お<ruby><rb>住</rb><rt>すみ</rt></ruby>の<ruby><rb>倅</rb><rt>せがれ</rt></ruby>に死別れたのは茶摘みのはじまる時候だつた。倅の<ruby><rb>仁太郎</rb><rt>にたらう</rt></ruby>は足かけ八年、腰ぬけ同様に床に就いてゐた。かう云ふ倅の死んだことは「<ruby><rb>後生</rb><rt>ごしやう</rt></ruby>よし」と云はれるお住にも、悲しいとばかりは限らなかつた。お住は仁太郎の棺の前へ一本線香を<ruby><rb>手向</rb><rt>たむ</rt></ruby>けた時には、<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>朝比奈の切通しか何かをやつと通り抜けたやうな気がしてゐた。

仁太郎の葬式をすました後、まづ問題になつたものは嫁のお民の身の上だつた。お民には男の子が一人あつた。その上寝てゐる仁太郎の代りに野良仕事も大抵は引受けてゐた。それを今出すとすれば、子供の世話に困るのは勿論、暮しさへ到底立ちさうにはなかつた。かたがたお住は四十九日でもすんだら、お民に<ruby><rb>壻</rb><rt>むこ</rt></ruby>を当がつた上、倅のゐた時と同じやうに働いて貰はうと思つてゐた。壻には仁太郎の<ruby><rb>従弟</rb><rt>いとこ</rt></ruby>に当る与吉を貰へばとも思つてゐた。

それだけに丁度初七日の翌朝、お民の片づけものをし出した時には、お住の驚いたのも格別だつた。お住はその時孫の広次を奥部屋の縁側に遊ばせてゐた。遊ばせる<ruby><rb>玩具</rb><rt>おもちや</rt></ruby>は学校のを盗んだ花盛りの桜の一枝だつた。

「のう、お民、おらあけふまで黙つてゐたのは悪いけんど、お前はよう、この子とおらとを置いたまんま、はえ、出て行つてしまふのかよう？」

お住は<ruby><rb>詰</rb><rt>なじ</rt></ruby>ると云ふよりは訴へるやうに声をかけた。が、お民は見向きもせずに、「何を云ふぢやあ、おばあさん」と笑ひ声を出したばかりだつた。それでもお住はどの位ほつとしたことだか知れなかつた。

「さうずらのう。まさかそんなことをしやあしめえのう。……」

お住はなほくどくどと<ruby><rb>愚痴</rb><rt>ぐち</rt></ruby>まじりの歎願を繰り返した。同時に又彼女自身の言葉にだんだん感傷を催し出した。しまひには涙も幾すぢか<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>だらけの頬を伝はりはじめた。

「はいさね。わしもお前さんさへ<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>けりや、いつまでもこの家にゐる気だわね。――かう云ふ子供もあるだものう、すき好んで外へ行くもんぢやよう。」

お民もいつか涙ぐみながら、広次を膝の上へ抱き上げたりした。広次は妙に<ruby><rb>羞</rb><rt>はづか</rt></ruby>しさうに、奥部屋の古畳へ投げ出された桜の枝ばかり気にしてゐた。……

―――――――――――――――――

お民は仁太郎の在世中と少しも変らずに働きつづけた。しかし壻をとる話は思つたよりも容易に片づかなかつた。お民は全然この話に何の興味もないらしかつた。お住は勿論機会さへあれば、そつとお民の気を引いて見たり、あらはに相談を持ちかけたりした。けれどもお民はその度ごとに、「はいさね、いづれ来年にでもなつたら」と<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い加減な返事をするばかりだつた。これはお住には心配でもあれば、嬉しくもあるのに違ひなかつた。お住は世間に気を兼ねながら、兎に角嫁の云ふなり次第に年の変るのでも待つことにした。

けれどもお民は翌年になつても、やはり野良へ出かける外には何の考へもないらしかつた。お住はもう一度去年よりは一層<ruby><rb>願</rb><rt>ぐわん</rt></ruby>にかけたやうに壻をとる話を勧め出した。それは一つには親戚には叱られ、世間にはかげ口をきかれるのを苦に病んでゐたせゐもあるのだつた。

