一

僕はふと旧友だった彼のことを思い出した。彼の名前などは言わずとも<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い。彼は<ruby><rb>叔父</rb><rt>おじ</rt></ruby>さんの家を出てから、<ruby><rb>本郷</rb><rt>ほんごう</rt></ruby>のある印刷屋の二階の六畳に<ruby><rb>間借</rb><rt>まが</rt></ruby>りをしていた。階下の<ruby><rb>輪転機</rb><rt>りんてんき</rt></ruby>のまわり出す度にちょうど<ruby><rb>小蒸汽</rb><rt>こじょうき</rt></ruby>の船室のようにがたがた<ruby><rb>身震</rb><rt>みぶる</rt></ruby>いをする二階である。まだ<ruby><rb>一高</rb><rt>いちこう</rt></ruby>の生徒だった僕は寄宿舎の晩飯をすませた<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、度たびこの二階へ遊びに行った。すると彼は<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>窓の下に人一倍細い<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>を曲げながら、いつもトランプの運だめしをしていた。そのまた彼の頭の上には<ruby><rb>真鍮</rb><rt>しんちゅう</rt></ruby>の<ruby><rb>油壺</rb><rt>あぶらつぼ</rt></ruby>の<ruby><rb>吊</rb><rt>つ</rt></ruby>りランプが一つ、いつも<ruby><rb>円</rb><rt>まる</rt></ruby>い影を落していた。……

二

彼は本郷の叔父さんの家から僕と同じ<ruby><rb>本所</rb><rt>ほんじょ</rt></ruby>の第三中学校へ<ruby><rb>通</rb><rt>かよ</rt></ruby>っていた。彼が叔父さんの家にいたのは両親のいなかったためである。両親のいなかったためと云っても、母だけは死んではいなかったらしい。彼は父よりもこの母に、――このどこへか<ruby><rb>再縁</rb><rt>さいえん</rt></ruby>した母に少年らしい情熱を感じていた。彼は確かある年の秋、僕の顔を見るが早いか、<ruby><rb>吃</rb><rt>ども</rt></ruby>るように僕に話しかけた。

「僕はこの頃僕の妹が（妹が一人あったことはぼんやり覚えているんだがね。）<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>づいた先を聞いて来たんだよ。今度の日曜にでも行って見ないか？」

僕は<ruby><rb>早速</rb><rt>さっそく</rt></ruby>彼と一しょに<ruby><rb>亀井戸</rb><rt>かめいど</rt></ruby>に近い<ruby><rb>場末</rb><rt>ばすえ</rt></ruby>の町へ行った。彼の妹の縁づいた先は<ruby><rb>存外</rb><rt>ぞんがい</rt></ruby>見つけるのに<ruby><rb>暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>どらなかった。それは<ruby><rb>床屋</rb><rt>とこや</rt></ruby>の裏になった<ruby><rb>棟割</rb><rt>むねわ</rt></ruby>り<ruby><rb>長屋</rb><rt>ながや</rt></ruby>の一軒だった。主人は近所の<ruby><rb>工場</rb><rt>こうじょう</rt></ruby>か何かへ<ruby><rb>勤</rb><rt>つと</rt></ruby>めに行った<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>だったと見え、<ruby><rb>造作</rb><rt>ぞうさく</rt></ruby>の悪い家の中には<ruby><rb>赤児</rb><rt>あかご</rt></ruby>に<ruby><rb>乳房</rb><rt>ちぶさ</rt></ruby>を含ませた細君、――彼の妹のほかに人かげはなかった。彼の妹は妹と云っても、彼よりもずっと<ruby><rb>大人</rb><rt>おとな</rt></ruby>じみていた。のみならず切れの長い<ruby><rb>目尻</rb><rt>めじり</rt></ruby>のほかはほとんど彼に似ていなかった。

「その子供は<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>生れたの？」

「いいえ、去年。」

「<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">結婚したのも去年だろう</span>？」

「いいえ、<ruby><rb>一昨年</rb><rt>おととし</rt></ruby>の三月ですよ。」

彼は何かにぶつかるように一生懸命に話しかけていた。が、彼の妹は時々赤児をあやしながら、<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいそ</rt></ruby>の<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>い応対をするだけだった。僕は番茶の<ruby><rb>渋</rb><rt>しぶ</rt></ruby>のついた<ruby><rb>五郎八茶碗</rb><rt>ごろはちぢゃわん</rt></ruby>を手にしたまま、勝手口の外を<ruby><rb>塞</rb><rt>ふさ</rt></ruby>いだ<ruby><rb>煉瓦塀</rb><rt>れんがべい</rt></ruby>の<ruby><rb>苔</rb><rt>こけ</rt></ruby>を眺めていた。同時にまたちぐはぐな彼等の話にある寂しさを感じていた。

