一

<ruby><rb>小野</rb><rt>おの</rt></ruby>の<ruby><rb>小町</rb><rt>こまち</rt></ruby>、<ruby><rb>几帳</rb><rt>きちょう</rt></ruby>の陰に<ruby><rb>草紙</rb><rt>そうし</rt></ruby>を読んでいる。そこへ突然<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の<ruby><rb>使</rb><rt>つかい</rt></ruby>が現れる。黄泉の使は色の黒い若者。しかも耳は<ruby><rb>兎</rb><rt>うさぎ</rt></ruby>の耳である。

小町　（驚きながら）誰です、あなたは？

使　黄泉の使です。

小町　黄泉の使！　ではもうわたしは死ぬのですか？　もうこの世にはいられないのですか？　まあ、少し待って下さい。わたしはまだ二十一です。まだ美しい盛りなのです。どうか命は助けて下さい。

使　いけません。わたしは<ruby><rb>一天万乗</rb><rt>いってんばんじょう</rt></ruby>の君でも<ruby><rb>容赦</rb><rt>ようしゃ</rt></ruby>しない使なのです。

小町　あなたは<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>を知らないのですか？　わたしが今死んで御覧なさい。<ruby><rb>深草</rb><rt>ふかくさ</rt></ruby>の<ruby><rb>少将</rb><rt>しょうしょう</rt></ruby>はどうするでしょう？　わたしは少将と約束しました。天に在っては<ruby><rb>比翼</rb><rt>ひよく</rt></ruby>の鳥、地に在っては<ruby><rb>連理</rb><rt>れんり</rt></ruby>の枝、――ああ、あの約束を思うだけでも、わたしの胸は張り<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けるようです。少将はわたしの死んだことを聞けば、きっと<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>き<ruby><rb>死</rb><rt>じに</rt></ruby>に死んでしまうでしょう。

使　（つまらなそうに）歎き死が出来れば仕合せです。とにかく一度は恋されたのですから、……しかしそんなことはどうでもよろしい。さあ地獄へお<ruby><rb>伴</rb><rt>とも</rt></ruby>しましょう。

小町　いけません。いけません。あなたはまだ知らないのですか？　わたしはただの体ではありません。もう少将の<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>を宿しているのです。わたしが今死ぬとすれば、子供も、――可愛いわたしの子供も一しょに死ななければなりません。（泣きながら）あなたはそれでも<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>いと云うのですか？　<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>から闇へ子供をやっても、かまわないと云うのですか？

使　（ひるみながら）それはお子さんにはお気の毒です。しかし<ruby><rb>閻魔王</rb><rt>えんまおう</rt></ruby>の命令ですから、どうか一しょに来て下さい。何、地獄も考えるほど、悪いところではありません。昔から名高い美人や才子はたいてい地獄へ行っています。

小町　あなたは<ruby><rb>鬼</rb><rt>おに</rt></ruby>です。<ruby><rb>羅刹</rb><rt>らせつ</rt></ruby>です。わたしが死ねば少将も死にます。少将の<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>の子供も死にます。三人ともみんな死んでしまいます。いえ、そればかりではありません。年とったわたしの父や母もきっと一しょに死んでしまいます。（一層泣き声を立てながら）わたしは<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の使でも、もう少し優しいと思っていました。

使　（<ruby><rb>迷惑</rb><rt>めいわく</rt></ruby>そうに）わたしはお助け申したいのですが、……

小町　（生き返ったように顔を上げながら）ではどうか助けて下さい。五年でも十年でもかまいません。どうかわたしの<ruby><rb>寿命</rb><rt>じゅみょう</rt></ruby>を延ばして下さい。たった五年、たった十年、――子供さえ成人すれば<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>いのです。それでもいけないと云うのですか？

使　さあ、年限はかまわないのですが、――しかしあなたをつれて行かなければ代りが一人入るのです。あなたと同じ年頃の、……

小町　（<ruby><rb>興奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>しながら）では誰でもつれて行って下さい。わたしの<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>いの女の中にも、同じ年の女は二三人います。<ruby><rb>阿漕</rb><rt>あこぎ</rt></ruby>でも<ruby><rb>小松</rb><rt>こまつ</rt></ruby>でもかまいません。あなたの気に入ったのをつれて行って下さい。