「だがのう、お民、お前今の若さでさ、男なしにやゐられるもんぢやなえよ。」

「ゐられなえたつて、仕かたがなえぢや。この中へ他人でも入れて見なせえ。広も<ruby><rb>可哀</rb><rt>かはい</rt></ruby>さうだし、お前さんも気兼だし、第一わしの気骨の折れることせつたら、ちつとやそつとぢやなからうわね。」

「だからよ、与吉を貰ふことにしなよ。あいつもお前この頃ぢや、ぱつたり<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>を打たなえと云ふぢやあ。」

「そりやおばあさんには身内でもよ、わしにはやつぱし他人だわね。何、わしさへ我慢すりや……」

「でもよ、その我慢がさあ、一年や二年ぢやなえからよう。」

「好いわね。広の為だものう。わしが今苦しんどきや、<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>の家の田地は二つにならずに、そつくり広の手へ渡るだものう。」

「だがのう、お民、（お住はいつも此処へ来ると、真面目に声を低めるのだつた。）何しろはたの口がうるせえからのう。お前今おらの前で云つたことはそつくり他人にも聞かせてくんなよ。……」

かう云ふ問答は二人の間に何度出たことだかわからなかつた。しかしお民の決心はその為に強まることはあつても、弱まることはないらしかつた。実際又お民は男手も借りずに、芋を植ゑたり麦を刈つたり、以前よりも仕事に精を出してゐた。のみならず夏には牝牛を飼ひ、雨の日でも草刈りに出かけたりした。この烈しい働きぶりは今更他人を入れることに対する、それ自身力強い抗弁だつた。お住もとうとうしまひには壻を取る話を断念した。<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>も断念することだけは必しも彼女には不愉快ではなかつた。

―――――――――――――――――

お民は女の手一つに一家の暮しを支へつづけた。それには勿論「広の為」といふ一念もあるのに違ひなかつた。しかし又一つには彼女の心に深い根ざしを下ろしてゐた遺伝の力もあるらしかつた。お民は不毛の山国からこの<ruby><rb>界隈</rb><rt>かいわい</rt></ruby>へ移住して来た<ruby><rb>所謂</rb><rt>いはゆる</rt></ruby>「渡りもの」の娘だつた。「お前さんとこのお民さんは顔に似合はなえ力があるねえ。この間も<ruby><rb>陸稲</rb><rt>をかぼ</rt></ruby>の大束を四<ruby><rb>把</rb><rt>ぱ</rt></ruby>づつも背負つて通つたぢやなえかね。」――お住は隣の婆さんなどからそんなことを聞かされるのも度たびだつた。

お住は又お民に対する感謝を彼女の仕事に表さうとした。孫を遊ばせたり、牛の世話をしたり、飯を<ruby><rb>焚</rb><rt>た</rt></ruby>いたり、洗濯をしたり、隣へ水を汲みに行つたり、――家の中の仕事も少くはなかつた。しかしお住は腰を曲げたまま、何かと楽しさうに働いてゐた。

或秋も暮れかかつた夜、お民は松葉束を抱へながら、やつと家へ帰つて来た。お住は広次をおぶつたなり、丁度狭苦しい土間の隅に据風呂の下を焚きつけてゐた。

「寒かつつらのう。<ruby><rb>晩</rb><rt>おそ</rt></ruby>かつたぢや？」

「けふはちつといつもよりや、余計な仕事してゐたぢやあ。」

お民は松葉束を流しもとへ投げ出し、それから泥だらけの<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>も脱がずに、大きい<ruby><rb>炉側</rb><rt>ろばた</rt></ruby>へ<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>りこんだ。炉の中には<ruby><rb>櫟</rb><rt>くぬぎ</rt></ruby>の根つこが一つ、赤あかと炎を動かしてゐた。お住は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に立ち上らうとした。が、広次をおぶつた腰は風呂桶の<ruby><rb>縁</rb><rt>ふち</rt></ruby>につかまらない限り、容易に上げることも出来ないのだつた。

