一　クリスマス

昨年のクリスマスの午後、<ruby><rb>堀川保吉</rb><rt>ほりかわやすきち</rt></ruby>は<ruby><rb>須田町</rb><rt>すだちょう</rt></ruby>の<ruby><rb>角</rb><rt>かど</rt></ruby>から<ruby><rb>新橋行</rb><rt>しんばしゆき</rt></ruby>の乗合自働車に乗った。彼の席だけはあったものの、自働車の中は<ruby><rb>不相変</rb><rt>あいかわらず</rt></ruby>身動きさえ出来ぬ満員である。のみならず震災後の東京の道路は自働車を<ruby><rb>躍</rb><rt>おど</rt></ruby>らすことも一通りではない。保吉はきょうもふだんの通り、ポケットに入れてある本を出した。が、<ruby><rb>鍛冶町</rb><rt>かじちょう</rt></ruby>へも来ないうちにとうとう読書だけは断念した。この中でも本を読もうと云うのは<ruby><rb>奇蹟</rb><rt>きせき</rt></ruby>を行うのと同じことである。奇蹟は彼の職業ではない。美しい円光を頂いた昔の西洋の<ruby><rb>聖者</rb><rt>しょうじゃ</rt></ruby>なるものの、――いや、彼の隣りにいるカトリック教の宣教師は目前に奇蹟を行っている。

宣教師は何ごとも忘れたように小さい横文字の本を読みつづけている。年はもう五十を越しているのであろう、<ruby><rb>鉄縁</rb><rt>てつぶち</rt></ruby>のパンス・ネエをかけた、鶏のように顔の赤い、短い<ruby><rb>頬鬚</rb><rt>ほおひげ</rt></ruby>のある<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>人である。保吉は横目を使いながら、ちょっとその本を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>きこんだ、Essai sur les ……あとは何だか判然しない。しかし内容はともかくも、紙の黄ばんだ、活字の<ruby><rb>細</rb><rt>こま</rt></ruby>かい、とうてい新聞を読むようには読めそうもない<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>である。

保吉はこの宣教師に軽い敵意を感じたまま、ぼんやり空想に<ruby><rb>耽</rb><rt>ふけ</rt></ruby>り出した。――大勢の小天使は宣教師のまわりに読書の平安を<ruby><rb>護</rb><rt>まも</rt></ruby>っている。<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>異教徒たる乗客の中には一人も小天使の見えるものはいない。しかし五六人の小天使は<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>の広い帽子の上に、<ruby><rb>逆立</rb><rt>さかだ</rt></ruby>ちをしたり宙返りをしたり、いろいろの曲芸を演じている。と思うと肩の上へ<ruby><rb>目白</rb><rt>めじろ</rt></ruby>押しに並んだ五六人も乗客の顔を見廻しながら、天国の<ruby><rb>常談</rb><rt>じょうだん</rt></ruby>を云い合っている。おや、一人の小天使は耳の穴の中から顔を出した。そう云えば鼻柱の上にも一人、得意そうにパンス・ネエに<ruby><rb>跨</rb><rt>またが</rt></ruby>っている。……

自働車の止まったのは<ruby><rb>大伝馬町</rb><rt>おおでんまちょう</rt></ruby>である。同時に乗客は三四人、一度に自働車を降りはじめた。宣教師はいつか本を<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>に、きょろきょろ窓の外を眺めている。すると乗客の降り終るが早いか、十一二の少女が一人、まっ先に自働車へはいって来た。<ruby><rb>褪紅色</rb><rt>たいこうしょく</rt></ruby>の洋服に空色の<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>を<ruby><rb>阿弥陀</rb><rt>あみだ</rt></ruby>にかぶった、妙に<ruby><rb>生意気</rb><rt>なまいき</rt></ruby>らしい少女である。少女は自働車のまん中にある<ruby><rb>真鍮</rb><rt>しんちゅう</rt></ruby>の柱につかまったまま、両側の席を見まわした。が、<ruby><rb>生憎</rb><rt>あいにく</rt></ruby>どちら側にも<ruby><rb>空</rb><rt>あ</rt></ruby>いている席は一つもない。

「お嬢さん。ここへおかけなさい。」

宣教師は太い腰を起した。言葉はいかにも手に入った、心もち鼻へかかる日本語である。

「ありがとう。」

少女は宣教師と入れ違いに保吉の隣りへ腰をかけた。そのまた「ありがとう」も顔のように<ruby><rb>小</rb><rt>こ</rt></ruby>ましゃくれた<ruby><rb>抑揚</rb><rt>よくよう</rt></ruby>に富んでいる。保吉は思わず顔をしかめた。由来子供は――殊に少女は二千年<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>の今月今日、ベツレヘムに生まれた<ruby><rb>赤児</rb><rt>あかご</rt></ruby>のように<ruby><rb>清浄無垢</rb><rt>しょうじょうむく</rt></ruby>のものと信じられている。しかし彼の経験によれば、子供でも悪党のない<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>ではない。それをことごとく神聖がるのは世界に<ruby><rb>遍満</rb><rt>へんまん</rt></ruby>したセンティメンタリズムである。

「お嬢さんはおいくつですか？」

宣教師は<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>を含んだ眼に少女の顔を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>きこんだ。少女はもう膝の上に毛糸の玉を転がしたなり、さも一かど編めるように二本の編み棒を動かしている。それが眼は油断なしに編み棒の先を追いながら、ほとんど<ruby><rb>媚</rb><rt>こび</rt></ruby>を帯びた返事をした。

「あたし？　あたしは来年十二。」

「きょうはどちらへいらっしゃるのですか？」

「きょう？　きょうはもう<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰る所なの。」

自働車はこう云う問答の間に銀座の通りを走っている。走っていると云うよりは<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねていると云うのかも知れない。ちょうど昔ガリラヤの<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>にあらしを迎えたクリストの船にも<ruby><rb>伯仲</rb><rt>はくちゅう</rt></ruby>するかと思うくらいである。宣教師は<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろへまわした手に<ruby><rb>真鍮</rb><rt>しんちゅう</rt></ruby>の柱をつかんだまま、何度も自働車の天井へ<ruby><rb>背</rb><rt>せい</rt></ruby>の高い頭をぶつけそうになった。しかし一身の<ruby><rb>安危</rb><rt>あんき</rt></ruby>などは<ruby><rb>上帝</rb><rt>じょうてい</rt></ruby>の意志に任せてあるのか、やはり微笑を浮かべながら、少女との問答をつづけている。

「きょうは<ruby><rb>何日</rb><rt>なんにち</rt></ruby>だか御存知ですか？」

「十二月二十五日でしょう。」

「ええ、十二月二十五日です。十二月二十五日は何の日ですか？　お嬢さん、あなたは御存知ですか？」

保吉はもう一度顔をしかめた。宣教師は巧みにクリスト教の伝道へ移るのに違いない。コオランと共に剣を<ruby><rb>執</rb><rt>と</rt></ruby>ったマホメット教の伝道はまだしも剣を執った所に人間同士の尊敬なり情熱なりを示している。が、クリスト教の伝道は全然相手を尊重しない。あたかも隣りに店を出した洋服屋の存在を教えるように<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>に神を教えるのである。あるいはそれでも知らぬ顔をすると、今度は外国語の授業料の代りに信仰を売ることを<ruby><rb>勧</rb><rt>すす</rt></ruby>めるのである。殊に少年や少女などに<ruby><rb>画本</rb><rt>えほん</rt></ruby>や<ruby><rb>玩具</rb><rt>がんぐ</rt></ruby>を与える傍ら、ひそかに彼等の魂を天国へ誘拐しようとするのは当然犯罪と呼ばれなければならぬ。保吉の隣りにいる少女も、――しかし少女は<ruby><rb>不相変</rb><rt>あいかわらず</rt></ruby>編みものの手を動かしながら、落ち着き払った返事をした。

「ええ、それは知っているわ。」

「ではきょうは何の日ですか？　御存知ならば云って御覧なさい。」

少女はやっと宣教師の顔へみずみずしい<ruby><rb>黒眼勝</rb><rt>くろめが</rt></ruby>ちの眼を注いだ。

「きょうはあたしのお<ruby><rb>誕生日</rb><rt>たんじょうび</rt></ruby>。」

保吉は思わず少女を見つめた。少女はもう<ruby><rb>大真面目</rb><rt>おおまじめ</rt></ruby>に編み棒の先へ目をやっていた。しかしその顔はどう云うものか、前に思ったほど生意気ではない。いや、むしろ可愛い中にも<ruby><rb>智慧</rb><rt>ちえ</rt></ruby>の光りの<ruby><rb>遍照</rb><rt>へんしょう</rt></ruby>した、幼いマリアにも劣らぬ顔である。保吉はいつか彼自身の微笑しているのを発見した。