使　いや、名前もあなたのように小町と云わなければいけないのです。

小町　小町！　誰か小町と云う人はいなかったかしら。ああ、います。います。（<ruby><rb>発作的</rb><rt>ほっさてき</rt></ruby>に笑い出しながら）<ruby><rb>玉造</rb><rt>たまつくり</rt></ruby>の<ruby><rb>小町</rb><rt>こまち</rt></ruby>と云う人がいます。あの人を代りにつれて行って下さい。

使　年もあなたと同じくらいですか？

小町　ええ、ちょうど同じくらいです。ただ<ruby><rb>綺麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>ではありませんが、――<ruby><rb>器量</rb><rt>きりょう</rt></ruby>などはどうでもかまわないのでしょう？

使　（<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいそ</rt></ruby>よく）悪い方が<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>いのです。同情しずにすみますから。

小町　（生き生きと）ではあの人に行って貰って下さい。あの人はこの世にいるよりも、地獄に住みたいと云っています。誰も<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>う人がいないものですから。

使　よろしい。その人をつれて行きましょう。ではお子さんを大事にして下さい。（<ruby><rb>得々</rb><rt>とくとく</rt></ruby>と）黄泉の使も<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>だけは心得ているつもりなのです。

使、突然また消え失せる。

小町　ああ、やっと助かった！　これも日頃信心する神や仏のお<ruby><rb>計</rb><rt>はか</rt></ruby>らいであろう。（手を合せる）<ruby><rb>八百万</rb><rt>やおよろず</rt></ruby>の神々、<ruby><rb>十方</rb><rt>じっぽう</rt></ruby>の<ruby><rb>諸菩薩</rb><rt>しょぼさつ</rt></ruby>、どうかこの<ruby><rb>嘘</rb><rt>うそ</rt></ruby>の<ruby><rb>剥</rb><rt>は</rt></ruby>げませぬように。

二

<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の使、<ruby><rb>玉造</rb><rt>たまつくり</rt></ruby>の<ruby><rb>小町</rb><rt>こまち</rt></ruby>を<ruby><rb>背負</rb><rt>せお</rt></ruby>いながら、<ruby><rb>闇穴道</rb><rt>あんけつどう</rt></ruby>を歩いて来る。

小町　（<ruby><rb>金切声</rb><rt>かなきりごえ</rt></ruby>を出しながら）どこへ行くのです？　どこへ行くのです？

使　地獄へ行くのです。

小町　地獄へ！　そんなはずはありません。現に<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのう</rt></ruby><ruby><rb>安倍</rb><rt>あべ</rt></ruby>の<ruby><rb>晴明</rb><rt>せいめい</rt></ruby>も<ruby><rb>寿命</rb><rt>じゅみょう</rt></ruby>は八十六と云っていました。

使　それは<ruby><rb>陰陽師</rb><rt>おんみょうじ</rt></ruby>の嘘でしょう。

小町　いいえ、嘘ではありません。安倍の晴明の云うことは何でもちゃんと当るのです。あなたこそ嘘をついているのでしょう。そら、返事に困っているではありませんか？

使　（<ruby><rb>独白</rb><rt>どくはく</rt></ruby>）どうもおれは正直すぎるようだ。

小町　まだ<ruby><rb>強情</rb><rt>ごうじょう</rt></ruby>を張るつもりなのですか？　さあ、正直に<ruby><rb>白状</rb><rt>はくじょう</rt></ruby>しておしまいなさい。

使　実はあなたにはお気の毒ですが、……

小町　そんなことだろうと思っていました。「お気の毒ですが、」どうしたのです？

使　あなたは<ruby><rb>小野</rb><rt>おの</rt></ruby>の<ruby><rb>小町</rb><rt>こまち</rt></ruby>の代りに地獄へ<ruby><rb>堕</rb><rt>お</rt></ruby>ちることになったのです。

小町　小野の小町の代りに！　それはまた一体どうしたんです？

使　あの人は今<ruby><rb>身持</rb><rt>みも</rt></ruby>ちだそうです。<ruby><rb>深草</rb><rt>ふかくさ</rt></ruby>の<ruby><rb>少将</rb><rt>しょうしょう</rt></ruby>の<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>とかを、……