「<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>と風呂へはえんなよ。」

「風呂よりもわしは腹が減つてるよ。どら、さきに<ruby><rb>藷</rb><rt>いも</rt></ruby>でも食ふべえ。――煮てあるらあねえ？　おばあさん。」

お住はよちよち流し元へ行き、<ruby><rb>惣菜</rb><rt>そうざい</rt></ruby>に煮た<ruby><rb>薩摩藷</rb><rt>さつまいも</rt></ruby>を鍋ごと炉側へぶら下げて来た。

「とうに煮て待つてたせえにの、はえ、冷たくなつてるよう。」

二人は藷を<ruby><rb>竹串</rb><rt>たけぐし</rt></ruby>へ突き刺し、一しよに炉の火へかざし出した。

「広はよく眠つてるぢや。床の中へ転がして置きや<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いに。」

「なあん、けふは<ruby><rb>莫迦寒</rb><rt>ばかさむ</rt></ruby>いから、下ぢやとても寝つかなえよう。」

お民はかう云ふ間にも煙の出る藷を頬張りはじめた。それは一日の労働に疲れた農夫だけの知つてゐる食ひかただつた。藷は竹串を抜かれる側から、一口にお民に頬張られて行つた。お住は小さい<ruby><rb>鼾</rb><rt>いびき</rt></ruby>を立てる広次の重みを感じながら、せつせと藷を<ruby><rb>炙</rb><rt>あぶ</rt></ruby>りつづけた。

「何しろお前のやうに働くんぢや、人一倍腹も減るらなあ。」

お住は時々嫁の顔へ感歎に満ちた目を注いだ。しかしお民は無言のまま、<ruby><rb>煤</rb><rt>すす</rt></ruby>けた<ruby><rb>榾火</rb><rt>ほたび</rt></ruby>の光りの中にがつがつ薩摩藷を頬張つてゐた。

―――――――――――――――――

お民は<ruby><rb>愈</rb><rt>いよいよ</rt></ruby>骨身を惜しまず、男の仕事を奪ひつづけた。時には夜もカンテラの光りに菜などをうろ抜いて廻ることもあつた。お住はかう云ふ男まさりの嫁にいつも敬意を感じてゐた。いや、敬意と云ふよりも<ruby><rb>寧</rb><rt>むし</rt></ruby>ろ<ruby><rb>畏怖</rb><rt>ゐふ</rt></ruby>を感じてゐた。お民は野や山の仕事の外は何でもお住に押しつけ切りだつた。この頃ではもう彼女自身の腰巻さへ滅多に洗つたことはなかつた。お住はそれでも苦情を云はずに、曲つた腰を伸ばし伸ばし、一生懸命に働いてゐた。のみならず隣の婆さんにでも遇へば、「何しろお民がああ云ふ風だからね、はえ、わたしはいつ死んでも、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に苦労は入らなえよう」と、真顔に嫁のことを<ruby><rb>褒</rb><rt>ほ</rt></ruby>めちぎつてゐた。

しかしお民の「稼ぎ病」は容易に満足しないらしかつた。お民は又一つ年を越すと、今度は川向うの桑畑へも手を拡げると云ひはじめた。何でもお民の言葉によれば、あの五段歩に近い畑を十円ばかりの小作に出してゐるのはどう考へても<ruby><rb>莫迦莫迦</rb><rt>ばかばか</rt></ruby>しい。それよりもあすこに桑を作り、養蚕を片手間にやるとすれば、<ruby><rb>繭</rb><rt>まゆ</rt></ruby>相場に変動の起らない限り、きつと年に百五十円は手取りに出来るとか云ふことだつた。けれども金は欲しいにしろ、この上忙しい思ひをすることは到底お住には堪へられなかつた。<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に手間のかかる養蚕などは出来ない相談も度を越してゐた。お住はとうとう愚痴まじりにかうお民に反抗した。

