 親兄弟みんなたばになって、七ツのおれをいじめている、とひがんで了って、その頃から、家族の客間の会議をきらって、もっぱら台所の石の炉縁に親しみ、冬は、馬鈴薯ばれいしょを炉の灰に埋めて焼いて、四、五の作男と一緒にたべた。一日わが孤立の姿、黙視し兼ねてか、ひとりの老婢ろうひ、わが肩に手を置き、へんな文句を教えて呉れた。曰く、見どころがあって、稽古けいこがきびしすぎ。

不眠症は、そのころから、芽ばえていたように覚えています。私のすぐ上の姉は、私と仲がよかった。私、小学四、五年のころ、姉は女学校、夏と冬と、年に二回の休暇にて帰省のとき、姉の友人、萱野かやのさんという眼鏡かけて小柄、中肉の女学生が、よく姉につれられて、遊びに来ました。色白くふっくりふくれた丸ぽちゃの顔、おとがい二重、まつげ長くて、眠っているときの他には、いつもくるくるお道化ものらしく微笑んでいる真黒い目、眼鏡とってぱしぱし瞬またたきながら嗅ぐようにして雑誌を読んでいる顔、熊の子のように無心に見えて、愛くるしく思いました。私より三つも年上だったのに。

もっとさきから、お目にかからぬさきから、私は、あなたのお名前知っていた。姉からの手紙には、こんなことが書かれていました。「梅組の組長さん、萱野アキさん、おまえがこうしてグミや、ほしもち、季節季節わすれず送ってよこすのを、ほめていました。やさしい弟さんを持って、仕合せね、とうらやんでいます。おまえの手紙の中の津軽なまり、仮名ちがいなかったなら、姉は、もっともっとたくさんのお友達に威張れるのに、ねえ、――」

あなたはあの頃、画家になるのだと言って、たいへん精巧のカメラを持っていて、ふるさとの夏の野道を歩きながら、パチリパチリだまって写真とる対象物、それが不思議に、私の見つけた景色と同一、そっくりそのまま、北国の夏は、南国の初秋、まっかに震えて杉の根株にまつわりついている一列の蔦つたの葉に、私がちらと流し眼くれた、とたんに、パチリとあなたのカメラのまばたきの音。私は、そのたびごとに小さい溜息ためいき吐つかなければならなかった。けれども一日、うらめしい思いに泣かされたことございました。そのころも、いまも、私やっぱり一村童、大正十年、カメラ珍らしく、カメラ納めた黒鞁くろかわの胴乱どうらん、もじもじ恥じらいつつも、ぼくに持たせて、とたのんで肩にかつがせてもらって、青い浴衣に赤い絞り染めの兵古帯へこおびすがたのあなたのお供、その日、樹蔭でそっとネガのプレートあけて見て、そこには、ただ一色の乳白、首ふって不満顔、知らぬふりしてもとの鞘さやにおさめていたのに、その夜の現像室は、阿鼻叫喚あびきょうかん、種板みごとに黒一色、無智の犯人たちまちばれて、その日より以後、あなたは私に、胴乱もたせては呉れなかった。わが既往きおうの失敗とがめず、もいちど信じてだまって持たせて呉れたなら、私いのち投げてもプレート守ったにちがいない。また、あの頃に、かくれんぼ、あなたは鬼、みんな隠れてしまうのを待つ間ひとり西洋間のソファに埋まり、つまらなそうに雑誌読んでいたゆえ、同じように、かくれんぼつまらない思いの私、かくれなければならぬ番の当の私、ところもあろうに、あなたのソファのかげにかくれた。いいよう、と遠く弟の声して、あなたは雑誌もったまま立っていって捜しに出かけた。知っている? わすれているだろうな。すぐに、みんな捜し出されて、ぞろぞろ西洋間へひきあげて、「おさむさんは、まだだよ。」