「きょうはあなたのお誕生日！」

宣教師は突然笑い出した。この<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>人の笑う<ruby><rb>様子</rb><rt>ようす</rt></ruby>はちょうど人の<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いお<ruby><rb>伽噺</rb><rt>とぎばなし</rt></ruby>の中の大男か何かの笑うようである。少女は今度はけげんそうに宣教師の顔へ目を挙げた。これは少女ばかりではない。鼻の先にいる保吉を始め、両側の男女の乗客はたいてい宣教師へ目をあつめた。ただ彼等の目にあるものは疑惑でもなければ好奇心でもない。いずれも宣教師の<ruby><rb>哄笑</rb><rt>こうしょう</rt></ruby>の意味をはっきり理解した<ruby><rb>頬笑</rb><rt>ほほえ</rt></ruby>みである。

「お嬢さん。あなたは<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い日にお生まれなさいましたね。きょうはこの上もないお誕生日です。世界中のお祝いするお誕生日です。あなたは今に、――あなたの<ruby><rb>大人</rb><rt>おとな</rt></ruby>になった時にはですね、あなたはきっと……」

宣教師は言葉につかえたまま、自働車の中を見廻した。同時に保吉と眼を合わせた。宣教師の眼はパンス・ネエの奥に笑い涙をかがやかせている。保吉はその幸福に満ちた<ruby><rb>鼠色</rb><rt>ねずみいろ</rt></ruby>の眼の中にあらゆるクリスマスの美しさを感じた。少女は――少女もやっと宣教師の笑い出した理由に気のついたのであろう、今は多少<ruby><rb>拗</rb><rt>す</rt></ruby>ねたようにわざと足などをぶらつかせている。

「あなたはきっと<ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>い奥さんに――優しいお母さんにおなりなさるでしょう。ではお嬢さん、さようなら。わたしの降りる所へ来ましたから。では――」

宣教師はまた前のように一同の顔を見渡した。自働車はちょうど人通りの烈しい<ruby><rb>尾張町</rb><rt>おわりちょう</rt></ruby>の辻に止まっている。

「では皆さん、さようなら。」

数時間の<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、保吉はやはり尾張町のあるバラックのカフェの隅にこの小事件を思い出した。あの<ruby><rb>肥</rb><rt>ふと</rt></ruby>った宣教師はもう電燈もともり出した今頃、何をしていることであろう？　クリストと誕生日を共にした少女は<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆうはん</rt></ruby>の<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>についた父や母にけさの出来事を話しているかも知れない。保吉もまた二十年<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>には<ruby><rb>娑婆苦</rb><rt>しゃばく</rt></ruby>を知らぬ少女のように、あるいは罪のない問答の前に娑婆苦を忘却した宣教師のように小さい幸福を所有していた。<ruby><rb>大徳院</rb><rt>だいとくいん</rt></ruby>の<ruby><rb>縁日</rb><rt>えんにち</rt></ruby>に<ruby><rb>葡萄餅</rb><rt>ぶどうもち</rt></ruby>を買ったのもその頃である。<ruby><rb>二州楼</rb><rt>にしゅうろう</rt></ruby>の大広間に活動写真を見たのもその頃である。

「<ruby><rb>本所深川</rb><rt>ほんじょふかがわ</rt></ruby>はまだ灰の山ですな。」

「へええ、そうですかねえ。時に<ruby><rb>吉原</rb><rt>よしわら</rt></ruby>はどうしたんでしょう？」

「吉原はどうしましたか、――<ruby><rb>浅草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>にはこの頃お姫様の<ruby><rb>婬売</rb><rt>いんばい</rt></ruby>が出ると云うことですな。」

隣りのテエブルには商人が二人、こう云う会話をつづけている。が、そんなことはどうでも<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い。カフェの中央のクリスマスの木は綿をかけた<ruby><rb>針葉</rb><rt>しんよう</rt></ruby>の枝に<ruby><rb>玩具</rb><rt>おもちゃ</rt></ruby>のサンタ・クロオスだの銀の星だのをぶら下げている。<ruby><rb>瓦斯煖炉</rb><rt>ガスだんろ</rt></ruby>の<ruby><rb>炎</rb><rt>ほのお</rt></ruby>も赤あかとその木の幹を照らしているらしい。きょうはお目出たいクリスマスである。「世界中のお祝するお誕生日」である。保吉は食後の紅茶を前に、ぼんやり<ruby><rb>巻煙草</rb><rt>まきたばこ</rt></ruby>をふかしながら、<ruby><rb>大川</rb><rt>おおかわ</rt></ruby>の向うに人となった二十年<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>の幸福を夢みつづけた。……

この数篇の<ruby><rb>小品</rb><rt>しょうひん</rt></ruby>は一本の巻煙草の煙となる間に、続々と保吉の心をかすめた追憶の二三を記したものである。

二　道の上の秘密

<ruby><rb>保吉</rb><rt>やすきち</rt></ruby>の<ruby><rb>四歳</rb><rt>しさい</rt></ruby>の時である。彼は<ruby><rb>鶴</rb><rt>つる</rt></ruby>と云う女中と一しょに大溝の往来へ通りかかった。黒ぐろと<ruby><rb>湛</rb><rt>たた</rt></ruby>えた<ruby><rb>大溝</rb><rt>おおどぶ</rt></ruby>の向うは<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>に<ruby><rb>両国</rb><rt>りょうごく</rt></ruby>の<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしゃば</rt></ruby>になった、名高い<ruby><rb>御竹倉</rb><rt>おたけぐら</rt></ruby>の<ruby><rb>竹藪</rb><rt>たけやぶ</rt></ruby>である。<ruby><rb>本所七不思議</rb><rt>ほんじょななふしぎ</rt></ruby>の一つに当る<ruby><rb>狸</rb><rt>たぬき</rt></ruby>の<ruby><rb>莫迦囃子</rb><rt>ばかばやし</rt></ruby>と云うものはこの藪の中から聞えるらしい。少くとも保吉は誰に聞いたのか、狸の莫迦囃子の聞えるのは勿論、おいてき堀や<ruby><rb>片葉</rb><rt>かたは</rt></ruby>の<ruby><rb>葭</rb><rt>よし</rt></ruby>も御竹倉にあるものと確信していた。が、今はこの気味の悪い藪も狸などはどこかへ<ruby><rb>逐</rb><rt>お</rt></ruby>い払ったように、日の光の<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>んだ風の中に黄ばんだ竹の<ruby><rb>秀</rb><rt>ほ</rt></ruby>をそよがせている。

「坊ちゃん、これを御存知ですか？」

<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>（保吉は彼女をこう呼んでいた）は彼を顧みながら、人通りの少い道の上を<ruby><rb>指</rb><rt>ゆびさ</rt></ruby>した。<ruby><rb>土埃</rb><rt>つちほこり</rt></ruby>の乾いた道の上にはかなり太い線が一すじ、薄うすと向うへ走っている。保吉は前にも道の上にこう云う線を見たような気がした。しかし今もその時のように何かと云うことはわからなかった。

「何でしょう？　坊ちゃん、考えて御覧なさい。」

これは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>の<ruby><rb>常套</rb><rt>じょうとう</rt></ruby>手段である。彼女は何を尋ねても、<ruby><rb>素直</rb><rt>すなお</rt></ruby>に教えたと云うことはない。必ず一度は<ruby><rb>厳格</rb><rt>げんかく</rt></ruby>に「考えて御覧なさい」を繰り返すのである。厳格に――けれども<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>は母のように年をとっていた<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>でもなんでもない。やっと十五か十六になった、小さい<ruby><rb>泣黒子</rb><rt>なきぼくろ</rt></ruby>のある<ruby><rb>小娘</rb><rt>こむすめ</rt></ruby>である。もとより彼女のこう云ったのは少しでも保吉の教育に力を<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>えたいと思ったのであろう。彼も<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>の親切には感謝したいと思っている。が、彼女もこの言葉の意味をもっとほんとうに知っていたとすれば、きっと昔ほど<ruby><rb>執拗</rb><rt>しつよう</rt></ruby>に何にでも「考えて御覧なさい」を繰り返す<ruby><rb>愚</rb><rt>ぐ</rt></ruby>だけは<ruby><rb>免</rb><rt>まぬか</rt></ruby>れたであろう。保吉は<ruby><rb>爾来</rb><rt>じらい</rt></ruby>三十年間、いろいろの問題を考えて見た。しかし何もわからないことはあの賢い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>と一しょに大溝の往来を歩いた時と少しも変ってはいないのである。……