「好いかの、お民。おらだつて逃げる<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>ぢやなえ。逃げる訣ぢやなえけどもの、男手はなえし、泣きつ児はあるし、今のまんまでせえ荷が過ぎてらあの。それをお前飛んでもなえ、何で養蚕が出来るもんぢや？　ちつとはお前おらのことも考へて見てくんなよう。」

お民も<ruby><rb>姑</rb><rt>しうとめ</rt></ruby>に泣かれて見ると、それでもとは云はれた義理ではなかつた。しかし養蚕は断念したものの、桑畑を作ることだけは強情に我意を張り通した。「好いわね。どうせ畑へはわし一人出りやすむんだから。」――お民は不服さうにお住を見ながら、こんな<ruby><rb>当</rb><rt>あて</rt></ruby>つこすりも<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>いたりした。

お住は又この時以来、壻を取る話を考へ出した。以前にも暮しを心配したり、世間を兼ねたりした為に、壻をと思つたことは度たびあつた。しかし今度は<ruby><rb>片時</rb><rt>かたとき</rt></ruby>でも留守居役の苦しみを逃れたさに、壻をと思ひはじめたのだつた。それだけに以前に比べれば、今度の壻を取りたさはどの位痛切だか知れなかつた。

丁度裏の蜜柑畠の一ぱいに花をつける頃、ランプの前に陣取つたお住は大きい夜なべの眼鏡越しに、そろそろこの話を持ち出して見た。しかし<ruby><rb>炉側</rb><rt>ろばた</rt></ruby>に<ruby><rb>胡坐</rb><rt>あぐら</rt></ruby>をかいたお民は<ruby><rb>塩豌豆</rb><rt>しほゑんどう</rt></ruby>を噛みながら、「又壻話かね、わしは知らなえよう」と相手になる<ruby><rb>気色</rb><rt>けしき</rt></ruby>も見せなかつた。以前のお住ならばこれだけでも、大抵あきらめてしまふ所だつた。が、今度は今度だけに、お住もねちねち<ruby><rb>口説</rb><rt>くど</rt></ruby>き出した。

「でもの、さうばかり云つちやゐられなえぢや。あしたの宮下の葬式にやの、丁度今度はおら等の家もお墓の穴掘り役に当つてるがの。かう云ふ時に男手のなえのは、……」

「好いわね。掘り役にはわしが出るわね。」

「まさか、お前、女の癖に、――」

お住はわざと笑はうとした。が、お民の顔を見ると、うつかり笑ふのも考へものだつた。

「おばあさん、お前さん隠居でもしたくなつたんぢやあるまえね？」

お民は胡坐の膝を抱いたなり、冷かにかう釘を刺した。突然急所を<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>かれたお住は思はず大きい眼鏡を<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>した。しかし何の為に外したかは彼女自身にもわからなかつた。

「なあん、お前、そんなことを！」

「お前さん広のお父さんの死んだ時に、自分でも云つたことを忘れやしまえね？　此処の家の田地を二つにしちや、御先祖様にもすまなえつて、……」

「ああさ。そりやさう云つたぢや。でもの、まあ考へて見ば。<ruby><rb>時世時節</rb><rt>ときよじせつ</rt></ruby>と云ふこともあるら。こりやどうにも仕かたのなえこんだの。……」

お住は一生懸命に男手の入ることを弁じつづけた。が、兎に角お住の意見は彼女自身の耳にさへ<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>もらしい響を伝へなかつた。それは第一に彼女の本音、――つまり彼女の楽になりたさを持ち出すことの出来ない為だつた。お民は又其処を見つけ所に、<ruby><rb>不相変</rb><rt>あひかはらず</rt></ruby>塩からい豌豆を噛み噛み、ぴしぴし姑をきめつけにかかつた。のみならずこれにはお住の知らない天性の口達者も手伝つてゐた。

