僕は今この温泉宿に滞在しています。避暑する気もちもないではありません。しかしまだそのほかにゆっくり読んだり書いたりしたい気もちもあることは確かです。ここは旅行案内の広告によれば、神経衰弱に<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>いとか云うことです。そのせいか狂人も<ruby><rb>二人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>ばかりいます。<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>は二十七八の女です。この女は何も口を<ruby><rb>利</rb><rt>き</rt></ruby>かずに<ruby><rb>手風琴</rb><rt>てふうきん</rt></ruby>ばかり<ruby><rb>弾</rb><rt>ひ</rt></ruby>いています。が、身なりはちゃんとしていますから、どこか相当な家の奥さんでしょう。のみならず二三度見かけたところではどこかちょっと<ruby><rb>混血児</rb><rt>あいのこ</rt></ruby>じみた、<ruby><rb>輪廓</rb><rt>りんかく</rt></ruby>の正しい顔をしています。もう一人の狂人は赤あかと<ruby><rb>額</rb><rt>ひたい</rt></ruby>の<ruby><rb>禿</rb><rt>は</rt></ruby>げ上った四十前後の男です。この男は確か左の腕に松葉の入れ墨をしているところを見ると、まだ狂人にならない前には何か意気な商売でもしていたものかも知れません。僕は勿論この男とは度たび<ruby><rb>風呂</rb><rt>ふろ</rt></ruby>の中でも一しょになります。Ｋ君は（これはここに滞在しているある大学の学生です。）この男の入れ墨を指さし、いきなり「君の細君の名はお<ruby><rb>松</rb><rt>まつ</rt></ruby>さんだね」と言ったものです。するとこの男は湯に<ruby><rb>浸</rb><rt>ひた</rt></ruby>ったまま、子供のように赤い顔をしました。……

Ｋ君は僕よりも<ruby><rb>十</rb><rt>とお</rt></ruby>も若い人です。おまけに同じ宿のＭ子さん親子とかなり懇意にしている人です。Ｍ子さんは昔風に言えば、<ruby><rb>若衆顔</rb><rt>わかしゅがお</rt></ruby>をしているとでも言うのでしょう。僕はＭ子さんの女学校時代にお下げに白い<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろ<ruby><rb>鉢巻</rb><rt>はちまき</rt></ruby>をした上、<ruby><rb>薙刀</rb><rt>なぎなた</rt></ruby>を習ったと云うことを聞き、定めしそれは<ruby><rb>牛若丸</rb><rt>うしわかまる</rt></ruby>か何かに似ていたことだろうと思いました。もっともこのＭ子さん親子にはＳ君もやはり交際しています。Ｓ君はＫ君の友だちです。ただＫ君と違うのは、――僕はいつも小説などを読むと、<ruby><rb>二人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>の男性を差別するために<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>を<ruby><rb>肥</rb><rt>ふと</rt></ruby>った男にすれば、一人を<ruby><rb>瘠</rb><rt>や</rt></ruby>せた男にするのをちょっと滑稽に思っています。それからまた一人を<ruby><rb>豪放</rb><rt>ごうほう</rt></ruby>な男にすれば、一人を<ruby><rb>繊弱</rb><rt>せんじゃく</rt></ruby>な男にするのにもやはり<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほほえ</rt></ruby>まずにはいられません。現にＫ君やＳ君は二人とも肥ってはいないのです。のみならず二人とも<ruby><rb>傷</rb><rt>きずつ</rt></ruby>き易い神経を持って生まれているのです。が、Ｋ君はＳ君のように容易に弱みを見せません。実際また弱みを見せない<ruby><rb>修業</rb><rt>しゅうぎょう</rt></ruby>を積もうともしているらしいのです。

Ｋ君、Ｓ君、Ｍ子さん親子、――僕のつき合っているのはこれだけです。もっともつき合いと言ったにしろ、ただ一しょに散歩したり話したりするほかはありません。何しろここには温泉宿のほかに（それもたった二軒だけです。）カッフェ一つないのです。僕はこう云う寂しさを少しも不足には思っていません。しかしＫ君やＳ君は時々「我等の都会に対する郷愁」と云うものを感じています。Ｍ子さん親子も、――Ｍ子さん親子の場合は複雑です。Ｍ子さん親子は貴族主義者です。従ってこう云う山の中に満足している<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>はありません。しかしその不満の中に満足を感じているのです。少くともかれこれ<ruby><rb>一月</rb><rt>ひとつき</rt></ruby>だけの満足を感じているのです。