小町　（<ruby><rb>憤然</rb><rt>ふんぜん</rt></ruby>と）それをほんとうだと思ったのですか？　嘘ですよ。あなた！　少将は今でもあの人のところへ<ruby><rb>百夜通</rb><rt>ももよがよ</rt></ruby>いをしているくらいですもの。少将の胤を宿すのはおろか、<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>ったことさえ一度もありはしません。嘘も、嘘も、真赤な嘘ですよ！

使　真赤な嘘？　そんなことはまさかないでしょう。

小町　では誰にでも聞いて御覧なさい。深草の少将の百夜通いと云えば、<ruby><rb>下司</rb><rt>げす</rt></ruby>の子供でも知っているはずです。それをあなたは嘘とも思わずに、……あの人の代りにわたしの命を、……ひどい。ひどい。ひどい。（泣き始める）

使　泣いてはいけません。泣くことは何もないのですよ。（背中から玉造の小町を<ruby><rb>下</rb><rt>おろ</rt></ruby>す）あなたは始終この世よりも、地獄に住みたがっていたでしょう。して見ればわたしの<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>されたのは、<ruby><rb>反</rb><rt>かえ</rt></ruby>って仕合せではありませんか？

小町　（<ruby><rb>噛</rb><rt>か</rt></ruby>みつきそうに）誰がそんなことを云ったのです？

使　（<ruby><rb>怯</rb><rt>お</rt></ruby>ず<ruby><rb>怯</rb><rt>お</rt></ruby>ず）やっぱりさっき小野の小町が、……

小町　まあ、何と云う<ruby><rb>図々</rb><rt>ずうずう</rt></ruby>しい人だ！　嘘つき！　<ruby><rb>九尾</rb><rt>きゅうび</rt></ruby>の狐！　男たらし！　<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>り！　<ruby><rb>尼天狗</rb><rt>あまてんぐ</rt></ruby>！　おひきずり！　もうもうもう、今度顔を合せたが最後、きっと<ruby><rb>喉笛</rb><rt>のどぶえ</rt></ruby>に<ruby><rb>噛</rb><rt>か</rt></ruby>みついてやるから。<ruby><rb>口惜</rb><rt>くや</rt></ruby>しい。口惜しい。口惜しい。（<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の使をこづきまわす）

使　まあ、待って下さい。わたしは何も知らなかったのですから、――まあ、この手をゆるめて下さい。

小町　一体あなたが<ruby><rb>莫迦</rb><rt>ばか</rt></ruby>ではありませんか？　そんな嘘を<ruby><rb>真</rb><rt>ま</rt></ruby>に受けるとは、……

使　しかし誰でも真に受けますよ。……あなたは何か小野の小町に<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>まれることでもあるのですか？

小町　（妙に微笑する）あるような、ないような、……まあ、あるのかも知れません。

使　するとその恨まれることと云うのは？

小町　（軽蔑するように）お<ruby><rb>互</rb><rt>たがい</rt></ruby>に女ではありませんか？

使　なるほど、美しい同士でしたっけ。

小町　あら、お<ruby><rb>世辞</rb><rt>せじ</rt></ruby>などはおよしなさい。

使　お世辞ではありませんよ。ほんとうに美しいと思っているのです。いや、口には云われないくらい美しいと思っているのです。

小町　まあ、あんな嬉しがらせばっかり！　あなたこそ黄泉には似合わない、美しいかたではありませんか？

使　こんな色の黒い男がですか？

小町　黒い<ruby><rb>方</rb><rt>ほう</rt></ruby>が<ruby><rb>立派</rb><rt>りっぱ</rt></ruby>ですよ。男らしい気がしますもの。

使　しかしこの耳は気味が悪いでしょう。

小町　あら、可愛いではありませんか？　ちょいとわたしに<ruby><rb>触</rb><rt>さわ</rt></ruby>らして下さい。わたしは<ruby><rb>兎</rb><rt>うさぎ</rt></ruby>が大好きなのですから。（使の兎の耳を<ruby><rb>玩弄</rb><rt>おもちゃ</rt></ruby>にする）もっとこっちへいらっしゃい。何だかわたしはあなたのためなら、死んでも<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いような気がしますよ。