「<ruby><rb>兄</rb><rt>にい</rt></ruby>さんはどんな人？」

「どんな人って……やっぱり本を読むのが好きなんですよ。」

「どんな本を？」

「<ruby><rb>講談本</rb><rt>こうだんぼん</rt></ruby>や何かですけれども。」

実際その家の窓の下には古机が一つ据えてあった。古机の上には何冊かの本も、――講談本なども<ruby><rb>載</rb><rt>の</rt></ruby>っていたであろう。しかし僕の記憶には<ruby><rb>生憎</rb><rt>あいにく</rt></ruby>本のことは残っていない。ただ僕は筆立ての中に<ruby><rb>孔雀</rb><rt>くじゃく</rt></ruby>の羽根が二本ばかり<ruby><rb>鮮</rb><rt>あざや</rt></ruby>かに<ruby><rb>挿</rb><rt>さ</rt></ruby>してあったのを覚えている。

「じゃまた遊びに来る。兄さんによろしく。」

彼の妹は<ruby><rb>不相変</rb><rt>あいかわらず</rt></ruby>赤児に乳房を含ませたまま、しとやかに僕等に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>した。

「さようですか？　では皆さんによろしく。どうもお<ruby><rb>下駄</rb><rt>げた</rt></ruby>も直しませんで。」

僕等はもう日の暮に近い本所の町を歩いて行った。彼も始めて顔を合せた彼の妹の心もちに失望しているのに違いなかった。が、僕等は言い合せたように少しもその気もちを口にしなかった。彼は、――僕は<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だに覚えている。彼はただ道に沿うた<ruby><rb>建仁寺垣</rb><rt>けんにんじがき</rt></ruby>に指を<ruby><rb>触</rb><rt>ふ</rt></ruby>れながら、こんなことを僕に言っただけだった。

「こうやってずんずん歩いていると、妙に指が<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>えるもんだね。まるでエレキでもかかって来るようだ。」

三

彼は中学を卒業してから、<ruby><rb>一高</rb><rt>いちこう</rt></ruby>の試験を受けることにした。が、<ruby><rb>生憎</rb><rt>あいにく</rt></ruby><ruby><rb>落第</rb><rt>らくだい</rt></ruby>した。彼があの印刷屋の二階に<ruby><rb>間借</rb><rt>まが</rt></ruby>りをはじめたのはそれからである。同時にまたマルクスやエンゲルスの本に熱中しはじめたのもそれからである。僕は勿論社会科学に<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の知識も持っていなかった。が、資本だの<ruby><rb>搾取</rb><rt>さくしゅ</rt></ruby>だのと云う言葉にある尊敬――と云うよりもある<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>を感じていた。彼はその恐怖を利用し、度たび僕を論難した。ヴェルレエン、ラムボオ、ヴオドレエル、――それ等の詩人は当時の僕には<ruby><rb>偶像</rb><rt>ぐうぞう</rt></ruby>以上の偶像だった。が、彼にはハッシッシュや<ruby><rb>鴉片</rb><rt>あへん</rt></ruby>の製造者にほかならなかった。

僕等の議論は今になって見ると、ほとんど議論にはならないものだった。しかし僕等は<ruby><rb>本気</rb><rt>ほんき</rt></ruby>になって互に<ruby><rb>反駁</rb><rt>はんばく</rt></ruby>を加え合っていた。ただ僕等の友だちの一人、――Ｋと云う医科の生徒だけはいつも僕等を<ruby><rb>冷評</rb><rt>れいひょう</rt></ruby>していた。

「そんな議論に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">むき</span>になっているよりも僕と一しょに<ruby><rb>洲崎</rb><rt>すさき</rt></ruby>へでも来いよ。」

Ｋは僕等を見比べながら、にやにや笑ってこう言ったりした。僕は勿論内心では洲崎へでも何でも<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きたかった。けれども彼は<ruby><rb>超然</rb><rt>ちょうぜん</rt></ruby>と（それは実際「超然」と云うほかには形容の出来ない態度だった。）ゴルデン・バットを<ruby><rb>銜</rb><rt>くわ</rt></ruby>えたまま、Ｋの言葉に取り合わなかった。のみならず時々は<ruby><rb>先手</rb><rt>せんて</rt></ruby>を打ってＫの<ruby><rb>鋒先</rb><rt>ほこさき</rt></ruby>を<ruby><rb>挫</rb><rt>くじ</rt></ruby>きなどした。