「ほら、こっちにももう一つあるでしょう？　ねえ、坊ちゃん、考えて御覧なさい。このすじは一体何でしょう？」

<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>は前のように道の上を<ruby><rb>指</rb><rt>ゆびさ</rt></ruby>した。なるほど同じくらい太い線が三尺ばかりの距離を置いたまま、<ruby><rb>土埃</rb><rt>つちほこり</rt></ruby>の道を走っている。保吉は厳粛に考えて見た<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、とうとうその答を発明した。

「どこかの子がつけたんだろう、棒か何か持って来て？」

「それでも二本並んでいるでしょう？」

「だって<ruby><rb>二人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>でつけりゃ二本になるもの。」

<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>はにやにや笑いながら、「いいえ」と云う代りに首を振った。保吉は勿論不平だった。しかし彼女は全知である。云わば Delphi の<ruby><rb>巫女</rb><rt>みこ</rt></ruby>である。道の上の<ruby><rb>秘密</rb><rt>ひみつ</rt></ruby>もとうの昔に<ruby><rb>看破</rb><rt>かんぱ</rt></ruby>しているのに違いない。保吉はだんだん不平の代りにこの<ruby><rb>二</rb><rt>ふた</rt></ruby>すじの線に対する驚異の情を感じ出した。

「じゃ何さ、このすじは？」

「何でしょう？　ほら、ずっと向うまで同じように二すじ並んでいるでしょう？」

実際<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>の云う通り、一すじの線のうねっている時には、向うに横たわったもう一すじの線もちゃんと同じようにうねっている。のみならずこの二すじの線は薄白い道のつづいた向うへ、永遠そのもののように通じている。これは一体何のために誰のつけた<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>であろう？　保吉は<ruby><rb>幻燈</rb><rt>げんとう</rt></ruby>の中に<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>る<ruby><rb>蒙古</rb><rt>もうこ</rt></ruby>の<ruby><rb>大沙漠</rb><rt>だいさばく</rt></ruby>を思い出した。二すじの線はその大沙漠にもやはり細ぼそとつづいている。………

「よう、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>、何だって云えば？」

「まあ、考えて御覧なさい。何か二つ<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>っているものですから。――何でしょう、二つ揃っているものは？」

<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>もあらゆる巫女のように漠然と暗示を与えるだけである。保吉はいよいよ熱心に<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>とか手袋とか<ruby><rb>太鼓</rb><rt>たいこ</rt></ruby>の棒とか二つあるものを並べ出した。が、彼女はどの答にも容易に満足を表わさない。ただ妙に微笑したぎり、<ruby><rb>不相変</rb><rt>あいかわらず</rt></ruby>「いいえ」を繰り返している。

「よう、教えておくれよう。ようってば。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>。<ruby><rb>莫迦</rb><rt>ばか</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>め！」

保吉はとうとう<ruby><rb>癇癪</rb><rt>かんしゃく</rt></ruby>を起した。父さえ彼の癇癪には<ruby><rb>滅多</rb><rt>めった</rt></ruby>に<ruby><rb>戦</rb><rt>たたかい</rt></ruby>を<ruby><rb>挑</rb><rt>いど</rt></ruby>んだことはない。それはずっと<ruby><rb>守</rb><rt>も</rt></ruby>りをつづけた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つうや</span>もまた<ruby><rb>重々</rb><rt>じゅうじゅう</rt></ruby>承知しているが、彼女はやっとおごそかに道の上の秘密を説明した。

「これは車の輪の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>です。」

これは車の輪の跡です！　保吉は<ruby><rb>呆気</rb><rt>あっけ</rt></ruby>にとられたまま、<ruby><rb>土埃</rb><rt>つちほこり</rt></ruby>の中に断続した二すじの線を見まもった。同時に大沙漠の空想などは<ruby><rb>蜃気楼</rb><rt>しんきろう</rt></ruby>のように消滅した。今はただ泥だらけの荷車が一台、寂しい彼の心の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>におのずから車輪をまわしている。……

保吉は<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だにこの時受けた、大きい教訓を<ruby><rb>服膺</rb><rt>ふくよう</rt></ruby>している。三十年来考えて見ても、<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>一つ<ruby><rb>碌</rb><rt>ろく</rt></ruby>にわからないのはむしろ一生の幸福かも知れない。

三　死

これもその頃の話である。<ruby><rb>晩酌</rb><rt>ばんしゃく</rt></ruby>の<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>に向った父は<ruby><rb>六兵衛</rb><rt>ろくべえ</rt></ruby>の<ruby><rb>盞</rb><rt>さかずき</rt></ruby>を手にしたまま、何かの拍子にこう云った。

「とうとうお<ruby><rb>目出度</rb><rt>めでたく</rt></ruby>なったそうだな、ほら、あの<ruby><rb>槙町</rb><rt>まきちょう</rt></ruby>の<ruby><rb>二弦琴</rb><rt>にげんきん</rt></ruby>の<ruby><rb>師匠</rb><rt>ししょう</rt></ruby>も。……」

ランプの光は<ruby><rb>鮮</rb><rt>あざや</rt></ruby>かに黒塗りの<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>の上を照らしている。こう云う時の膳の上ほど、美しい色彩に<ruby><rb>溢</rb><rt>あふ</rt></ruby>れたものはない。<ruby><rb>保吉</rb><rt>やすきち</rt></ruby>は<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だに<ruby><rb>食物</rb><rt>しょくもつ</rt></ruby>の色彩――<ruby><rb>鮞脯</rb><rt>からすみ</rt></ruby>だの<ruby><rb>焼海苔</rb><rt>やきのり</rt></ruby>だの<ruby><rb>酢蠣</rb><rt>すがき</rt></ruby>だの<ruby><rb>辣薑</rb><rt>らっきょう</rt></ruby>だのの色彩を愛している。もっとも当時愛したのはそれほど<ruby><rb>品</rb><rt>ひん</rt></ruby>の<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い色彩ではない。むしろ<ruby><rb>悪</rb><rt>あく</rt></ruby>どい<ruby><rb>刺戟</rb><rt>しげき</rt></ruby>に富んだ、<ruby><rb>生</rb><rt>なま</rt></ruby>なましい色彩ばかりである。彼はその晩も膳の前に、<ruby><rb>一掴</rb><rt>ひとつか</rt></ruby>みの<ruby><rb>海髪</rb><rt>うご</rt></ruby>を枕にした<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">めじ</span>の<ruby><rb>刺身</rb><rt>さしみ</rt></ruby>を見守っていた。すると<ruby><rb>微醺</rb><rt>びくん</rt></ruby>を帯びた父は彼の芸術的感興をも物質的欲望と解釈したのであろう。<ruby><rb>象牙</rb><rt>ぞうげ</rt></ruby>の<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>をとり上げたと思うと、わざと彼の鼻の上へ醤油の<ruby><rb>匂</rb><rt>におい</rt></ruby>のする<ruby><rb>刺身</rb><rt>さしみ</rt></ruby>を出した。彼は勿論一口に食った。それから感謝の意を表するため、こう父へ話しかけた。

「さっきはよそのお師匠さん、今度は僕がお目出度なった！」

父は勿論、母や伯母も一時にどっと笑い出した。が、必ずしもその笑いは<ruby><rb>機智</rb><rt>きち</rt></ruby>に富んだ彼の答を了解したためばかりでもないようである。この疑問は彼の自尊心に多少の不快を感じさせた。けれども父を笑わせたのはとにかく<ruby><rb>大手柄</rb><rt>おおてがら</rt></ruby>には違いない。かつまた<ruby><rb>家中</rb><rt>かちゅう</rt></ruby>を陽気にしたのもそれ自身甚だ愉快である。保吉はたちまち父と一しょに出来るだけ大声に笑い出した。

すると笑い声の静まった<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、父はまだ微笑を浮べたまま、大きい手に保吉の<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>すじをたたいた。

「お目出度なると云うことはね、死んでしまうと云うことだよ。」

あらゆる答は<ruby><rb>鋤</rb><rt>すき</rt></ruby>のように問の根を<ruby><rb>断</rb><rt>た</rt></ruby>ってしまうものではない。むしろ古い問の代りに新らしい問を芽ぐませる<ruby><rb>木鋏</rb><rt>きばさみ</rt></ruby>の役にしか立たぬものである。三十年<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>の保吉も三十年<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>の保吉のように、やっと答を得たと思うと、今度はそのまた答の中に新しい問を発見した。