「お前さんはそれでも好からうさ。先に死んでつてしまふだから。――だがね、おばあさん、わしの身になりや、さう云つてふて腐つちやゐられなえぢやあ。わしだつて何も晴れや自慢で、後家を通してる<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>ぢやなえよ。<ruby><rb>骨節</rb><rt>ほねぶし</rt></ruby>の痛んで寝られなえ晩なんか、莫迦意地を張つたつて仕かたがなえと、しみじみ思ふこともなえぢやなえ。そりやなえぢやなえけんどね。これもみんな家の為だ、広の為だと考へ直して、やつぱし泣き泣きやつてるだあよ。……」

お住は唯茫然と嫁の顔ばかり眺めてゐた。そのうちにいつか彼女の心ははつきりと或事実を捉へ出した。それは<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にあがいて見ても、到底目をつぶるまでは楽は出来ないと云ふ事実だつた。お住は嫁のしやべりやんだ後、もう一度大きい眼鏡をかけた。それから半ば<ruby><rb>独語</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のやうにかう話の結末をつけた。

「だがの、お民、中々お前世の中のことは理窟ばつかしぢや行かなえせえに、とつくりお前も考へて見てくんなよ。おらはもう何とも云はなえからの。」

二十分の後、誰か村の若衆が一人、<ruby><rb>中音</rb><rt>ちゆうおん</rt></ruby>に唄をうたひながら、静にこの家の前を通りすぎた。「若い叔母さんけふは草刈りか。草よ<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>けよ。鎌切れろ。」――唄の声の遠のいた時お住はもう一度眼鏡越しに、ちらりとお民の顔を眺めた。が、お民はランプの向うに長ながと足を伸ばしたまま、<ruby><rb>生欠伸</rb><rt>なまあくび</rt></ruby>をしてゐるばかりだつた。

「どら、寝べえ。朝が早えに。」

お民はやつとかう云つたと思ふと、塩豌豆を<ruby><rb>一掴</rb><rt>ひとつか</rt></ruby>みさらつた後、大儀さうに炉側を立ち上つた。……

―――――――――――――――――

お住はその後三四年の間、黙々と苦しみに堪へつづけた。それは云はばはやり切つた馬と同じ<ruby><rb>軛</rb><rt>くびき</rt></ruby>を背負された老馬の経験する苦しみだつた。お民は<ruby><rb>不相変</rb><rt>あひかはらず</rt></ruby>家を外にせつせと野良仕事にかかつてゐた。お住もはた目には不相変小まめに留守居役を勤めてゐた。しかし見えない鞭の影は絶えず彼女を<ruby><rb>脅</rb><rt>おび</rt></ruby>やかしてゐた。或時は風呂を<ruby><rb>焚</rb><rt>た</rt></ruby>かなかつた為に、或時は<ruby><rb>籾</rb><rt>もみ</rt></ruby>を干し忘れた為に、或時は牛の放れた為に、お住はいつも気の強いお民に当てこすりや小言を云はれ勝ちだつた。が、彼女は言葉も返さず、ぢつと苦しみに堪へつづけた。それは一つには忍従に慣れた精神を持つてゐたからだつた。又二つには孫の広次が母よりも<ruby><rb>寧</rb><rt>むし</rt></ruby>ろ祖母の彼女に余計なついてゐたからだつた。

お住は実際はた目には殆ど以前に変らなかつた。もし少しでも変つたとすれば、それは唯以前のやうに嫁のことを褒めないばかりだつた。けれどもかう云ふ<ruby><rb>些細</rb><rt>ささい</rt></ruby>の変化は格別人目を引かなかつた。少くとも隣のばあさんなどにはいつも「<ruby><rb>後生</rb><rt>ごしやう</rt></ruby>よし」のお住だつた。

或夏の日の照りつけた真昼、お住は<ruby><rb>納屋</rb><rt>なや</rt></ruby>の前を覆つた葡萄棚の葉の陰に隣のばあさんと話してゐた。あたりは牛部屋の蠅の声の外に何の物音も聞えなかつた。隣のばあさんは話をしながら、短い巻煙草を吸つたりした。それは倅の吸ひ殻を丹念に集めて来たものだつた。

「お民さんはえ？　ふうん、干し草刈りにの？　若えのにまあ、何でもするのう。」

「なあん、女にや外へ出るよか、内の仕事が一番<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いだよう。」