「革命とはつまり社会的なメンスツラチオンと云うことだね。……」

彼は翌年の七月には<ruby><rb>岡山</rb><rt>おかやま</rt></ruby>の<ruby><rb>六高</rb><rt>ろっこう</rt></ruby>へ入学した。それからかれこれ<ruby><rb>半年</rb><rt>はんとし</rt></ruby>ばかりは最も彼には幸福だったのであろう。彼は絶えず手紙を書いては彼の近状を報告してよこした。（その手紙はいつも彼の読んだ社会科学の本の名を列記していた。）しかし彼のいないことは多少僕にはもの<ruby><rb>足</rb><rt>た</rt></ruby>らなかった。僕はＫと会う度に必ず彼の<ruby><rb>噂</rb><rt>うわさ</rt></ruby>をした。Ｋも、――Ｋは彼に友情よりもほとんど科学的興味に近いある興味を感じていた。

「あいつはどう考えても、永遠に子供でいるやつだね。しかしああ云う美少年の癖に少しもホモ・エロティッシュな気を起させないだろう。あれは一体どう云う<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>かしら？」

Ｋは寄宿舎の<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>窓を<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろに<ruby><rb>真面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>にこんなことを尋ねたりした、<ruby><rb>敷島</rb><rt>しきしま</rt></ruby>の煙を一つずつ器用に輪にしては<ruby><rb>吐</rb><rt>は</rt></ruby>き出しながら。

四

彼は六高へはいった<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、一年とたたぬうちに病人となり、<ruby><rb>叔父</rb><rt>おじ</rt></ruby>さんの家へ帰るようになった。病名は確かに<ruby><rb>腎臓結核</rb><rt>じんぞうけっかく</rt></ruby>だった。僕は時々ビスケットなどを持ち、彼のいる書生部屋へ見舞いに行った。彼はいつも<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の上に細い<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を<ruby><rb>抱</rb><rt>だ</rt></ruby>いたまま、<ruby><rb>存外</rb><rt>ぞんがい</rt></ruby><ruby><rb>快濶</rb><rt>かいかつ</rt></ruby>に話したりした。しかし僕は部屋の隅に置いた便器を眺めずにはいられなかった。それは<ruby><rb>大抵</rb><rt>たいてい</rt></ruby><ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>の中にぎらぎらする<ruby><rb>血尿</rb><rt>けつにょう</rt></ruby>を<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>かしたものだった。

「こう云う<ruby><rb>体</rb><rt>からだ</rt></ruby>じゃもう<ruby><rb>駄目</rb><rt>だめ</rt></ruby>だよ。とうてい<ruby><rb>牢獄</rb><rt>ろうごく</rt></ruby>生活も出来そうもないしね。」

彼はこう言って<ruby><rb>苦笑</rb><rt>くしょう</rt></ruby>するのだった。

「バクニインなどは写真で見ても、<ruby><rb>逞</rb><rt>たくま</rt></ruby>しい体をしているからなあ。」

しかし彼を慰めるものはまだ全然ない<ruby><rb>訣</rb><rt>わけ</rt></ruby>ではなかった。それは叔父さんの娘に対する、極めて純粋な恋愛だった。彼は彼の恋愛を僕にも一度も話したことはなかった。が、ある日の午後、――ある花曇りに曇った午後、僕は突然彼の口から彼の恋愛を打ち明けられた。突然？――いや、必ずしも突然ではなかった。僕はあらゆる青年のように彼の<ruby><rb>従妹</rb><rt>いとこ</rt></ruby>を見かけた時から何か彼の恋愛に期待を持っていたのだった。

「<ruby><rb>美代</rb><rt>みよ</rt></ruby>ちゃんは今学校の連中と<ruby><rb>小田原</rb><rt>おだわら</rt></ruby>へ行っているんだがね、僕はこの<ruby><rb>間</rb><rt>あいだ</rt></ruby><ruby><rb>何気</rb><rt>なにげ</rt></ruby>なしに美代ちゃんの日記を読んで見たんだ。……」

僕はこの「何気なしに」に多少の冷笑を加えたかった。が、<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>何も言わずに彼の話の先を待っていた。

「すると電車の中で知り合になった大学生のことが書いてあるんだよ。」

「それで？」

「それで僕は美代ちゃんに忠告しようかと思っているんだがね。……」

僕はとうとう口を<ruby><rb>辷</rb><rt>すべ</rt></ruby>らし、こんな<ruby><rb>批評</rb><rt>ひひょう</rt></ruby>を加えてしまった。