「いいえ。そのソファのかげにいます。」

私はソファのかげからあらわれた。あなたは、知っている? 冷くつぶやいた。「だって、あたしは鬼だもの。」

二十年、私は鬼を忘れない。先日、浅田夫人恋の三段飛という見出しの新聞記事を読みました。あなたは、二科の新人。有田教授の、――いや、いうまい。思えば、あのころ、十六歳の夏から、あなたの眉間みけんに、きょうの不幸を予言する不吉の皺しわがございました。「お金持ちの人ほど、お金にあこがれるのね。お金かせいでこさえたことがないから、お金、とうとく、こわいのね。」あなたのお言葉、わすれていませぬ。公言ゆるせ。萱野さん、あなたは私の兄に恋していました。

先夜、あの新聞の記事読んで、あなたの淋しさ思って三時間ほど、ひとりで蚊帳かやの中で泣いたものだ。一策なし、一計なし、純粋に、君のくるしみに、涙ながした。一銭の報酬いらぬ。その晩、あなたに、強くなってもらいたく、あなたの純潔信じて居るものの在ることお知らせしたく、あなたに自信もって生きてもらいたくて、ただ、それだけの理由で、おたよりしようと、インク瓶のキルクのくち抜いて、つまずいた。福田蘭童らんどう、あの人、こんな手紙、女のひとへ幾枚も、幾枚も、書いたのだ。寸分すんぶんちがわぬ愛の手紙を。

五唱 嘘つきと言われるほどの律儀者りちぎもの

まちを歩けば、あれ嘘つきが来た。夕焼あかき雁の腹雲、両手、着物のやつくちに不精者らしくつっこみ、おのおの固き乳房をそっとおさえて、土蔵の白壁によりかかって立ちならんで居る一群の、それも十四、五、六の娘たち、たがいに目まぜ、こっくり首肯うなずき、くすぐったげに首筋ちぢめて、くつくつ笑う、その笑われるほどの嘘つき、この世の正直者ときわまった。今朝、ふるさとの新聞にて、なんとか家なる料亭、けしからぬ宿を兼ねて、それも歌舞伎のすっぽん真似まねてボタンひとつ押せば、電気仕掛け、するすると大型ベッド出現の由、読みながら噴き出した。あきらかに善人、女将あるいはギャング映画の影響うけて、やがて、わが悪の華、ひそかに実現はかったのではないのか、そんな大型の証拠、つきつけられては、ばからしきくらいに絶体絶命、一言も弁解できないじゃないか、ばかだなあ、田舎の悪人は、愛嬌あいきょうあって、たのもしいね。まこと本場の悪人は、不思議や、生き神、生き仏、良心あって、しっかりもの。しかも裏の事実は一人の例外なしに、堂々、不正の天才、おしゃかさんでさえ、これら大人物に対しては旗色わるく、縁えんなき衆生しゅじょうと陰口きいた。

六唱 ワンと言えなら、ワンと言います

「前略。手紙で失礼ですがお願いいたします。本社発行の『秘中の秘』十月号に現代学生気質ともいうべき学生々活の内容を面白い読物にして、世の遊学させている父兄達に、なるほどと思わせるようなものを載せたいと思うのです。で、代表的な学校、(帝大、早稲田、慶応、目白女子大学、東京女子医専など)をえらび、毎月連載したいと思います。ついては、先ず来月は帝大の巻にしたいと思いますが、貴方様にお願いできないかと思うのです。四百字詰原稿十五枚前後、内容はリアルに面白くお願いしたいと存じます。締切は、かならず、厳守して頂きたいと存じます。甚はなはだ手紙で失礼ですが、ぜひ御承諾下さって御執筆のほど懇願いたします。『秘中の秘』編輯部。」