「死んでしまうって、どうすること？」

「死んでしまうと云うことはね、ほら、お前は<ruby><rb>蟻</rb><rt>あり</rt></ruby>を殺すだろう。……」

父は気の毒にも<ruby><rb>丹念</rb><rt>たんねん</rt></ruby>に死と云うものを説明し出した。が、父の説明も少年の論理を<ruby><rb>固守</rb><rt>こしゅ</rt></ruby>する彼には少しも満足を与えなかった。なるほど彼に殺された蟻の走らないことだけは確かである。けれどもあれは死んだのではない。ただ彼に殺されたのである。死んだ蟻と云う以上は格別彼に殺されずとも、じっと走らずにいる蟻でなければならぬ。そう云う蟻には<ruby><rb>石燈籠</rb><rt>いしどうろう</rt></ruby>の下や<ruby><rb>冬青</rb><rt>もち</rt></ruby>の木の根もとにも出合った覚えはない。しかし父はどう云う<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>か、全然この差別を無視している。……

「殺された蟻は死んでしまったのさ。」

「殺されたのは殺されただけじゃないの？」

「殺されたのも死んだのも同じことさ。」

「だって殺されたのは殺されたって云うもの。」

「云っても何でも同じことなんだよ。」

「違う。違う。殺されたのと死んだのとは同じじゃない。」

「<ruby><rb>莫迦</rb><rt>ばか</rt></ruby>、何と云うわからないやつだ。」

父に<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られた保吉の泣き出してしまったのは<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>である。が、いかに叱られたにしろ、わからないことのわかる道理はない。彼はその<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>数箇月の間、ちょうどひとかどの哲学者のように死と云う問題を考えつづけた。死は不可解そのものである。殺された蟻は死んだ蟻ではない。それにも<ruby><rb>関</rb><rt>かかわ</rt></ruby>らず死んだ蟻である。このくらい秘密の<ruby><rb>魅力</rb><rt>みりょく</rt></ruby>に富んだ、<ruby><rb>掴</rb><rt>つかま</rt></ruby>え所のない問題はない。保吉は死を考える度に、ある日<ruby><rb>回向院</rb><rt>えこういん</rt></ruby>の<ruby><rb>境内</rb><rt>けいだい</rt></ruby>に見かけた二匹の犬を思い出した。あの犬は入り日の光の中に反対の方角へ顔を向けたまま、一匹のようにじっとしていた。のみならず妙に<ruby><rb>厳粛</rb><rt>げんしゅく</rt></ruby>だった。死と云うものもあの二匹の犬と何か似た所を持っているのかも知れない。……

するとある火ともし頃である。保吉は役所から帰った父と、薄暗い<ruby><rb>風呂</rb><rt>ふろ</rt></ruby>にはいっていた。はいっていたとは云うものの、体などを洗っていたのではない。ただ胸ほどある<ruby><rb>据</rb><rt>す</rt></ruby>え風呂の中に恐る恐る立ったなり、白い<ruby><rb>三角帆</rb><rt>さんかくほ</rt></ruby>を張った<ruby><rb>帆前船</rb><rt>ほまえせん</rt></ruby>の処女航海をさせていたのである。そこへ客か何か来たのであろう、<ruby><rb>鶴</rb><rt>つる</rt></ruby>よりも年上の女中が一人、<ruby><rb>湯気</rb><rt>ゆげ</rt></ruby>の立ちこめた<ruby><rb>硝子障子</rb><rt>ガラスしょうじ</rt></ruby>をあけると、<ruby><rb>石鹸</rb><rt>せっけん</rt></ruby>だらけになっていた父へ<ruby><rb>旦那様</rb><rt>だんなさま</rt></ruby>何とかと声をかけた。父は<ruby><rb>海綿</rb><rt>かいめん</rt></ruby>を使ったまま、「よし、今行く」と返事をした。それからまた保吉へ顔を見せながら、「お前はまだはいってお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>。今お母さんがはいるから」と云った。勿論父のいないことは格別帆前船の処女航海に<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>えを生ずる次第でもない。保吉はちょっと父を見たぎり、「うん」と<ruby><rb>素直</rb><rt>すなお</rt></ruby>に返事をした。

父は体を拭いてしまうと、濡れ手拭を肩にかけながら、「どっこいしょ」と太い腰を起した。保吉はそれでも頓着せずに帆前船の三角帆を直していた。が、<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>障子のあいた音にもう一度ふと目を挙げると、父はちょうど<ruby><rb>湯気</rb><rt>ゆげ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>の背中を見せたまま、風呂場の向うへ出る所だった。父の<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>はまだ白い<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>ではない。腰も若いもののようにまっ<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>である。しかしそう云う後ろ姿はなぜか<ruby><rb>四歳</rb><rt>しさい</rt></ruby>の保吉の心にしみじみと寂しさを感じさせた。「お父さん」――一瞬間帆前船を忘れた彼は思わずそう呼びかけようとした。けれども二度目の硝子戸の音は静かに父の姿を隠してしまった。あとにはただ湯の<ruby><rb>匂</rb><rt>におい</rt></ruby>に満ちた<ruby><rb>薄明</rb><rt>うすあか</rt></ruby>りの広がっているばかりである。

保吉はひっそりした据え風呂の中に茫然と大きい目を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>いた。同時に従来不可解だった死と云うものを発見した。――死とはつまり父の姿の永久に消えてしまうことである！

四　海

<ruby><rb>保吉</rb><rt>やすきち</rt></ruby>の海を知ったのは五歳か六歳の頃である。もっとも海とは云うものの、<ruby><rb>万里</rb><rt>ばんり</rt></ruby>の大洋を知ったのではない。ただ<ruby><rb>大森</rb><rt>おおもり</rt></ruby>の海岸に<ruby><rb>狭苦</rb><rt>せまくる</rt></ruby>しい<ruby><rb>東京湾</rb><rt>とうきょうわん</rt></ruby>を知ったのである。しかし狭苦しい東京湾も当時の保吉には驚異だった。奈良朝の歌人は海に寄せる恋を「<ruby><rb>大船</rb><rt>おおふね</rt></ruby>の<ruby><rb>香取</rb><rt>かとり</rt></ruby>の海に<ruby><rb>碇</rb><rt>いかり</rt></ruby>おろしいかなる人かもの思わざらん」と歌った。保吉は勿論恋も知らず、万葉集の歌などと云うものはなおさら一つも知らなかった。が、日の光りに<ruby><rb>煙</rb><rt>けむ</rt></ruby>った海の何か妙にもの悲しい神秘を感じさせたのは事実である。彼は海へ張り出した<ruby><rb>葭簾張</rb><rt>よしずば</rt></ruby>りの茶屋の手すりにいつまでも海を眺めつづけた。海は白じろと<ruby><rb>赫</rb><rt>かがや</rt></ruby>いた帆かけ船を<ruby><rb>何艘</rb><rt>なんそう</rt></ruby>も浮かべている。長い煙を空へ引いた二本マストの汽船も浮かべている。翼の長い<ruby><rb>一群</rb><rt>いちぐん</rt></ruby>の<ruby><rb>鴎</rb><rt>かもめ</rt></ruby>はちょうど猫のように啼きかわしながら、海面を斜めに飛んで行った。あの船や鴎はどこから来、どこへ行ってしまうのであろう？　海はただ<ruby><rb>幾重</rb><rt>いくえ</rt></ruby>かの<ruby><rb>海苔粗朶</rb><rt>のりそだ</rt></ruby>の向うに青あおと煙っているばかりである。……