使　（小町を<ruby><rb>抱</rb><rt>だ</rt></ruby>きながら）ほんとうですか？

小町　（半ば眼を閉じたまま）ほんとうならば？　

使　こうするのです。（<ruby><rb>接吻</rb><rt>せっぷん</rt></ruby>しようとする）

小町　（突きのける）いけません。

使　では、……では嘘なのですか？

小町　いいえ、嘘ではありません。ただあなたが本気かどうか、それさえわかれば<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>いのです。

使　では何でも云いつけて下さい。あなたの欲しいものは何ですか？　<ruby><rb>火鼠</rb><rt>ひねずみ</rt></ruby>の<ruby><rb>裘</rb><rt>かわごろも</rt></ruby>ですか、<ruby><rb>蓬莱</rb><rt>ほうらい</rt></ruby>の玉の枝ですか、それとも<ruby><rb>燕</rb><rt>つばめ</rt></ruby>の<ruby><rb>子安貝</rb><rt>こやすがい</rt></ruby>ですか？

小町　まあ、お待ちなさい。わたしのお願はこれだけです。――どうかわたしを生かして下さい。その代りに小野の小町を、――あの<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>らしい小野の小町を、わたしの代りにつれて行って下さい。

使　そんなことだけで<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>いのですか？　よろしい。あなたの云う通りにします。

小町　きっとですね？　まあ、嬉しい。きっとならば、……（使を引き寄せる）

使　ああ、わたしこそ死んでしまいそうです。

三

<ruby><rb>大勢</rb><rt>おおぜい</rt></ruby>の<ruby><rb>神将</rb><rt>しんしょう</rt></ruby>、あるいは<ruby><rb>戟</rb><rt>ほこ</rt></ruby>を<ruby><rb>執</rb><rt>と</rt></ruby>り、あるいは<ruby><rb>剣</rb><rt>けん</rt></ruby>を<ruby><rb>提</rb><rt>ひっさ</rt></ruby>げ、<ruby><rb>小野</rb><rt>おの</rt></ruby>の<ruby><rb>小町</rb><rt>こまち</rt></ruby>の屋根を<ruby><rb>護</rb><rt>まも</rt></ruby>っている。そこへ<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の使、<ruby><rb>蹌踉</rb><rt>そうろう</rt></ruby>と空へ現れる。

神将　誰だ、貴様は？

使　わたしは黄泉の使です。どうかそこを通して下さい。

神将　通すことはならぬ。

使　わたしは小町をつれに来たのです。

神将　小町を渡すことはなおさらならぬ。

使　なおさらならぬ？　あなたがたは一体何ものです？

神将　我々は<ruby><rb>天</rb><rt>あめ</rt></ruby>が<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>の<ruby><rb>陰陽師</rb><rt>おんみょうじ</rt></ruby>、<ruby><rb>安倍</rb><rt>あべ</rt></ruby>の<ruby><rb>晴明</rb><rt>せいめい</rt></ruby>の<ruby><rb>加持</rb><rt>かじ</rt></ruby>により、小町を守護する<ruby><rb>三十番神</rb><rt>さんじゅうばんじん</rt></ruby>じゃ。

使　三十番神！　あなたがたはあの嘘つきを、――あの男たらしを守護するのですか？

神将　黙れ！　か弱い女をいじめるばかりか、<ruby><rb>悪名</rb><rt>あくみょう</rt></ruby>を着せるとは<ruby><rb>怪</rb><rt>け</rt></ruby>しからぬやつじゃ。

使　何が悪名です？　小町はほんとうに、嘘つきの男たらしではありませんか？

神将　まだ云うな。よしよし、云うならば云って見ろ。その耳を二つとも<ruby><rb>削</rb><rt>そ</rt></ruby>いでしまうぞ。

使　しかし小町は現にわたしを……

神将　（<ruby><rb>憤然</rb><rt>ふんぜん</rt></ruby>と）この<ruby><rb>戟</rb><rt>ほこ</rt></ruby>を<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>らって<ruby><rb>往生</rb><rt>おうじょう</rt></ruby>しろ！　（使に飛びかかる）