「ははあ、蝙蝠こうもりは、あれは、むかし鳥獣合戦の日に、あちこち裏切って、ずいぶん得して、のち、仕組みがばれて、昼日中は、義理がわるくて外出できず、日没とともに、こそこそ出歩き、それでもやはりはにかんで、ずいぶん荒すさんだ飛びかたしている。そう、そう、忘れていました、たしかに、それに、ちがいない、いや、あなたのことではございませぬ。私内心うち明けて申しましょう。実は、どうも、わが身、きたなき蝙蝠と、そんなに変らぬ思いがして、どうにも、こうにも、閉口しているのです。生きて行くためには、パンよりも、さきに、葡萄酒が要る。三日ごはん食べずに平気、そのかわり、あの、握りの部分にトカゲの顔を飾りつけたる八円のステッキ買いたい。失恋自殺の気持ちが、このごろになってやっと判ってまいりました。花束を持って歩くことと、それから、この、失恋自殺と、二つながら、中学校、高等学校、大学まで、思うさえ背すじに冷水はしるほど、気恥ずかしき行為と考えていましたところ、このごろは、白き花一輪にさえほっと救いを感じ、わが、こいこがれる胸の思いに、気も遠くなり、世界がしんとなって、砂が音なく崩れるように私の命も消えてゆきそうで、どうにも窮して居ります。からだのやり場がございません。私は、荒んだ遊びを覚えました。そうして、金につまった。いまも、ふと、蚊帳の中の蚊を追い、わびしさ、ふるさとの吹雪と同じくらいに猛烈、数十丈の深さの古井戸に、ひとり墜落、呼べども叫べども、誰の耳にもとどかぬ焦慮、青苔ぬらぬら、聞ゆるはわが木霊こだまのみ、うつろの笑い、手がかりなきかと、なま爪はげて血だるまの努力、かかる悲惨の孤独地獄、お金がほしくてならないのです。ワンと言えなら、ワン、と言います。どんなにも面白く書きますから、一枚五円の割でお金下さい。五円、もとより、いちどだけ。このつぎには、五十銭でも五銭でも、お言葉にしたがいますゆえ、何卒なにとぞ、いちど、たのみます。五円の稿料いただいても、けっしてご損おかけせぬ態ていの自信ございます。拙稿きっと、支払ったお金の額だけ働いて呉れることと存じます。四日、深夜。太宰治。」

「拝復。四日深夜附貴翰きかん拝誦はいしょう。稿料の件は御希望には副そえませんが原稿は直ちに御執とりかかり下さる様お願い申します。普通稿料一円です。先ずは御返事まで。匆々そうそう。『秘中の秘』編輯部。」

「お葉書拝読。四日深夜、を、ことさらに引用して、少し意地がわるい。全文のかげにて、ぷんぷんお怒りの御様子。私、おのれ一個のプライドゆえに五円をお願いしたわけではなかったのです。わが身ひとつのための貪慾に非ず、名知らぬ寒しき人に投げ与えむため、または、かのよき人よろこばせむための金銭の必要。けれども、いまは、詮なし。急に小声で、――それでは、書かせていただきます。太宰治。」

七唱 わが日わが夢

――東京帝国大学内部、秘中の秘。――

(内容三十枚。全文省略カット。)

八唱 憤怒ふんぬは愛慾の至高の形貌けいぼうにして、云々

「ちょっと旅行していました留守に原稿やら、度々の来信に接して、失礼しました。が、原稿は相当ひどい原稿ですね。あれでは幾らひいき目に見ても使えません。書き直して貰っても駄目かと思います。貴兄にとってはあれが力作かも知れませんが、当方ではあれでは迷惑ですし、あれで原稿料を要求されても困ると思います。いずれ、貴兄に機会があればお詫びするとして取敢とりあえず原稿を御返却いたします。匆々。『秘中の秘』編輯部。」