けれども海の不可思議を一層<ruby><rb>鮮</rb><rt>あざや</rt></ruby>かに感じたのは<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>になった父や<ruby><rb>叔父</rb><rt>おじ</rt></ruby>と<ruby><rb>遠浅</rb><rt>とおあさ</rt></ruby>の<ruby><rb>渚</rb><rt>なぎさ</rt></ruby>へ下りた時である。保吉は初め砂の上へ静かに寄せて来るさざ波を怖れた。が、それは父や叔父と海の中へはいりかけたほんの二三分の感情だった。その<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>の彼はさざ波は勿論、あらゆる海の<ruby><rb>幸</rb><rt>さち</rt></ruby>を享楽した。茶屋の手すりに眺めていた海はどこか見知らぬ顔のように、珍らしいと同時に<ruby><rb>無気味</rb><rt>ぶきみ</rt></ruby>だった。――しかし<ruby><rb>干潟</rb><rt>ひがた</rt></ruby>に立って見る海は大きい<ruby><rb>玩具箱</rb><rt>おもちゃばこ</rt></ruby>と同じことである。玩具箱！　彼は実際神のように海と云う世界を玩具にした。<ruby><rb>蟹</rb><rt>かに</rt></ruby>や<ruby><rb>寄生貝</rb><rt>やどかり</rt></ruby>は<ruby><rb>眩</rb><rt>まば</rt></ruby>ゆい<ruby><rb>干潟</rb><rt>ひがた</rt></ruby>を<ruby><rb>右往左往</rb><rt>うおうざおう</rt></ruby>に歩いている。浪は今彼の前へ一ふさの海草を運んで来た。あの<ruby><rb>喇叭</rb><rt>らっぱ</rt></ruby>に似ているのもやはり<ruby><rb>法螺貝</rb><rt>ほらがい</rt></ruby>と云うのであろうか？　この砂の中に隠れているのは<ruby><rb>浅蜊</rb><rt>あさり</rt></ruby>と云う貝に違いない。……

保吉の享楽は壮大だった。けれどもこう云う享楽の中にも多少の寂しさのなかった<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>ではない。彼は従来海の色を青いものと信じていた。両国の「<ruby><rb>大平</rb><rt>だいへい</rt></ruby>」に売っている<ruby><rb>月耕</rb><rt>げっこう</rt></ruby>や<ruby><rb>年方</rb><rt>としかた</rt></ruby>の<ruby><rb>錦絵</rb><rt>にしきえ</rt></ruby>をはじめ、当時流行の<ruby><rb>石版画</rb><rt>せきばんえ</rt></ruby>の海はいずれも同じようにまっ<ruby><rb>青</rb><rt>さお</rt></ruby>だった。殊に<ruby><rb>縁日</rb><rt>えんにち</rt></ruby>の「からくり」の見せる<ruby><rb>黄海</rb><rt>こうかい</rt></ruby>の海戦の光景などは黄海と云うのにも<ruby><rb>関</rb><rt>かかわ</rt></ruby>らず、毒々しいほど青い<ruby><rb>浪</rb><rt>なみ</rt></ruby>に白い浪がしらを躍らせていた。しかし目前の海の色は――なるほど目前の海の色も沖だけは青あおと<ruby><rb>煙</rb><rt>けむ</rt></ruby>っている。が、<ruby><rb>渚</rb><rt>なぎさ</rt></ruby>に近い海は少しも青い色を帯びていない。正にぬかるみのたまり水と選ぶ所のない<ruby><rb>泥色</rb><rt>どろいろ</rt></ruby>をしている。いや、ぬかるみのたまり水よりも一層<ruby><rb>鮮</rb><rt>あざや</rt></ruby>かな<ruby><rb>代赭色</rb><rt>たいしゃいろ</rt></ruby>をしている。彼はこの代赭色の海に予期を裏切られた寂しさを感じた。しかしまた同時に勇敢にも<ruby><rb>残酷</rb><rt>ざんこく</rt></ruby>な現実を承認した。海を青いと考えるのは沖だけ見た<ruby><rb>大人</rb><rt>おとな</rt></ruby>の誤りである。これは誰でも彼のように海水浴をしさえすれば、異存のない真理に違いない。海は実は代赭色をしている。バケツの<ruby><rb>錆</rb><rt>さび</rt></ruby>に似た代赭色をしている。

三十年前の保吉の態度は三十年後の保吉にもそのまま<ruby><rb>当嵌</rb><rt>あてはま</rt></ruby>る態度である。代赭色の海を承認するのは一刻も早いのに越したことはない。かつまたこの代赭色の海を青い海に変えようとするのは<ruby><rb>所詮</rb><rt>しょせん</rt></ruby><ruby><rb>徒労</rb><rt>とろう</rt></ruby>に<ruby><rb>畢</rb><rt>おわ</rt></ruby>るだけである。それよりも代赭色の海の<ruby><rb>渚</rb><rt>なぎさ</rt></ruby>に美しい貝を発見しよう。海もそのうちには沖のように一面に青あおとなるかも知れない。が、将来に<ruby><rb>惝</rb><rt>あこが</rt></ruby>れるよりもむしろ現在に安住しよう。――保吉は予言者的精神に富んだ二三の友人を尊敬しながら、しかもなお心の一番底には<ruby><rb>不相変</rb><rt>あいかわらず</rt></ruby>ひとりこう思っている。

大森の海から帰った後、母はどこかへ行った帰りに「<ruby><rb>日本昔噺</rb><rt>にほんむかしばなし</rt></ruby>」の中にある「<ruby><rb>浦島太郎</rb><rt>うらしまたろう</rt></ruby>」を買って来てくれた。こう云うお<ruby><rb>伽噺</rb><rt>とぎばなし</rt></ruby>を読んで<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>うことの楽しみだったのは勿論である。が、彼はそのほかにももう一つ楽しみを持ち合せていた。それはあり合せの水絵具に一々<ruby><rb>挿絵</rb><rt>さしえ</rt></ruby>を<ruby><rb>彩</rb><rt>いろど</rt></ruby>ることだった。彼はこの「浦島太郎」にも早速彩色を加えることにした。「浦島太郎」は一冊の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>十</rb><rt>とお</rt></ruby>ばかりの挿絵を含んでいる。彼はまず浦島太郎の<ruby><rb>竜宮</rb><rt>りゅうぐう</rt></ruby>を去るの図を<ruby><rb>彩</rb><rt>いろど</rt></ruby>りはじめた。竜宮は緑の屋根瓦に赤い柱のある宮殿である。<ruby><rb>乙姫</rb><rt>おとひめ</rt></ruby>は――彼はちょっと考えた<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、乙姫もやはり衣裳だけは一面に赤い色を塗ることにした。浦島太郎は考えずとも<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い、漁夫の着物は濃い<ruby><rb>藍色</rb><rt>あいいろ</rt></ruby>、<ruby><rb>腰蓑</rb><rt>こしみの</rt></ruby>は薄い<ruby><rb>黄色</rb><rt>きいろ</rt></ruby>である。ただ細い<ruby><rb>釣竿</rb><rt>つりざお</rt></ruby>にずっと黄色をなするのは<ruby><rb>存外</rb><rt>ぞんがい</rt></ruby>彼にはむずかしかった。<ruby><rb>蓑亀</rb><rt>みのがめ</rt></ruby>も毛だけを緑に塗るのは<ruby><rb>中々</rb><rt>なかなか</rt></ruby>なまやさしい仕事ではない。最後に海は代赭色である。バケツの<ruby><rb>錆</rb><rt>さび</rt></ruby>に似た代赭色である。――保吉はこう云う色彩の調和に芸術家らしい満足を感じた。殊に<ruby><rb>乙姫</rb><rt>おとひめ</rt></ruby>や<ruby><rb>浦島太郎</rb><rt>うらしまたろう</rt></ruby>の顔へ薄赤い色を加えたのは<ruby><rb>頗</rb><rt>すこぶ</rt></ruby>る<ruby><rb>生動</rb><rt>せいどう</rt></ruby>の<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>でも伝えたもののように信じていた。

保吉は<ruby><rb>匇々</rb><rt>そうそう</rt></ruby>母のところへ彼の作品を見せに行った。何か<ruby><rb>縫</rb><rt>ぬい</rt></ruby>ものをしていた母は老眼鏡の<ruby><rb>額越</rb><rt>ひたいご</rt></ruby>しに挿絵の彩色へ目を移した。彼は当然母の口から<ruby><rb>褒</rb><rt>ほ</rt></ruby>め言葉の出るのを予期していた。しかし母はこの彩色にも彼ほど感心しないらしかった。

「海の色は<ruby><rb>可笑</rb><rt>おか</rt></ruby>しいねえ。なぜ青い色に塗らなかったの？」

「だって海はこう云う色なんだもの。」

「<ruby><rb>代赭色</rb><rt>たいしゃいろ</rt></ruby>の海なんぞあるものかね。」

「大森の海は代赭色じゃないの？」

「大森の海だってまっ<ruby><rb>青</rb><rt>さお</rt></ruby>だあね。」

「ううん、ちょうどこんな色をしていた。」

母は彼の<ruby><rb>強情</rb><rt>ごうじょう</rt></ruby>さ加減に驚嘆を<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>えた<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>を<ruby><rb>洩</rb><rt>も</rt></ruby>らした。が、どんなに説明しても、――いや、<ruby><rb>癇癪</rb><rt>かんしゃく</rt></ruby>を起して彼の「浦島太郎」を引き<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>いた<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>さえ、この疑う余地のない代赭色の海だけは信じなかった。……「海」の話はこれだけである。もっとも<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>の保吉は話の<ruby><rb>体裁</rb><rt>ていさい</rt></ruby>を整えるために、もっと小説の結末らしい結末をつけることも困難ではない。たとえば話を終る前に、こう云う<ruby><rb>数行</rb><rt>すうぎょう</rt></ruby>をつけ加えるのである。――「保吉は母との問答の中にもう一つ重大な発見をした。それは誰も代赭色の海には、――人生に横わる代赭色の海にも目をつぶり易いと云うことである。」