「それは<ruby><rb>矛盾</rb><rt>むじゅん</rt></ruby>しているじゃないか？　君は美代ちゃんを愛しても<ruby><rb>善</rb><rt>い</rt></ruby>い、美代ちゃんは他人を愛してはならん、――そんな<ruby><rb>理窟</rb><rt>りくつ</rt></ruby>はありはしないよ。ただ君の気もちとしてならば、それはまた別問題だけれども。」

彼は明かに<ruby><rb>不快</rb><rt>ふかい</rt></ruby>らしかった。が、僕の言葉には何も<ruby><rb>反駁</rb><rt>はんばく</rt></ruby>を加えなかった。それから、――それから何を話したのであろう？　僕はただ僕自身も不快になったことを覚えている。それは勿論病人の彼を不快にしたことに対する不快だった。

「じゃ僕は失敬するよ。」

「ああ、じゃ失敬。」

彼はちょっと<ruby><rb>頷</rb><rt>うなず</rt></ruby>いた<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、わざとらしく気軽につけ加えた。

「何か本を貸してくれないか？　今度君が来る時で<ruby><rb>善</rb><rt>い</rt></ruby>いから。」

「どんな本を？」

「天才の伝記か何かが善い。」

「じゃジァン・クリストフを持って来ようか？」

「ああ、何でも<ruby><rb>旺盛</rb><rt>おうせい</rt></ruby>な本が善い。」

僕は<ruby><rb>詮</rb><rt>あきら</rt></ruby>めに近い心を持ち、<ruby><rb>弥生町</rb><rt>やよいちょう</rt></ruby>の寄宿舎へ帰って来た。窓<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>の破れた自習室には<ruby><rb>生憎</rb><rt>あいにく</rt></ruby>誰も居合せなかった。僕は薄暗い電燈の<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>に<ruby><rb>独逸文法</rb><rt>ドイツぶんぽう</rt></ruby>を復習した。しかしどうも失恋した彼に、――たとい失恋したにもせよ、とにかく叔父さんの娘のある彼に<ruby><rb>羨望</rb><rt>せんぼう</rt></ruby>を感じてならなかった。

五

彼はかれこれ<ruby><rb>半年</rb><rt>はんとし</rt></ruby>の<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、ある海岸へ転地することになった。それは転地とは云うものの、大抵は病院に暮らすものだった。僕は学校の冬休みを利用し、はるばる彼を尋ねて行った。彼の病室は日当りの悪い、<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>き<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby><ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>の通る二階だった。彼はベッドに腰かけたまま、<ruby><rb>不相変</rb><rt>あいかわらず</rt></ruby>元気に笑いなどした。が、文芸や社会科学のことはほとんど<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>も話さなかった。

「僕はあの<ruby><rb>棕櫚</rb><rt>しゅろ</rt></ruby>の木を見る度に妙に同情したくなるんだがね。そら、あの上の葉っぱが動いているだろう。――」

<ruby><rb>棕櫚</rb><rt>しゅろ</rt></ruby>の木はつい<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>窓の外に<ruby><rb>木末</rb><rt>こずえ</rt></ruby>の葉を吹かせていた。その葉はまた全体も<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆ</rt></ruby>らぎながら、<ruby><rb>細</rb><rt>こま</rt></ruby>かに<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けた葉の先々をほとんど神経的に<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>わせていた。それは実際近代的なもの哀れを帯びたものに違いなかった。が、僕はこの病室にたった一人している彼のことを考え、出来るだけ陽気に返事をした。

「動いているね。何をくよくよ海べの棕櫚はさ。……」

「それから？」

「それでもうおしまいだよ。」

「<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>だつまらない。」

僕はこう云う対話の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>にだんだん<ruby><rb>息苦</rb><rt>いきぐる</rt></ruby>しさを感じ出した。