月のない闇黒あんこくの一夜、湖心の波、ひたひたと舟の横腹を舐なめて、深さ、さあ五百ひろはねえずらよ、とかこの子の無心の答えに打たれ、われと、それから女、凝然ぎょうぜんの恐怖、地獄の底の細き呼び声さえ、聞えて来るような心地、死ぬることさえ忘却し果てた、あの夜の寒い北風が、この一葉のハガキの隅からひょうひょう吹きすさびて、これだから家へかえりたくないのだ、三界に家なき荒涼の心もてあまして、ふらふら外出、電車の線路ふみ越えて、野原を行き、田圃を行き、やがて、私のまだ見ぬ美しき町へ行きついた。

行くところなき思いの夜は、三十八度の体温を、アスピリンにて三十七度二、三分までさげて、停車場へ行き、三、四十銭の切符を買い、どこか知らぬ名の町まで、ふらと出かけて、そうして、そこの薄暗き盛り場のろのろ歩いて、路のかたわら、唐突の一本の松の枝ぶり立ちどまって見あげなどして、それから、ふところの本を売って、活動写真館へはいる。入口の風鈴の音わすれ難く、小用はたしながら、窓外の縁日、カアバイド燈のまわりの浴衣ゆかた着たる人の群ながめて、ああ、みんな生きている、と思って涙が出て、けれども、「泣かされました」など、つまらぬことだ、市民は、その生活の最頂点の感激を表現するのに、涙にかきくれたる様を告白して、人もおのれも深く首肯うなずき、おお、お、かなしかろ、と底の底まで、割り切れたる態にて落ちついているが、それでは、私は、どうする。一日一ぱい、人に知られず、くやし泣きに泣いてばかりいる、この私は、どうする。その日も、私は、市川の駅へふらと下車して、兄いもうと、という活動写真を見もてゆくにしたがい、そろそろ自身狼狽ろうばい、歯くいしばっても歔欷きょきの声、そのうちに大声出そうで、出そうで、小屋からまろび出て、思いのたけ泣いて泣いて泣いてから考えた。弱い、踏みにじられたる、いまさら恨うらみ言えた義理じゃない人の忍びに忍んで、こらえにこらえて、足げにされたる塵芥、腐った女の、いまわのきわの一すじの、神への抗議、おもんの憤怒が、私を泣かせた、ここを忘れてはならない、人の子、その生涯に、三たび、まことに憤怒することあるべし、とモオゼの呟つぶやき。

どのような人でも、生きて在る限りは、立派に尊敬、要求すべきである。生あるもの、すべて世の中になくてかなわぬ重要の歯車、人を非難し、その人の尊さ、かれのわびしさ、理解できぬとあれば、作家、みごとに失格である。この世に無用の長物ひとつもなし。蘭童らんどうあるが故に、一女優のひとすじの愛あらわれ、菊池寛の海容かいようの人情讃えられ、または蘭童かかりつけの××の閨房けいぼうに御夫人感謝のつつましき白い花咲いた。

――お葉書、拝見いたしましたが、ぼくの原稿、どうしても、――だめですか?

――ええ。だめですねえ。これ、ほかの人書いて下さった原稿ですが、こんなのがいいのです。リアルに、統計的に、とにかく、あなたの原稿、もういちど、読んでみて下さい。そうして、考えて下さい。

――ぼく、もとから、へたな作家なんだ。くやし泣きに、泣いて書くより他に、てを知らなかった。

――失恋自殺は、どうなりました。

――電車賃かして下さい。

――…………。

――あてにして来たので、一銭もないのです。うちへかえればございます。すぐお返しできます。一円でも、二円でも。

――市内に友人ないのか。

――赤羽におじさん居ります。

――そんなら歩いてかえりたまえ。なんだい、君、すぐそこじゃないか。お濠ほりをぐるっとめぐって、参謀本部のとこから、日比谷へ出て、それから新橋駅へ出て、赤羽は、その裏じゃないか。