僕の部屋は二階の隅にあります。僕はこの部屋の隅の机に向かい、午前だけはちゃんと勉強します。午後はトタン屋根に日が当るものですから、その烈しい<ruby><rb>火照</rb><rt>ほて</rt></ruby>りだけでもとうてい本などは読めません。では何をするかと言えば、Ｋ君やＳ君に来て<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>ってトランプや<ruby><rb>将棊</rb><rt>しょうぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>をつぶしたり、組み立て<ruby><rb>細工</rb><rt>ざいく</rt></ruby>の<ruby><rb>木枕</rb><rt>きまくら</rt></ruby>をして（これはここの名産です。）昼寝をしたりするだけです。五六日前の午後のことです。僕はやはり木枕をしたまま、厚い渋紙の表紙をかけた「<ruby><rb>大久保武蔵鐙</rb><rt>おおくぼむさしあぶみ</rt></ruby>」を読んでいました。するとそこへ<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>をあけていきなり顔を出したのは下の部屋にいるＭ子さんです。僕はちょっと<ruby><rb>狼狽</rb><rt>ろうばい</rt></ruby>し、<ruby><rb>莫迦莫迦</rb><rt>ばかばか</rt></ruby>しいほどちゃんと坐り直しました。

「あら、皆さんはいらっしゃいませんの？」

「ええ。きょうは誰も、……まあ、どうかおはいりなさい。」

Ｍ子さんは<ruby><rb>襖</rb><rt>ふすま</rt></ruby>をあけたまま、僕の部屋の<ruby><rb>縁先</rb><rt>えんさき</rt></ruby>に<ruby><rb>佇</rb><rt>たたず</rt></ruby>みました。

「この部屋はお暑うございますわね。」

逆光線になったＭ子さんの姿は耳だけ<ruby><rb>真紅</rb><rt>しんく</rt></ruby>に<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>いて見えます。僕は何か義務に近いものを感じ、Ｍ子さんの隣に立つことにしました。

「あなたのお部屋は涼しいでしょう。」

「ええ、……でも<ruby><rb>手風琴</rb><rt>てふうきん</rt></ruby>の音ばかりして。」

「ああ、あの気違いの部屋の向うでしたね。」

僕等はこんな話をしながら、しばらく縁先に佇んでいました。<ruby><rb>西日</rb><rt>にしび</rt></ruby>を受けたトタン屋根は波がたにぎらぎらかがやいています。そこへ庭の<ruby><rb>葉桜</rb><rt>はざくら</rt></ruby>の枝から毛虫が一匹転げ落ちました。毛虫は薄いトタン屋根の上にかすかな音を立てたと思うと、二三度体をうねらせたぎり、すぐにぐったり死んでしまいました。それは実に<ruby><rb>呆</rb><rt>あ</rt></ruby>っ気ない死です。同時にまた実に世話の無い死です。――

「フライ鍋の中へでも落ちたようですね。」

「あたしは毛虫は<ruby><rb>大嫌</rb><rt>だいきら</rt></ruby>い。」

「僕は手でもつまめますがね。」

「Ｓさんもそんなことを言っていらっしゃいました。」

Ｍ子さんは<ruby><rb>真面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>に僕の顔を見ました。

「Ｓ君もね。」

僕の返事はＭ子さんには気乗りのしないように聞えたのでしょう。（僕は実はＭ子さんに、――と云うよりもＭ子さんと云う少女の心理に興味を持っていたのですが。）Ｍ子さんは幾分か<ruby><rb>拗</rb><rt>す</rt></ruby>ねたようにこう言って手すりを離れました。

「じゃまた<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>ほど。」

Ｍ子さんの帰って行った<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、僕はまた<ruby><rb>木枕</rb><rt>きまくら</rt></ruby>をしながら、「<ruby><rb>大久保武蔵鐙</rb><rt>おおくぼむさしあぶみ</rt></ruby>」を読みつづけました。が、活字を追う<ruby><rb>間</rb><rt>あいだ</rt></ruby>に時々あの毛虫のことを思い出しました。……