「ジァン・クリストフは読んだかい？」

「ああ、少し読んだけれども、……」

「読みつづける気にはならなかったの？」

「どうもあれは<ruby><rb>旺盛</rb><rt>おうせい</rt></ruby>すぎてね。」

僕はもう一度一生懸命に沈み勝ちな話を引き戻した。

「この<ruby><rb>間</rb><rt>あいだ</rt></ruby>Ｋが見舞いに来たってね。」

「ああ、日帰りでやって来たよ。<ruby><rb>生体解剖</rb><rt>せいたいかいぼう</rt></ruby>の話や何かして行ったっけ。」

「不愉快なやつだね。」

「どうして？」

「どうしてってこともないけれども。……」

僕等は<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆうはん</rt></ruby>をすませた<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、ちょうど風の落ちたのを幸い、海岸へ散歩に出かけることにした。太陽はとうに沈んでいた。しかしまだあたりは明るかった。僕等は低い松の<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えた<ruby><rb>砂丘</rb><rt>さきゅう</rt></ruby>の斜面に腰をおろし、<ruby><rb>海雀</rb><rt>うみすずめ</rt></ruby>の二三羽飛んでいるのを見ながら、いろいろのことを話し合った。

「この砂はこんなに<ruby><rb>冷</rb><rt>つめ</rt></ruby>たいだろう。けれどもずっと手を入れて見給え。」

僕は彼の言葉の通り、<ruby><rb>弘法麦</rb><rt>こうぼうむぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れ<ruby><rb>枯</rb><rt>が</rt></ruby>れになった砂の中へ片手を差しこんで見た。するとそこには太陽の熱がまだかすかに残っていた。

「うん、ちょっと気味が悪いね。夜になってもやっぱり<ruby><rb>温</rb><rt>あたたか</rt></ruby>いかしら。」

「何、すぐに<ruby><rb>冷</rb><rt>つめ</rt></ruby>たくなってしまう。」

僕はなぜかはっきりとこう云う対話を覚えている。それから僕等の半町ほど向うに黒ぐろと<ruby><rb>和</rb><rt>なご</rt></ruby>んでいた太平洋も。……

六

彼の死んだ知らせを聞いたのはちょうど<ruby><rb>翌年</rb><rt>よくとし</rt></ruby>の旧正月だった。<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>でも<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>に聞いた話によれば病院の医者や看護婦たちは旧正月を<ruby><rb>祝</rb><rt>いわ</rt></ruby>うために<ruby><rb>夜更</rb><rt>よふ</rt></ruby>けまで<ruby><rb>歌留多</rb><rt>かるた</rt></ruby>会をつづけていた。彼はその<ruby><rb>騒</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎに眠られないのを<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り、ベッドの上に横たわったまま、おお声に彼等を<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>りつけた、と同時に<ruby><rb>大喀血</rb><rt>だいかっけつ</rt></ruby>をし、すぐに死んだとか云うことだった。僕は黒い<ruby><rb>枠</rb><rt>わく</rt></ruby>のついた一枚の葉書を眺めた時、悲しさよりもむしろはかなさを感じた。

「なおまた故人の所持したる書籍は遺骸と共に焼き棄て候えども、万一貴下より<ruby><rb>御貸与</rb><rt>ごたいよ</rt></ruby>の書籍もその<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>にまじり居り候<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>は<ruby><rb>不悪</rb><rt>あしからず</rt></ruby><ruby><rb>御赦</rb><rt>おゆる</rt></ruby>し下され<ruby><rb>度</rb><rt>たく</rt></ruby><ruby><rb>候</rb><rt>そうろう</rt></ruby>。」

これはその葉書の隅に肉筆で書いてある文句だった。僕はこう云う文句を読み、何冊かの本が<ruby><rb>焔</rb><rt>ほのお</rt></ruby>になって立ち昇る有様を想像した。勿論それ等の本の中にはいつか僕が彼に貸したジァン・クリストフの第一巻もまじっているのに違いなかった。この事実は当時の感傷的な僕には妙に<ruby><rb>象徴</rb><rt>しょうちょう</rt></ruby>らしい気のするものだった。

それから五六日たった<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>、僕は偶然落ち合ったＫと彼のことを話し合った。Ｋは<ruby><rb>不相変</rb><rt>あいかわらず</rt></ruby>冷然としていたのみならず、巻煙草を<ruby><rb>銜</rb><rt>くわ</rt></ruby>えたまま、こんなことを僕に尋ねたりした。

「Ｘは女を知っていたかしら？」

「さあ、どうだか……」

Ｋは僕を疑うようにじっと僕の顔を眺めていた。

「まあ、それはどうでも<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い。……しかしＸが死んで見ると、何か君は勝利者らしい心もちも起って来はしないか？」

僕はちょっと<ruby><rb>逡巡</rb><rt>しゅんじゅん</rt></ruby>した。するとＫは打ち切るように彼自身の問に返事をした。

「少くとも僕はそんな気がするね。」

僕はそれ以来Ｋに会うことに多少の不安を感ずるようになった。

（大正十五年十一月十三日）