「いいや、畠仕事の好きなのは何よりだよう。わしの嫁なんか<ruby><rb>祝言</rb><rt>しうげん</rt></ruby>から、はえ、これもう七年が間、畠へはおろか草むしりせえ、唯の一日も出たことはなえわね。子供の物の洗濯だあの、自分の物の仕直しだあのつて、毎日<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>の日を暮らしてらあね。」

「そりやその方が好いだよう。子供のなりも見好くしたり、自分も<ruby><rb>小綺麗</rb><rt>こぎれい</rt></ruby>になつたりするはやつぱし浮世の飾りだよう。」

「でもさあ、今の若え者は一体に野良仕事が嫌ひだよう。――おや、何ずら、今の音は？」

「今の音はえ？　ありやお前さん、牛の屁だわね。」

「牛の屁かえ？　ふんとうにまあ。――尤も炎天に<ruby><rb>甲羅</rb><rt>かふら</rt></ruby>を干し干し、<ruby><rb>粟</rb><rt>あは</rt></ruby>の草取りをするのなんか、若え時にや辛いからね。」

二人の老婆はかう云ふ風に大抵平和に話し合ふのだつた。

―――――――――――――――――

仁太郎の死後八年余り、お民は女の手一つに一家の暮らしを支へつづけた。同時に又いつかお民の名は一村の外へも<ruby><rb>弘</rb><rt>ひろ</rt></ruby>がり出した。お民はもう「稼ぎ病」に夜も日も明けない若後家ではなかつた。<ruby><rb>況</rb><rt>いはん</rt></ruby>や村の若衆などの「若い<ruby><rb>小母</rb><rt>をば</rt></ruby>さん」ではなほ更なかつた。その代りに嫁の手本だつた。今の世の貞女の<ruby><rb>鑑</rb><rt>かがみ</rt></ruby>だつた。「沢向うのお民さんを見ろ。」――さう云ふ言葉は小言と一しよに誰の口からも出る位だつた。お住は彼女の苦しみを隣の婆さんにさへ訴へなかつた。訴へたいとも亦思はなかつた。しかし彼女の心の底に、はつきり意識しなかつたにしろ、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>か天道を<ruby><rb>当</rb><rt>あて</rt></ruby>にしてゐた。その頼みもとうとう水の泡になつた。今はもう孫の広次より外に頼みになるものは一つもなかつた。お住は十二三になつた孫へ必死の愛を傾けかけた。けれどもこの最後の頼みも<ruby><rb>途絶</rb><rt>とだ</rt></ruby>えさうになることは度たびだつた。

或秋晴のつづいた午後、本包みを抱へた孫の広次は、あたふた学校から帰つて来た。お住は丁度納屋の前に器用に庖丁を動かしながら、蜂屋柿を吊し柿に<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>へてゐた。広次は粟の<ruby><rb>籾</rb><rt>もみ</rt></ruby>を干した<ruby><rb>筵</rb><rt>むしろ</rt></ruby>を身軽に一枚飛び越えたと思ふと、ちやんと両足を揃へたまま、ちよつと祖母に挙手の礼をした。それから何の<ruby><rb>次穂</rb><rt>つぎほ</rt></ruby>もなしに、かう真面目に尋ねかけた。

「ねえ、おばあさん。おらのお母さんはうんと偉い人かい？」

「なぜや？」

お住は庖丁の手を休めるなり、孫の顔を見つめずにはゐられなかつた。

「だつて先生がの、修身の時間にさう云つたぜ。広次のお母さんはこの近在に二人とない偉い人だつて。」

「先生がの？」

「うん、先生が。<ruby><rb>譃</rb><rt>うそ</rt></ruby>だのう？」

お住はまづ<ruby><rb>狼狽</rb><rt>らうばい</rt></ruby>した。孫さへ学校の先生などにそんな大譃を教へられてゐる、――実際お住にはこの位意外な出来事はないのだつた。が、一瞬の狼狽の後、発作的の<ruby><rb>怒</rb><rt>いかり</rt></ruby>に襲はれたお住は別人のやうにお民を<ruby><rb>罵</rb><rt>ののし</rt></ruby>り出した。