僕の散歩に出かけるのはいつも<ruby><rb>大抵</rb><rt>たいてい</rt></ruby>は<ruby><rb>夕飯前</rb><rt>ゆうめしまえ</rt></ruby>です。こう云う時にはＭ子さん親子をはじめ、Ｋ君やＳ君も一しょに出るのです。そのまた散歩する場所もこの村の前後二三町の松林よりほかにはありません。これは毛虫の落ちるのを見た時よりもあるいは前の出来事でしょう。僕等はやはりはしゃぎながら、松林の中を歩いていました。僕等は？――もっともＭ子さんのお母さんだけは例外です。この奥さんは年よりは少くとも<ruby><rb>十</rb><rt>とお</rt></ruby>ぐらいはふけて見えるのでしょう。僕はＭ子さんの一家のことは何も知らないものの一人です。しかしいつか読んだ新聞記事によれば、この奥さんはＭ子さんやＭ子さんの<ruby><rb>兄</rb><rt>にい</rt></ruby>さんを<ruby><rb>産</rb><rt>う</rt></ruby>んだ人ではないはずです。Ｍ子さんの兄さんはどこかの入学試験に落第したためにお父さんのピストルで自殺しました。僕の記憶を信ずるとすれば、新聞は皆兄さんの自殺したのもこの<ruby><rb>後妻</rb><rt>ごさい</rt></ruby>に来た奥さんに責任のあるように書いていました。この奥さんの年をとっているのもあるいはそんなためではないでしょうか？　僕はまだ五十を越していないのに髪の白い奥さんを見る度にどうもそんなことを考えやすいのです。しかし僕等四人だけはとにかくしゃべりつづけにしゃべっていました。するとＭ子さんは何を見たのか、「あら、いや」と言ってＫ君の腕を抑えました。

「何です？　僕は<ruby><rb>蛇</rb><rt>へび</rt></ruby>でも出たのかと思った。」

それは実際何でもない。ただ乾いた山砂の上に<ruby><rb>細</rb><rt>こま</rt></ruby>かい<ruby><rb>蟻</rb><rt>あり</rt></ruby>が何匹も<ruby><rb>半死半生</rb><rt>はんしはんしょう</rt></ruby>の<ruby><rb>赤蜂</rb><rt>あかはち</rt></ruby>を引きずって行こうとしていたのです。赤蜂は<ruby><rb>仰</rb><rt>あおむ</rt></ruby>けになったなり、時々<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けかかった<ruby><rb>翅</rb><rt>はね</rt></ruby>を鳴らし、蟻の群を<ruby><rb>逐</rb><rt>お</rt></ruby>い払っています。が、蟻の群は<ruby><rb>蹴散</rb><rt>けち</rt></ruby>らされたと思うと、すぐにまた赤蜂の翅や脚にすがりついてしまうのです。僕等はそこに立ちどまり、しばらくこの赤蜂のあがいているのを眺めていました。現にＭ子さんも始めに<ruby><rb>似合</rb><rt>にあ</rt></ruby>わず、妙に真剣な顔をしたまま、やはりＫ君の側に立っていたのです。

「時々<ruby><rb>剣</rb><rt>けん</rt></ruby>を出しますわね。」

「蜂の剣は<ruby><rb>鉤</rb><rt>かぎ</rt></ruby>のように曲っているものですね。」

僕は誰も黙っているものですから、Ｍ子さんとこんな話をしていました。

「さあ、<ruby><rb>行</rb><rt>い</rt></ruby>きましょう。あたしはこんなものを見るのは大嫌い。」

Ｍ子さんのお母さんは誰よりも先きに歩き出しました。僕等も歩き出したのは<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>です。松林は路をあましたまま、ひっそりと高い草を伸ばしていました。僕等の話し声はこの松林の中に<ruby><rb>存外</rb><rt>ぞんがい</rt></ruby>高い反響を起しました。殊にＫ君の笑い声は――Ｋ君はＳ君やＭ子さんにＫ君の妹さんのことを話していました。この<ruby><rb>田舎</rb><rt>いなか</rt></ruby>にいる妹さんは女学校を卒業したばかりらしいのです。が、何でも夫になる人は煙草ものまなければ酒ものまない、品行方正の紳士でなければならないと言っていると云うことです。