使　助けてくれえ！　（消え失せる）

四

数十年<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>、老いたる女<ruby><rb>乞食</rb><rt>こじき</rt></ruby>二人、<ruby><rb>枯芒</rb><rt>かれすすき</rt></ruby>の原に話している。一人は小野の小町、他の一人は<ruby><rb>玉造</rb><rt>たまつくり</rt></ruby>の小町。

小野の小町　苦しい日ばかり続きますね。

玉造の小町　こんな苦しい思いをするより、死んだ方がましかも知れません。

小野の小町　（独り<ruby><rb>語</rb><rt>ごと</rt></ruby>のように）あの時に死ねば<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>かったのです。<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の使に会った時に、……

玉造の小町　おや、あなたもお会いになったのですか？

小野の小町　（<ruby><rb>疑</rb><rt>うたがい</rt></ruby>深そうに）あなたもと<ruby><rb>仰有</rb><rt>おっしゃ</rt></ruby>るのは？　あなたこそお会いになったのですか？

玉造の小町　（冷やかに）いいえ、わたしは会いません。

小野の小町　わたしの会ったのも<ruby><rb>唐</rb><rt>から</rt></ruby>の使です。

しばらくの<ruby><rb>間</rb><rt>あいだ</rt></ruby>沈黙。黄泉の使、<ruby><rb>忙</rb><rt>いそが</rt></ruby>しそうに通りかかる。

玉造の小町　┐

小野の小町　┘黄泉の使！　黄泉の使！

黄泉の使　誰です、わたしを呼びとめたのは？

玉造の小町　（小野の小町に）あなたは黄泉の使を御存知ではありませんか？

小野の小町　（玉造の小町に）あなたも知らないとはおっしゃれますまい。（黄泉の使に）このかたは玉造の小町です。あなたはとうに御存知でしょう。

玉造の小町　このかたは小野の小町です。やっぱりあなたのお<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>でしょう。

使　何、玉造の小町に小野の小町！　あなたがたが、――骨と皮ばかりの女乞食が！

小野の小町　どうせ骨と皮ばかりの女乞食ですよ。

玉造の小町　わたしに抱きついたのを忘れたのですか？

使　まあ、そう腹を立てずに下さい。あんまり変っていたものですから、つい口を<ruby><rb>辷</rb><rt>すべ</rt></ruby>らせたのです。……時にわたしを呼びとめたのは、何か用でもあるのですか？

小野の小町　ありますとも。ありますとも。どうか黄泉へつれて行って下さい。

玉造の小町　わたしも一しょにつれて行って下さい。

使　黄泉へつれて行け？　<ruby><rb>冗談</rb><rt>じょうだん</rt></ruby>を云ってはいけません。またわたしを<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>すのでしょう。

玉造の小町　あら、欺しなどするものですか！

小野の小町　ほんとうにどうかつれて行って下さい。

使　あなたがたを！　（首を振りながら）どうもわたしには受け合われません。またひどい目に会うのは<ruby><rb>嫌</rb><rt>いや</rt></ruby>ですから、誰かほかのものにお頼みなさい。

小野の小町　どうかわたしを<ruby><rb>憐</rb><rt>あわ</rt></ruby>れんで下さい。あなたも<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>は知っているはずです。

玉造の小町　そんなことを云わずに、つれて行って下さい。きっとあなたの妻になりますから。

使　<ruby><rb>駄目</rb><rt>だめ</rt></ruby>です。駄目です。あなたがたにかかり合うと――いや、あなたがたばかりではない、女と云うやつにかかり合うと、どんな目に会うかわかりません。あなたがたは<ruby><rb>虎</rb><rt>とら</rt></ruby>よりも強い。内心<ruby><rb>如夜叉</rb><rt>にょやしゃ</rt></ruby>の<ruby><rb>譬</rb><rt>たとえ</rt></ruby>通りです。第一あなたがたの涙の前には、誰でも<ruby><rb>意気地</rb><rt>いくじ</rt></ruby>がなくなってしまう。（小野の小町に）あなたの涙などは<ruby><rb>凄</rb><rt>すご</rt></ruby>いものですよ。

小野の小町　嘘です。嘘です。あなたはわたしの涙などに動かされたことはありません。

使　（耳にもかけずに）第二にあなたがたは<ruby><rb>肌身</rb><rt>はだみ</rt></ruby>さえ<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せば、どんなことでも出来ないことはない。（玉造の小町に）あなたはその手を使ったのです。