――そうですか、――じゃ、――ありがとう。

――や、しっけい。また、あそびに来たまえ。そのうち、何か、うめ合せしよう、ね。

やっぱり怒れず、そのまま炎天の都塵、三度も、四度も、めまいして、自動車にひかれたく思って、どんどん道路横断、三里のみちを歩きながら、思うことには、人間すべて善玉だ。豪雨の一夜、郊外の泥道、這うようにして荻窪の郵便局へたどりついて一刻争う電報たのんだところ、いまはすでに時間外、規定の時を七分すぎて居ります。料金倍額いただきましょう。私はたと困惑、濡れ鼠のすがたのまま、思い設けぬこの恥辱のために満身かっかっとほてって、蚊のなくが如き声して、いま所持のお金きっちり三十銭、私の不注意でございました。なんとか助けて下さい、と懇願しても、その三十歳くらいの黄色い歯の出た痩せこけた老婆、ろくろく返事もなく、規則は規則ですからねえ、と呟いて、そろばんぱちぱち、あまりのことに私は言葉を失い、しょんぼり辞去いたしましたが、篠しのつく雨の中、こんなばかげたことがあろうか、まごうかたなき悪玉、私うまれてこのかた二十八年、あとにもさきにも、かの女事務員ひとり、他は、すべて、私と同じくらいの無心の善人でございました。いまのあの編輯人の無礼も、かれの全然無警戒のしからしめた外貌にすぎない。作家というものは、なんでもわかって、こちとらの苦しみすべて呑みこんでいるのだ、怒り給うことなし、ときめてしまって甘えて居る。可愛さあまって憎さが百倍とは、このことであろうか、などと一文の金もなき謂わば賤民、人相よく、ひとりで呟いてひとりで微笑んでいた。私は、この世の愚昧ぐまいの民を愛する。

九唱 ナタアリヤさん、キスしましょう

その翌、翌日、まえの日の賤民とはちがって、これは又、帝国ホテルの食堂、本麻の蚊がすり、ろの袴はかま、白足袋たびの、まごうかたなき、太宰治。ふといロイド眼鏡かけて、ことし流行とやらのオリンピックブルウのドレス着ている浅田夫人、幼な名は、萱野かやのさん。ふたり涼しげに談笑しながら食事していた。きのう、私、さいごの手段、相手もあろうに、萱野さんから、二百円、いや、拾円紙幣二十枚お借りした。資生堂二階のボックスでお逢いして、私が二百円と言いもおわらぬうちに、三度も四度もあわてて首肯うなずき、さっと他の話にさらっていった。二時間のち、同じところで二十枚のばいきんだらけのくしゃくしゃ汚き紙片、できるだけむぞうさに手交して、宅のサラリイ前借りしたのよ、と小さく笑った萱野さんの、にっくき嘘、そんな端々にまで、私の燃ゆる瞳の火を消そうと警戒の伏線、私はそれを悲しく思った。その夜、花の都、ネオンの森とやらの、その樹樹のまわりを、くぐり抜け、すり抜け、むなしくぐるぐる駈けずりまわった。使えないのだ。どうしても、そのお金を使えないのだ。奴婢ぬひの愛。女中部屋の縁へりのない赤ちゃけた畳、びんつけ油のにおい、竹の行李こうりの底から恥かしき三徳さんとく出して、一枚、二枚とくしゃくしゃの紙幣、わが目前にならべられて与えられたような気がして、夜明けと共に、電話した。思いがけぬ大金ころがりこんで、お金お返しできますから、と事務的の口調で言って、場所は、帝国ホテル、と附け加えた。華麗豪壮の、せめて、おわかれの場を創りあげたかった。

その日、快晴、談笑の数刻の後、私はお金をとり出し、昨夜の二十枚よりは、新しい、別な二十枚であることを言外に匂わせながら、しかも昨夜この女から受けとったままに、うちの三枚の片隅に赤インキのシミあったことに、はっと気づいて、もうおそい、萱野さん気づかぬように、気づかぬように、人知れぬ深い祈り、ミレエの晩鐘におとらず深き、人生の幕の陰の祈り。