「僕等は皆落第ですね？」

Ｓ君は僕にこう言いました。が、僕の目にはいじらしいくらい、妙にてれ切った顔をしていました。

「煙草ものまなければ酒ものまないなんて、……つまり<ruby><rb>兄貴</rb><rt>あにき</rt></ruby>へ当てつけているんだね。」

Ｋ君も<ruby><rb>咄嗟</rb><rt>とっさ</rt></ruby>につけ加えました。僕は<ruby><rb>善</rb><rt>い</rt></ruby>い<ruby><rb>加減</rb><rt>かげん</rt></ruby>な返事をしながら、だんだんこの散歩を苦にし出しました。従って突然Ｍ子さんの「もう帰りましょう」と言った時にはほっとひと息ついたものです。Ｍ子さんは晴れ晴れした顔をしたまま、僕等の<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>とも言わないうちにくるりと足を返しました。が、温泉宿へ帰る途中はＭ子さんのお母さんとばかり話していました。僕等は勿論前と同じ松林の中を歩いて行ったのです。けれどもあの赤蜂はもうどこかへ行っていました。

それから<ruby><rb>半月</rb><rt>はんつき</rt></ruby>ばかりたった<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>です。僕はどんより曇っているせいか、何をする気もなかったものですから、池のある庭へおりて<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きました。するとＭ子さんのお母さんが<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>船底椅子</rb><rt>ふなそこいす</rt></ruby>に腰をおろし、東京の新聞を読んでいました。Ｍ子さんはきょうはＫ君やＳ君と温泉宿の後ろにあるＹ山へ登りに行ったはずです。この奥さんは僕を見ると、<ruby><rb>老眼鏡</rb><rt>ろうがんきょう</rt></ruby>をはずして<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>しました。

「こちらの<ruby><rb>椅子</rb><rt>いす</rt></ruby>をさし上げましょうか？」

「いえ、これで結構です。」

僕はちょうどそこにあった、古い<ruby><rb>籐椅子</rb><rt>とういす</rt></ruby>にかけることにしました。

「昨晩はお休みになれなかったでしょう？」

「いいえ、……何かあったのですか？」

「あの気の違った男の方がいきなり<ruby><rb>廊下</rb><rt>ろうか</rt></ruby>へ<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>け出したりなすったものですから。」

「そんなことがあったんですか？」

「ええ、どこかの銀行の取りつけ騒ぎを新聞でお読みなすったのが始まりなんですって。」

僕はあの松葉の入れ<ruby><rb>墨</rb><rt>ずみ</rt></ruby>をした気違いの一生を想像しました。それから、――笑われても仕かたはありません、僕の弟の持っている<ruby><rb>株券</rb><rt>かぶけん</rt></ruby>のことなどを思い出しました。

「Ｓさんなどはこぼしていらっしゃいましたよ。……」

Ｍ子さんのお母さんはいつか僕に<ruby><rb>婉曲</rb><rt>えんきょく</rt></ruby>にＳ君のことを尋ね出しました。が、僕はどう云う返事にも「でしょう」だの「と思います」だのとつけ加えました。（僕はいつも<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>の人をその人としてだけしか考えられません。家族とか財産とか社会的地位とか云うことには自然と冷淡になっているのです。おまけに一番悪いことはその人としてだけ考える時でもいつか僕自身に似ている点だけその人の中から引き出した上、勝手に<ruby><rb>好悪</rb><rt>こうお</rt></ruby>を<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めているのです。）のみならずこの奥さんの気もちに、――Ｓ君の身もとを調べる気もちにある<ruby><rb>可笑</rb><rt>おか</rt></ruby>しさを感じました。