「おお、譃だとも、譃の皮だわ。お前のお母さんと云ふ人はな、外でばつか働くせえに、人前は偉く好いけんどな、心はうんと<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>な人だわ。おばあさんばつか追ひ廻してな、気ばつか<ruby><rb>無暗</rb><rt>むやみ</rt></ruby>と強くつてな、……」

広次は唯驚いたやうに、色を変へた祖母を眺めてゐた。そのうちにお住は反動の来たのか、<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち又涙をこぼしはじめた。

「だからな、このおばあさんはな、われ一人を頼みに生きてゐるだぞ。わりやそれを忘れるぢやなえぞ。われもやがて十七になつたら、すぐに嫁を貰つてな、おばあさんに息をさせるやうにするんだぞ。お母さんは徴兵がすむまぢやあなんか、気の長えことを云つてるがな、どうしてどうして待てるもんか！　好いか？　わりやおばあさんにお父さんと二人分孝行するだぞ。さうすりやおばあさんも悪いやうにやしなえ。何でもわれにくれてやるからな。……」

「この柿も<ruby><rb>熟</rb><rt>う</rt></ruby>んだら、おらにくれる？」

広次はもうもの欲しさうに籠の中の柿をいぢつてゐた。

「おおさえ。くれなえで。わりや年は行かなえでも、何でもよくわかつてる。いつまでもその気をなくすぢやなえぞ。」

お住は涙を流し流し、<ruby><rb>吃逆</rb><rt>しやくり</rt></ruby>をするやうに笑ひ出した。……

かう云ふ小事件のあつた翌晩、お住はとうとうちよつとしたことから、お民とも烈しいいさかひをした。ちよつとしたこととはお民の食ふ<ruby><rb>藷</rb><rt>いも</rt></ruby>をお住の食つたとか云ふことだけだつた。しかしだんだん云ひ<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>るうちに、お民は冷笑を浮べながら、「お前さん働くのが厭になつたら、死ぬより外はなえよ」と云つた。するとお住は日頃に似合はず、気違ひのやうに<ruby><rb>吼</rb><rt>たけ</rt></ruby>り出した。丁度この時孫の広次は祖母の膝を枕にしたまま、とうにすやすや寝入つてゐた。が、お住はその孫さへ、「広、かう、起きろ」と揺すり起した上、いつまでもかう罵りつづけた。

「広、かう、起きろ。広、かう、起きて、お母さんの云ひ草を聞いてくよう。お母さんはおらに死ねつて云つてゐるぞ。な、よく聞け。そりやお母さんの代になつて、銭は少しは<ruby><rb>殖</rb><rt>ふ</rt></ruby>えつらけんど、一町三段の畠はな、ありやみんなおぢいさんとおばあさんとの開墾したもんだぞ。そりようどうだ？　お母さんは楽がしたけりや死ねつて云つてるぞ。――お民、おらは死ぬべえよう。何の死ぬことが怖いもんぢや。いいや、手前の指図なんか受けなえ。おらは死ぬだ。どうあつても死ぬだ。死んで手前にとつ着いてやるだ。……」

お住は大声に罵り罵り、泣き出した孫と抱き合つてゐた。が、お民は不相変ごろりと炉側へ寝ころんだなり、そら耳を走らせてゐるばかりだつた。

―――――――――――――――――

けれどもお住は死ななかつた。その代りに翌年の土用明け前、丈夫自慢のお民は腸チブスに<ruby><rb>罹</rb><rt>かか</rt></ruby>り、発病後八日目に死んでしまつた。尤も当時腸チブス患者はこの小さい一村の中にも何人出たかわからなかつた。しかもお民は発病する前に、やはりチブスの為に倒れた鍛冶屋の葬式の穴掘り役に行つた。鍛冶屋にはまだ葬式の日にやつと避病院へ送られる弟子の小僧も残つてゐた。「あの時にきつと移つたずら」――お住は医者の帰つた後、顔をまつ赤にした患者のお民にかう非難を<ruby><rb>仄</rb><rt>ほのめ</rt></ruby>かせたりした。