「萱野さん、かぞえて下さい。きちんとして置こうよ。気まずさも、一時の気まずさも、生きて行くために、どうしても必要なことなのだから。」

言葉のままに、わかる女だ。こちらの気持ちを、そのまま正確にキャッチ、やや口ひきしめて首肯き、おぼつかなき風の手つきで、かぞえた。十七枚。ふと首かしげて、とっさに了解。薔薇ばらは蘇生した。ゆっくり真紅含羞がんしゅうの顔をあげて、私の、ずるい、平気な笑顔を見つけて、小娘のような無染の溜息、それでも、「むずかしいのねえ、ありがとう。」とかしこい一言、小声でいうのを忘れなかった。そうして、わかれた。一万五千円の学費つかって、学問して、そうして、おぼえたものは、ふたり、同じ烈しき片思いのまま、やはりこのまま、わかれよ、という、味気ない礼儀、むざんの作法。ああ、まこと、憤怒は、愛慾の至高の形貌けいぼうにして、云々。

十唱 あたしも苦しゅうございます

おい、襖ふすまあけるときには、気をつけてお呉れ、いつ何時、敷居にふらっと立って居るか知れないから、と某日、笑いながら家人に言いつけたところ、家人、何も言わず、私の顔をつくづく見つめて、あきらかにかれ、発狂せむほどの大打撃、口きけぬほどの恐怖、唇までまっしろになって、一尺、二尺、坐ったままで後ずさりして、ついには隣りの六畳まで落ちのびて、はじめて人ごこち取りかえした様子、声を出さずに慟哭どうこくはじめた。家人の緊張は、その日より今にいたるまで、なかなか解止せず、いつの間にやら衣紋竹えもんだけを全廃していた。なるほどな、とそのときはじめて気づいたことだが、かの衣紋竹にぞろっと着物かかって居るかたちは、そっくり、あの姿そのままでございました。そのほかにも、かれ、蚊帳吊るため部屋の四隅に打ちこまれてある三寸くぎ抜かばやと、もともと四尺八寸の小女、高所の釘と背のびしながらの悪戦苦闘、ちらと拝見したこともございました。

いま庭の草むしっている家人の姿を、われ籐椅子とういすに寝ころんだまま見つめて、純白のホオムドレス、いよいよ看護婦に似て来たな、と可哀そうに思っています。わが家の悪癖、かならず亭主が早死はやじにして、一時は、曾祖母、祖母、母、叔母、と四人の後家さんそろって居ました。わけても叔母は、二人の亭主を失った。

終唱 そうして、このごろ

芸術、もともと賑やかな、華美の祭礼。プウシュキンもとより論を待たず、芭蕉、トルストイ、ジッド、みんなすぐれたジャアナリスト、釣舟の中に在っては、われのみ簑みのを着して船頭ならびに爾余じよの者とは自らかたち分明の心得わすれぬ八十歳ちかき青年、××翁の救われぬ臭癖見たか、けれども、あれでよいのだ。芸術、もとこれ、不倫の申しわけ、――余談は、さて置き、萱野さんとは、それっきりなの? ああ、どのようなロマンスにも、神を恐れぬ低劣の結末が、宿命的に要求される。悪かしこい読者は、はじめ五、六行読んで、そっと、結末の一行を覗のぞき読みして、ああ、まずいまずいと大あくび。よろしい、それでは一つ、しんじつ未曾有みぞう、雲散霧消の結末つくって、おまえのくさった腹綿を煮えくりかえさせてあげるから。