「Ｓさんは神経質でいらっしゃるでしょう？」

「ええ、まあ神経質と云うのでしょう。」

「人ずれはちっともしていらっしゃいませんね。」

「それは何しろ坊ちゃんですから、……しかしもう<ruby><rb>一通</rb><rt>ひととお</rt></ruby>りのことは心得ていると思いますが。」

僕はこう云う話の中にふと池の<ruby><rb>水際</rb><rt>みずぎわ</rt></ruby>に<ruby><rb>沢蟹</rb><rt>さわがに</rt></ruby>の<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>っているのを見つけました。しかもその沢蟹はもう一匹の沢蟹を、――<ruby><rb>甲羅</rb><rt>こうら</rt></ruby>の半ば砕けかかったもう一匹の沢蟹をじりじり引きずって行くところなのです。僕はいつかクロポトキンの<ruby><rb>相互扶助論</rb><rt>そうごふじょろん</rt></ruby>の中にあった蟹の話を思い出しました。クロポトキンの教えるところによれば、いつも蟹は<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>をした仲間を<ruby><rb>扶</rb><rt>たす</rt></ruby>けて行ってやると云うことです。しかしまたある動物学者の実例を観察したところによれば、それはいつも<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>をした仲間を食うためにやっていると云うことです。僕はだんだん<ruby><rb>石菖</rb><rt>せきしょう</rt></ruby>のかげに二匹の沢蟹の隠れるのを見ながら、Ｍ子さんのお母さんと話していました。が、いつか僕等の話に全然興味を失っていました。

「みんなの帰って来るのは夕がたでしょう？」

僕はこう言って立ち上りました。同時にまたＭ子さんのお母さんの顔にある表情を感じました。それはちょっとした驚きと一しょに何か本能的な憎しみを<ruby><rb>閃</rb><rt>ひらめ</rt></ruby>かせている表情です。けれどもこの奥さんはすぐにもの静かに返事をしました。

「ええ、Ｍ子もそんなことを申しておりました。」

僕は僕の部屋へ帰って来ると、また<ruby><rb>縁先</rb><rt>えんさき</rt></ruby>の手すりにつかまり、松林の上に盛り上ったＹ山の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただき</rt></ruby>を眺めました。山の頂は岩むらの上に薄い日の光をなすっています。僕はこう云う景色を見ながら、ふと僕等人間を憐みたい気もちを感じました。……

Ｍ子さん親子はＳ君と一しょに二三日<ruby><rb>前</rb><rt>まえ</rt></ruby>に東京へ帰りました。Ｋ君は何でもこの温泉宿へ妹さんの来るのを待ち合せた上、（それは多分僕の帰るのよりも一週間ばかり遅れるでしょう。）帰り<ruby><rb>仕度</rb><rt>したく</rt></ruby>をするとか云うことです。僕はＫ君と二人だけになった時に幾分か<ruby><rb>寛</rb><rt>くつろ</rt></ruby>ぎを感じました。もっともＫ君を<ruby><rb>劬</rb><rt>いたわ</rt></ruby>りたい気もちの<ruby><rb>反</rb><rt>かえ</rt></ruby>ってＫ君にこたえることを<ruby><rb>惧</rb><rt>おそ</rt></ruby>れているのに違いありません。が、とにかくＫ君と一しょに比較的<ruby><rb>気楽</rb><rt>きらく</rt></ruby>に暮らしています。現にゆうべも<ruby><rb>風呂</rb><rt>ふろ</rt></ruby>にはいりながら、一時間もセザアル・フランクを論じていました。

僕は今僕の部屋にこの手紙を書いています。ここはもう<ruby><rb>初秋</rb><rt>しょしゅう</rt></ruby>にはいっています。僕はけさ目を<ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>ました時、僕の部屋の<ruby><rb>障子</rb><rt>しょうじ</rt></ruby>の上に小さいＹ山や松林の<ruby><rb>逆</rb><rt>さか</rt></ruby>さまに映っているのを見つけました。それは勿論戸の<ruby><rb>節穴</rb><rt>ふしあな</rt></ruby>からさして来る光のためだったのです。しかし僕は腹ばいになり、一本の巻煙草をふかしながら、この妙に澄み渡った、小さい初秋の風景にいつにない静かさを感じました。………

ではさようなら。東京ももう朝晩は<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶ</rt></ruby><ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>ぎよくなっているでしょう。どうかお子さんたちにもよろしく言って下さい。

（昭和二年六月七日）