けれどもこれは事実ではない。のみならず満潮は大森の海にも青い色の<ruby><rb>浪</rb><rt>なみ</rt></ruby>を立たせている。すると現実とは代赭色の海か、それともまた青い色の海か？　<ruby><rb>所詮</rb><rt>しょせん</rt></ruby>は我々のリアリズムも甚だ<ruby><rb>当</rb><rt>あて</rt></ruby>にならぬと云うほかはない。かたがた保吉は前のような無技巧に話を終ることにした。が、話の<ruby><rb>体裁</rb><rt>ていさい</rt></ruby>は？――芸術は諸君の云うように何よりもまず内容である。形容などはどうでも差支えない。

五　幻燈

「このランプへこう火をつけて頂きます。」

<ruby><rb>玩具屋</rb><rt>おもちゃや</rt></ruby>の主人は金属製のランプへ黄色いマッチの火をともした。それから<ruby><rb>幻燈</rb><rt>げんとう</rt></ruby>の<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろの戸をあけ、そっとそのランプを器械の中へ移した。<ruby><rb>七歳</rb><rt>しちさい</rt></ruby>の<ruby><rb>保吉</rb><rt>やすきち</rt></ruby>は息もつかずに、テエブルの前へ及び腰になった主人の手もとを眺めている。<ruby><rb>綺麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>に髪を左から分けた、妙に色の蒼白い主人の手もとを眺めている。時間はやっと三時頃であろう。玩具屋の外の<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>戸は一ぱいに当った日の光りの中に絶え間のない人通りを<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>している。が、玩具屋の店の中は――殊にこの玩具の<ruby><rb>空箱</rb><rt>あきばこ</rt></ruby>などを<ruby><rb>無造作</rb><rt>むぞうさ</rt></ruby>に積み上げた店の隅は日の暮の薄暗さと変りはない。保吉はここへ来た時に何か気味悪さに近いものを感じた。しかし今は幻燈に――幻燈を映して見せる主人にあらゆる感情を忘れている。いや、彼の後ろに立った父の存在さえ忘れている。

「ランプを入れて頂きますと、あちらへああ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">月が出ますから</span>、――」

やっと腰を起した主人は保吉と云うよりもむしろ父へ向うの<ruby><rb>白壁</rb><rt>しらかべ</rt></ruby>を指し示した。幻燈はその白壁の上へちょうど<ruby><rb>差渡</rb><rt>さしわた</rt></ruby>し三尺ばかりの光りの円を<ruby><rb>描</rb><rt>えが</rt></ruby>いている。柔かに黄ばんだ光りの円はなるほど月に似ているかも知れない。が、白壁の<ruby><rb>蜘蛛</rb><rt>くも</rt></ruby>の巣や<ruby><rb>埃</rb><rt>ほこり</rt></ruby>もそこだけはありありと目に見えている。

「こちらへこう<ruby><rb>画</rb><rt>え</rt></ruby>をさすのですな。」

かたりと云う音の聞えたと思うと、光りの円はいつのまにかぼんやりと何か映している。保吉は金属の熱する<ruby><rb>匂</rb><rt>におい</rt></ruby>に一層好奇心を<ruby><rb>刺戟</rb><rt>しげき</rt></ruby>されながら、じっとその何かへ目を注いだ。何か、――まだそこに映ったものは風景か人物かも判然しない。ただわずかに見分けられるのははかない<ruby><rb>石鹸玉</rb><rt>しゃぼんだま</rt></ruby>に似た色彩である。いや、色彩の似たばかりではない。この白壁に映っているのはそれ自身大きい石鹸玉である。夢のようにどこからか<ruby><rb>漂</rb><rt>ただよ</rt></ruby>って来た薄明りの中の石鹸玉である。

「あのぼんやりしているのはレンズのピントを合せさえすれば――この前にあるレンズですな。――<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に御覧の通りはっきりなります。」

主人はもう一度及び腰になった。と同時に石鹸玉は見る見る一枚の風景画に変った。もっとも日本の風景画ではない。水路の両側に家々の<ruby><rb>聳</rb><rt>そび</rt></ruby>えたどこか西洋の風景画である。時刻はもう日の暮に近い頃であろう。<ruby><rb>三日月</rb><rt>みかづき</rt></ruby>は右手の家々の空にかすかに光りを放っている。その三日月も、家々も、家々の窓の<ruby><rb>薔薇</rb><rt>ばら</rt></ruby>の花も、ひっそりと<ruby><rb>湛</rb><rt>たた</rt></ruby>えた水の上へ<ruby><rb>鮮</rb><rt>あざや</rt></ruby>かに影を落している。人影は勿論、見渡したところ<ruby><rb>鴎</rb><rt>かもめ</rt></ruby>一羽浮んでいない。水はただ<ruby><rb>突当</rb><rt>つきあた</rt></ruby>りの橋の下へまっ直に一すじつづいている。

「イタリヤのベニスの風景でございます。」

三十年後の保吉にヴェネチアの魅力を教えたのはダンヌンチオの小説である。けれども当時の保吉はこの家々だの水路だのにただたよりのない寂しさを感じた。彼の愛する風景は大きい<ruby><rb>丹塗</rb><rt>にぬ</rt></ruby>りの<ruby><rb>観音堂</rb><rt>かんのんどう</rt></ruby>の前に無数の<ruby><rb>鳩</rb><rt>はと</rt></ruby>の飛ぶ<ruby><rb>浅草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>である。あるいはまた高い時計台の下に鉄道馬車の通る銀座である。それらの風景に比べると、この家々だの水路だのは何と云う寂しさに満ちているのであろう。鉄道馬車や鳩は見えずとも<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い。せめては向うの橋の上に一列の汽車でも<ruby><rb>通</rb><rt>とお</rt></ruby>っていたら、――ちょうどこう思った<ruby><rb>途端</rb><rt>とたん</rt></ruby>である。大きいリボンをした少女が一人、右手に並んだ窓の一つから突然小さい顔を出した。どの窓かははっきり覚えていない。しかし大体三日月の下の窓だったことだけは確かである。少女は顔を出したと思うと、さらにその顔をこちらへ向けた。それから――<ruby><rb>遠目</rb><rt>とおめ</rt></ruby>にも愛くるしい顔に疑う余地のない<ruby><rb>頬笑</rb><rt>ほほえ</rt></ruby>みを浮かべた？　が、それは<ruby><rb>掛</rb><rt>か</rt></ruby>け<ruby><rb>価</rb><rt>ね</rt></ruby>のない一二秒の間の出来ごとである。思わず「おや」と目を見はった時には、少女はもういつのまにか窓の中へ姿を隠したのであろう。窓はどの窓も同じように<ruby><rb>人気</rb><rt>ひとけ</rt></ruby>のない窓かけを<ruby><rb>垂</rb><rt>た</rt></ruby>らしている。……

「さあ、もう<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>しかたはわかったろう？」

父の言葉は茫然とした彼を現実の世界へ呼び戻した。父は葉巻を<ruby><rb>啣</rb><rt>くわ</rt></ruby>えたまま、<ruby><rb>退屈</rb><rt>たいくつ</rt></ruby>そうに後ろに<ruby><rb>佇</rb><rt>たたず</rt></ruby>んでいる。<ruby><rb>玩具屋</rb><rt>おもちゃや</rt></ruby>の外の往来も<ruby><rb>不相変</rb><rt>あいかわらず</rt></ruby>人通りを絶たないらしい。主人も――綺麗に髪を分けた主人は<ruby><rb>小手調</rb><rt>こてしら</rt></ruby>べをすませた<ruby><rb>手品師</rb><rt>てじなし</rt></ruby>のように、妙な蒼白い<ruby><rb>頬</rb><rt>ほお</rt></ruby>のあたりへ満足の微笑を漂わせている。保吉は急にこの幻燈を一刻も早く彼の部屋へ持って帰りたいと思い出した。……