そうして、それから、――私たちは諦あきらめなかった。帝国ホテルの黄色い真昼、卓をへだてて立ちあがり、濁りなき眼で、つくづく相手の瞳を見合った。強くなれ、なれ。烈風、衣服はおろか、骨も千切れよ、と私たち二人の身のまわりを吹き荒すさぶ思い、見ゆるは、おたがいの青いマスク、ほかは万丈の黄塵に呑まれて一物もなし。この暴風に抗して、よろめきよろめき、卓を押しのけ、手を握り、腕を掴み、胴を抱いた。抱き合った。二十世紀の旗手どのは、まず、行為をさきにする。健全の思念は、そのあとから、ぞろぞろついて来て呉れる。尼になるお光よりは、お染を、お七を、お舟を愛する。まず、試みよ。声の大なる言葉のほうが、「真理」に化す。ばか、と言われた時には、その二倍、三倍の大声で、ばか、と言い返せよ。論より証拠、私たちの結婚を妨げる何物もなかった。

「これが、おまえとの結婚ロマンス。すこし色艶つけて書いてみたが、もし不服あったら、その個所だけ特別に訂正してあげてもいい。」

かの白衣の妻が答えた。

「これは、私ではございませぬ。」にこりともせず、きっぱり頭を横に振った。「こんなひと、いないわ。こんな、ありもしない影武者つかって、なんとかして、ごまかそうとしているのね。どうしても、あのおかたのことは、お書きになれないお苦しさ、判るけれど、他にも苦しい女、ございます。」

だから、はじめから、ことわってある。名は言われぬ、恋をした素ぶりさえ見せられぬ、くるしく、――口くさっても言われぬ、――不義、と。

ああ、あざむけ、あざむけ。ひとたびあざむけば、君、死ぬるとも告白、ざんげしてはいけない。胸の秘密、絶対ひみつのまま、狡智こうちの極致、誰にも打ちあけずに、そのまま息を静かにひきとれ。やがて冥途めいどとやらへ行って、いや、そこでもだまって微笑ほほえむのみ、誰にも言うな。あざむけ、あざむけ、巧みにあざむけ、神より上手にあざむけ、あざむけ。

もののみごとにだまされ給え。人、七度の七十倍ほどだまされてからでなければ、まことの愛の微光をさぐり当て得ぬ。嘘、わが身に快く、充分に美しく、たのしく、しずかに差し出された美事のデッシュ、果実山盛り、だまって受けとり、たのしみ給え。世の中、すこしでも賑やかなほうがいいのだ。知っているだろう? 田舎芝居、菜の花畑に鏡立て、よしずで囲った楽屋の太夫に、十円の御祝儀、こころみに差し出せば、たちまち表の花道に墨くろぐろと貼り出されて曰いわく、一金壱千円也、書生様より。景気を創る。はからずも、わが国古来の文学精神、ここにいた。

あの言葉、この言葉、三十にちかき雑記帳それぞれにくしゃくしゃ満載、みんな君への楽しきお土産みやげ、けれども非運、関税のべら棒に高くて、あたら無数の宝物、お役所の、青ペンキで塗りつぶされたるトタン屋根の倉庫へ、どさんとほうり込まれて、ぴしゃんと錠じょうをおろされて、それっきり、以来、十箇月、桜の花吹雪より藪蚊やぶかを経て、しおから蜻蛉とんぼ、紅葉も散り、ひとびと黒いマント着て巷ちまたをうろつく師走にいたり、やっと金策成って、それも、三十にちかき荷物のうち、もっとも安直の、ものの数ならぬ小さい小さいバスケット一箇だけ、きらきら光る真鍮しんちゅうの、南京錠ぴちっとあけて、さて皆様の目のまえに飛び出したものは、おや、おや、これは慮外、百千の思念の小蟹、あるじあわてふためき、あれを追い、これを追い、一行書いては破り、一語書きかけては破り、しだいに悲しく、たそがれの部屋の隅にてペン握りしめたまんま、めそめそ泣いていたという。

底本 / Source edition

底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年9月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行
入力:柴田卓治
校正:小林繁雄
1999年8月7日公開
2005年10月22日修正
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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太宰 治「二十世紀旗手」(新字新仮名)、底本『太宰治全集2』ちくま文庫、筑摩書房、1988年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 000234_000035, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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