お民の葬式の日は雨降りだつた。しかし村のものは村長を始め、一人も残らず会葬した。会葬したものは又一人も残らず若死したお民を惜しんだり、大事の稼ぎ人を失つた広次やお住を憐んだりした。殊に村の総代役は郡でも近々にお民の勤労を表彰する筈だつたと云ふことを話した。お住は唯さう云ふ言葉に頭を下げるより外はなかつた。「まあ運だとあきらめるだよ。わし等もお民さんの表彰に<ruby><rb>就</rb><rt>つ</rt></ruby>いちや、去年から郡役所へ願ひ状を出すしさ、村長さんやわしは汽車賃を使つて五度も郡長さんに会ひに行くしさ、やさしい骨を折つたことぢやなえ。だがの、わし等もあきらめるだから、お前さんも一つあきらめるだ。」――人の好い禿げ頭の総代役はかう<ruby><rb>常談</rb><rt>じやうだん</rt></ruby>などもつけ加へた。それを又若い小学教員は不快さうにじろじろ眺めたりした。

お民の葬式をすました夜、お住は仏壇のある奥部屋の隅に広次と一つ<ruby><rb>蚊帳</rb><rt>かや</rt></ruby>へはひつてゐた。ふだんは勿論二人ともまつ暗にした中に眠るのだつた。が、今夜は仏壇にはまだ燈明もともつてゐた。その上妙な消毒薬の匂も古畳にしみこんでゐるらしかつた。お住はそんなこんなのせゐか、いつまでも容易に寝つかれなかつた。お民の死は確かに彼女の上へ大きい幸福を<ruby><rb>齎</rb><rt>もたら</rt></ruby>してゐた。彼女はもう働かずとも好かつた。小言を云はれる心配もなかつた。其処へ貯金は三千円もあり、畠は一町三段ばかりあつた。これからは毎日孫と一しよに米の飯を食ふのも勝手だつた。日頃好物の<ruby><rb>塩鱒</rb><rt>しほます</rt></ruby>を<ruby><rb>俵</rb><rt>たはら</rt></ruby>で取るのも亦勝手だつた。お住はまだ一生のうちにこの位ほつとした覚えはなかつた。この位ほつとした？――しかし記憶ははつきりと九年前の或夜を呼び起した。あの夜も一息ついたことを思へば、殆ど今夜に変らなかつた。あれは現在血をわけた倅の葬式のすんだ夜だつた。今夜は？――今夜も一人の孫を産んだ嫁の葬式のすんだばかりだつた。

お住は思はず目を開いた。孫は彼女のすぐ隣に多愛のない寝顔を仰向けてゐた。お住はその寝顔を見てゐるうちにだんだんかう云ふ彼女自身を情ない人間に感じ出した。同時に又彼女と悪縁を結んだ倅の仁太郎や嫁のお民も情ない人間に感じ出した。その変化は見る見る九年間の憎しみや怒りを押し流した。いや、彼女を慰めてゐた将来の幸福さへ押し流した。彼等親子は三人とも<ruby><rb>悉</rb><rt>ことごと</rt></ruby>く情ない人間だつた。が、その中にたつた一人<ruby><rb>生恥</rb><rt>いきはぢ</rt></ruby>を<ruby><rb>曝</rb><rt>さら</rt></ruby>した彼女自身は最も情ない人間だつた。「お民、お前なぜ死んでしまつただ？」――お住は我知らず口のうちにかう<ruby><rb>新仏</rb><rt>しんぼとけ</rt></ruby>へ話しかけた。すると急にとめどもなしにぽたぽた涙がこぼれはじめた。……

お住は四時を聞いた後、やつと疲労した眠りにはひつた。しかしもうその時にはこの一家の<ruby><rb>茅屋根</rb><rt>かややね</rt></ruby>の空も冷やかに暁を迎へ出してゐた。……

（大正十二年十二月）