保吉はその晩父と一しょに<ruby><rb>蝋</rb><rt>ろう</rt></ruby>を引いた布の上へ、もう一度ヴェネチアの風景を映した。<ruby><rb>中空</rb><rt>ちゅうくう</rt></ruby>の三日月、両側の家々、家々の窓の<ruby><rb>薔薇</rb><rt>ばら</rt></ruby>の花を映した一すじの水路の水の光り、――それは皆前に見た通りである。が、あの愛くるしい少女だけはどうしたのか今度は顔を出さない。窓と云う窓はいつまで待っても、だらりと下った窓かけの<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>に家々の秘密を封じている。保吉はとうとう待ち遠しさに堪えかね、ランプの具合などを気にしていた父へ<ruby><rb>歎願</rb><rt>たんがん</rt></ruby>するように話しかけた。

「あの女の子はどうして出ないの？」

「女の子？　どこかに女の子がいるのかい？」

父は保吉の問の意味さえ、はっきりわからない様子である。

「ううん、いはしないけれども、顔だけ窓から出したじゃないの？」

「いつさ？」

「玩具屋の壁へ映した時に。」

「あの時も女の子なんぞは出やしないさ。」

「だって顔を出したのが見えたんだもの。」

「何を云っている？」

父は何と思ったか保吉の額へ手のひらをやった。それから急に保吉にもつけ景気とわかる大声を出した。

「さあ、今度は何を映そう？」

けれども保吉は耳にもかけず、ヴェネチアの風景を眺めつづけた。窓は薄明るい水路の水に静かな窓かけを映している。しかしいつかはどこかの窓から、大きいリボンをした少女が一人、突然顔を出さぬものでもない。――彼はこう考えると、名状の出来ぬ<ruby><rb>懐</rb><rt>なつか</rt></ruby>しさを感じた。同時に従来知らなかったある嬉しい悲しさをも感じた。あの<ruby><rb>画</rb><rt>え</rt></ruby>の幻燈の中にちらりと顔を出した少女は実際何か<ruby><rb>超自然</rb><rt>ちょうしぜん</rt></ruby>の霊が彼の目に姿を現わしたのであろうか？　あるいはまた少年に起り易い<ruby><rb>幻覚</rb><rt>げんかく</rt></ruby>の一種に過ぎなかったのであろうか？　それは勿論彼自身にも解決出来ないのに違いない。が、とにかく保吉は三十年後の<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>さえ、しみじみ<ruby><rb>塵労</rb><rt>じんろう</rt></ruby>に疲れた時にはこの永久に帰って来ないヴェネチアの少女を思い出している、ちょうど何年も顔をみない初恋の<ruby><rb>女人</rb><rt>にょにん</rt></ruby>でも思い出すように。

六　お母さん

八歳か<ruby><rb>九歳</rb><rt>くさい</rt></ruby>の時か、とにかくどちらかの秋である。陸軍大将の<ruby><rb>川島</rb><rt>かわしま</rt></ruby>は<ruby><rb>回向院</rb><rt>えこういん</rt></ruby>の<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬ</rt></ruby>れ<ruby><rb>仏</rb><rt>ぼとけ</rt></ruby>の<ruby><rb>石壇</rb><rt>いしだん</rt></ruby>の前に<ruby><rb>佇</rb><rt>たたず</rt></ruby>みながら、<ruby><rb>味</rb><rt>み</rt></ruby>かたの軍隊を<ruby><rb>検閲</rb><rt>けんえつ</rt></ruby>した。もっとも軍隊とは云うものの、味かたは<ruby><rb>保吉</rb><rt>やすきち</rt></ruby>とも四人しかいない。それも<ruby><rb>金釦</rb><rt>きんボタン</rt></ruby>の制服を着た保吉一人を例外に、あとはことごとく<ruby><rb>紺飛白</rb><rt>こんがすり</rt></ruby>や<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>くら<ruby><rb>縞</rb><rt>じま</rt></ruby>の<ruby><rb>筒袖</rb><rt>つつそで</rt></ruby>を着ているのである。

これは勿論国技館の影の<ruby><rb>境内</rb><rt>けいだい</rt></ruby>に落ちる回向院ではない。まだ<ruby><rb>野分</rb><rt>のわき</rt></ruby>の朝などには<ruby><rb>鼠小僧</rb><rt>ねずみこぞう</rt></ruby>の墓のあたりにも<ruby><rb>銀杏落葉</rb><rt>いちょうおちば</rt></ruby>の山の出来る<ruby><rb>二昔前</rb><rt>ふたむかしまえ</rt></ruby>の回向院である。妙に<ruby><rb>鄙</rb><rt>ひな</rt></ruby>びた当時の景色――江戸と云うよりも江戸のはずれの<ruby><rb>本所</rb><rt>ほんじょ</rt></ruby>と云う当時の景色はとうの昔に消え去ってしまった。しかしただ<ruby><rb>鳩</rb><rt>はと</rt></ruby>だけは同じことである。いや、鳩も違っているかも知れない。その日も濡れ仏の石壇のまわりはほとんど鳩で一ぱいだった。が、どの鳩も<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>のように<ruby><rb>小綺麗</rb><rt>こぎれい</rt></ruby>に見えはしなかったらしい。「門前の<ruby><rb>土鳩</rb><rt>どばと</rt></ruby>を友や<ruby><rb>樒売</rb><rt>しきみう</rt></ruby>り」――こう云う<ruby><rb>天保</rb><rt>てんぽう</rt></ruby>の俳人の作は必ずしも回向院の<ruby><rb>樒売</rb><rt>しきみう</rt></ruby>りをうたったものとは限らないであろう。それとも保吉はこの句さえ見れば、いつも濡れ仏の石壇のまわりにごみごみ群がっていた鳩を、――<ruby><rb>喉</rb><rt>のど</rt></ruby>の奥にこもる声に薄日の光りを<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>わせていた鳩を思い出さずにはいられないのである。

<ruby><rb>鑢屋</rb><rt>やすりや</rt></ruby>の子の川島は悠々と検閲を終った<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、目くら縞の懐ろからナイフだのパチンコだのゴム<ruby><rb>鞠</rb><rt>まり</rt></ruby>だのと一しょに<ruby><rb>一束</rb><rt>ひとたば</rt></ruby>の<ruby><rb>画札</rb><rt>えふだ</rt></ruby>を取り出した。これは<ruby><rb>駄菓子屋</rb><rt>だがしや</rt></ruby>に売っている<ruby><rb>行軍将棋</rb><rt>こうぐんしょうぎ</rt></ruby>の画札である。川島は彼等に一枚ずつその画札を渡しながら、四人の部下を任命（？）した。ここにその任命を公表すれば、<ruby><rb>桶屋</rb><rt>おけや</rt></ruby>の子の<ruby><rb>平松</rb><rt>ひらまつ</rt></ruby>は陸軍少将、巡査の子の<ruby><rb>田宮</rb><rt>たみや</rt></ruby>は陸軍大尉、<ruby><rb>小間物</rb><rt>こまもの</rt></ruby>屋の子の<ruby><rb>小栗</rb><rt>おぐり</rt></ruby>はただの<ruby><rb>工兵</rb><rt>こうへい</rt></ruby>、<ruby><rb>堀川保吉</rb><rt>ほりかわやすきち</rt></ruby>は<ruby><rb>地雷火</rb><rt>じらいか</rt></ruby>である。地雷火は悪い役ではない。ただ工兵にさえ出合わなければ、大将をも<ruby><rb>俘</rb><rt>とりこ</rt></ruby>に出来る役である。保吉は<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>得意だった。が、<ruby><rb>円</rb><rt>まろ</rt></ruby>まろと<ruby><rb>肥</rb><rt>ふと</rt></ruby>った小栗は任命の終るか終らないのに、工兵になる不平を訴え出した。

「工兵じゃつまらないなあ。よう、川島さん。あたいも地雷火にしておくれよ、よう。」

「お前はいつだって俘になるじゃないか？」

川島は<ruby><rb>真顔</rb><rt>まがお</rt></ruby>にたしなめた。けれども小栗はまっ赤になりながら、少しも<ruby><rb>怯</rb><rt>ひる</rt></ruby>まずに云い返した。