玉造の小町　<ruby><rb>卑</rb><rt>いや</rt></ruby>しいことを云うのはおよしなさい。あなたこそ恋を知らないのです。

使　（やはり<ruby><rb>無頓着</rb><rt>むとんじゃく</rt></ruby>に）第三に、――これが一番恐ろしいのですが、第三に世の中は<ruby><rb>神代</rb><rt>かみよ</rt></ruby>以来、すっかり女に<ruby><rb>欺</rb><rt>だま</rt></ruby>されている。女と云えばか弱いもの、優しいものと思いこんでいる。ひどい目に会わすのはいつも男、会わされるのはいつも女、――そうよりほかに考えない。その癖ほんとうは女のために、<ruby><rb>始終</rb><rt>しじゅう</rt></ruby>男が悩まされている。（小野の小町に）<ruby><rb>三十番神</rb><rt>さんじゅうばんじん</rt></ruby>を御覧なさい。わたしばかり悪ものにしていたでしょう。

小野の小町　<ruby><rb>神仏</rb><rt>かみほとけ</rt></ruby>の<ruby><rb>悪口</rb><rt>わるぐち</rt></ruby>はおよしなさい。

使　いや、わたしには神仏よりも、もっとあなたがたが恐ろしいのです。あなたがたは男の心も体も、自由自在に<ruby><rb>弄</rb><rt>もてあそ</rt></ruby>ぶことが出来る。その上万一手に余れば、世の中の<ruby><rb>加勢</rb><rt>かせい</rt></ruby>も借りることが出来る。このくらい強いものはありますまい。またほんとうにあなたがたは日本国中至るところに、あなたがたの<ruby><rb>餌食</rb><rt>えじき</rt></ruby>になった男の<ruby><rb>屍骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>をまき散らしています。わたしはまず何よりも先へ、あなたがたの爪にかからないように、用心しなければなりません。

小野の小町　（玉造の小町に）まあ、何と云う人聞きの悪い、手前勝手な<ruby><rb>理窟</rb><rt>りくつ</rt></ruby>でしょう。

玉造の小町　（小野の小町に）ほんとうに男のわがままには<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れ返ってしまいます。（<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の使に）女こそ男の<ruby><rb>餌食</rb><rt>えじき</rt></ruby>です。いいえ、あなたが何と云っても、男の餌食に違いありません。昔も男の餌食でした。今も男の餌食です。将来も男の、……

使　（急に晴れ晴れと）将来は男に有望です。女の<ruby><rb>太政大臣</rb><rt>だいじょうだいじん</rt></ruby>、女の<ruby><rb>検非違使</rb><rt>けびいし</rt></ruby>、女の<ruby><rb>閻魔王</rb><rt>えんまおう</rt></ruby>、女の三十番神、――そういうものが出来るとすれば、男は少し助かるでしょう。第一に女は男狩りのほかにも、<ruby><rb>仕栄</rb><rt>しば</rt></ruby>えのある仕事が出来ますから。第二に女の世の中は今の男の世の中ほど、女に甘いはずはありませんから。

小野の小町　あなたはそんなにわたしたちを<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>いと思っているのですか？

玉造の小町　お憎みなさい。お憎みなさい。思い切ってお憎みなさい。

使　（<ruby><rb>憂鬱</rb><rt>ゆううつ</rt></ruby>に）ところが憎み切れないのです。もし憎み切れるとすれば、もっと仕合せになっているでしょう。（突然また<ruby><rb>凱歌</rb><rt>がいか</rt></ruby>を挙げるように）しかし今は大丈夫です。あなたがたは昔のあなたがたではない。骨と皮ばかりの女乞食です。あなたがたの爪にはかかりません。

玉造の小町　ええ、もうどこへでも行ってしまえ！

小野の小町　まあ、そんなことを云わずに、……これ、この通り拝みますから。

使　いけません。ではさようなら。（<ruby><rb>枯芒</rb><rt>かれすすき</rt></ruby>の中に消える）

小野の小町　どうしましょう？

玉造の小町　どうしましょう？

二人ともそこへ泣き伏してしまう。

（大正十二年二月）