「嘘をついていらあ。この前に大将を<ruby><rb>俘</rb><rt>とりこ</rt></ruby>にしたのだってあたいじゃないか？」

「そうか？　じゃこの次には大尉にしてやる。」

川島はにやりと笑ったと思うと、たちまち小栗を<ruby><rb>懐柔</rb><rt>かいじゅう</rt></ruby>した。保吉は<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby>にこの少年の<ruby><rb>悪智慧</rb><rt>わるぢえ</rt></ruby>の鋭さに驚いている。川島は小学校も終らないうちに、熱病のために死んでしまった。が、万一死なずにいた上、幸いにも教育を受けなかったとすれば、少くとも今は年少気鋭の市会議員か何かになっていたはずである。……

「開戦！」

この時こう云う声を挙げたのは<ruby><rb>表門</rb><rt>おもてもん</rt></ruby>の前に陣取った、やはり四五人の敵軍である。敵軍はきょうも弁護士の子の<ruby><rb>松本</rb><rt>まつもと</rt></ruby>を大将にしているらしい。<ruby><rb>紺飛白</rb><rt>こんがすり</rt></ruby>の胸に赤シャツを出した、髪の毛を分けた松本は開戦の<ruby><rb>合図</rb><rt>あいず</rt></ruby>をするためか、高だかと学校帽をふりまわしている。

「開戦！」

<ruby><rb>画札</rb><rt>えふだ</rt></ruby>を握った保吉は川島の号令のかかると共に、誰よりも先へ<ruby><rb>吶喊</rb><rt>とっかん</rt></ruby>した。同時にまた静かに群がっていた鳩は<ruby><rb>夥</rb><rt>おびただ</rt></ruby>しい<ruby><rb>羽音</rb><rt>はおと</rt></ruby>を立てながら、大まわりに<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>ぞらへ舞い上った。それから――それからは<ruby><rb>未曾有</rb><rt>みぞう</rt></ruby>の激戦である。<ruby><rb>硝煙</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>は見る見る山をなし、敵の砲弾は雨のように彼等のまわりへ爆発した。しかし<ruby><rb>味</rb><rt>み</rt></ruby>かたは勇敢にじりじり敵陣へ<ruby><rb>肉薄</rb><rt>にくはく</rt></ruby>した。もっとも敵の<ruby><rb>地雷火</rb><rt>じらいか</rt></ruby>は<ruby><rb>凄</rb><rt>すさ</rt></ruby>まじい<ruby><rb>火柱</rb><rt>ひばしら</rt></ruby>をあげるが早いか、味かたの少将を<ruby><rb>粉微塵</rb><rt>こなみじん</rt></ruby>にした。が、敵軍も大佐を失い、その次にはまた保吉の恐れる唯一の工兵を失ってしまった。これを見た味かたは今までよりも一層猛烈に攻撃をつづけた。――と云うのは勿論事実ではない。ただ保吉の空想に映じた<ruby><rb>回向院</rb><rt>えこういん</rt></ruby>の激戦の光景である。けれども彼は落葉だけ明るい、もの<ruby><rb>寂</rb><rt>さ</rt></ruby>びた<ruby><rb>境内</rb><rt>けいだい</rt></ruby>を<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けまわりながら、ありありと硝煙の<ruby><rb>匂</rb><rt>におい</rt></ruby>を感じ、飛び違う砲火の<ruby><rb>閃</rb><rt>ひらめ</rt></ruby>きを感じた。いや、ある時は大地の底に爆発の機会を待っている地雷火の心さえ感じたものである。こう云う<ruby><rb>溌剌</rb><rt>はつらつ</rt></ruby>とした空想は中学校へはいった<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、いつのまにか彼を見離してしまった。<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>の彼は<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>ごっこの中に<ruby><rb>旅順港</rb><rt>りょじゅんこう</rt></ruby>の激戦を見ないばかりではない、むしろ旅順港の激戦の中にも戦ごっこを見ているばかりである。しかし<ruby><rb>追憶</rb><rt>ついおく</rt></ruby>は幸いにも少年時代へ彼を呼び返した。彼はまず何を<ruby><rb>措</rb><rt>お</rt></ruby>いても、当時の空想を再びする無上の快楽を捉えなければならぬ。――

硝煙は見る見る山をなし、敵の砲弾は雨のように彼等のまわりへ爆発した。保吉はその中を<ruby><rb>一文字</rb><rt>いちもんじ</rt></ruby>に敵の大将へ飛びかかった。敵の大将は身を<ruby><rb>躱</rb><rt>かわ</rt></ruby>すと、一散に陣地へ逃げこもうとした。保吉はそれへ追いすがった。と思うと石に<ruby><rb>躓</rb><rt>つまず</rt></ruby>いたのか、<ruby><rb>仰向</rb><rt>あおむ</rt></ruby>けにそこへ<ruby><rb>転</rb><rt>ころ</rt></ruby>んでしまった。同時にまた勇ましい空想も<ruby><rb>石鹸玉</rb><rt>しゃぼんだま</rt></ruby>のように消えてしまった。もう彼は光栄に満ちた一瞬間前の地雷火ではない。顔は一面に鼻血にまみれ、ズボンの膝は大穴のあいた、<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>も何もない少年である。彼はやっと立ち上ると、思わず大声に泣きはじめた。敵味方の少年はこの騒ぎにせっかくの激戦も中止したまま、保吉のまわりへ集まったらしい。「やあ、負傷した」と云うものもある。「仰向けにおなりよ」と云うものもある。「おいらのせいじゃなあい」と云うものもある。が、保吉は痛みよりも名状の出来ぬ悲しさのために、二の腕に顔を隠したなり、いよいよ懸命に泣きつづけた。すると突然耳もとに<ruby><rb>嘲笑</rb><rt>ちょうしょう</rt></ruby>の声を挙げたのは陸軍大将の川島である。

「やあい、お母さんて泣いていやがる！」

川島の言葉はたちまちのうちに敵味方の言葉を笑い声に変じた。殊に大声に笑い出したのは地雷火になり<ruby><rb>損</rb><rt>そこな</rt></ruby>った小栗である。

「<ruby><rb>可笑</rb><rt>おか</rt></ruby>しいな。お母さんて泣いていやがる！」

けれども保吉は泣いたにもせよ、「お母さん」などと云った覚えはない。それを云ったように<ruby><rb>誣</rb><rt>し</rt></ruby>いるのはいつもの川島の意地悪である。――こう思った彼は悲しさにも増した<ruby><rb>口惜</rb><rt>くや</rt></ruby>しさに一ぱいになったまま、さらにまた<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>え泣きに泣きはじめた。しかしもう<ruby><rb>意気地</rb><rt>いくじ</rt></ruby>のない彼には誰一人好意を示すものはいない。のみならず彼等は口々に川島の言葉を<ruby><rb>真似</rb><rt>まね</rt></ruby>しながら、ちりぢりにどこかへ<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>け出して行った。

「やあい、お母さんって泣いていやがる！」

保吉は次第に遠ざかる彼等の声を憎み憎み、いつかまた彼の足もとへ下りた無数の鳩にも目をやらずに、永い間<ruby><rb>啜</rb><rt>すす</rt></ruby>り泣きをやめなかった。

保吉は<ruby><rb>爾来</rb><rt>じらい</rt></ruby>この「お母さん」を全然川島の発明した<ruby><rb>譃</rb><rt>うそ</rt></ruby>とばかり信じていた。ところがちょうど三年以前、<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>へ上陸すると同時に、東京から持ち越したインフルエンザのためにある病院へはいることになった。熱は病院へはいった<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>も容易に彼を離れなかった。彼は白い<ruby><rb>寝台</rb><rt>しんだい</rt></ruby>の上に<ruby><rb>朦朧</rb><rt>もうろう</rt></ruby>とした目を開いたまま、<ruby><rb>蒙古</rb><rt>もうこ</rt></ruby>の春を運んで来る<ruby><rb>黄沙</rb><rt>こうさ</rt></ruby>の<ruby><rb>凄</rb><rt>すさま</rt></ruby>じさを眺めたりしていた。するとある<ruby><rb>蒸暑</rb><rt>むしあつ</rt></ruby>い午後、小説を読んでいた看護婦は突然<ruby><rb>椅子</rb><rt>いす</rt></ruby>を離れると、寝台の側へ歩み寄りながら、不思議そうに彼の顔を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>きこんだ。

「あら、お目覚になっていらっしゃるんですか？」

「どうして？」

「だって今お母さんって<ruby><rb>仰有</rb><rt>おっしゃ</rt></ruby>ったじゃありませんか？」

保吉はこの言葉を聞くが早いか、<ruby><rb>回向院</rb><rt>えこういん</rt></ruby>の<ruby><rb>境内</rb><rt>けいだい</rt></ruby>を思い出した。川島もあるいは意地の悪い譃をついたのではなかったかも知れない。

（大正十三年四月）