「新青年」はすべからく「探偵小説新青年」と斯う改題する必要がある。
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　川田功氏の「砲弾を潜りて」は、日本のあらゆる戦争文学の中、第一位に置かる可き名作であった。「尼港の怪婦人」に至っては、遺憾ながら稍落ちる。
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　小酒井不木氏は「手術」を書いて、素人の域から飛躍した。しかし「遺伝」に至っては、学者の余技たる欠点を、露骨に現わしたものである。「犯罪文学研究」は、西洋物ほどには精彩がない。
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　近代文学とは如何なるものか？　反逆性ある文学である。日本の探偵小説家に、反骨の無いのはウンザリものである。
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　トリック、トリック！　解剖、解剖！　これだけでは近代の探偵小説とは云えない。
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　所謂刑事上の罪人なるものを、真の罪人と思い込んでいるのが、探偵小説家の悪い癖である。
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　ウェルシーニンの「死の爆弾」を、喝采謳歌しないような、探偵小説家はヤクザである。さすがに前田河広一郎氏は、ウェルシーニンを認めていた。
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　内容を変えることが出来なかったら、せめて型でも破ってくれ。日本の探偵小説家よ。
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　活動写真の筋書のような、「近頃読んだもの」は無くもがなである。
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　モーリス・ルブランはお喋舌りに過ぎ、ビーストンは高踏的、チェスタートンは固い道化で、ドイルは既に古くなった。
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　手淫芸術、幇間芸術、日本の探偵小説家は、その製造に忙しそうだ。
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　純芸術と称せられるもの、大方無気力の書斎芸術である。本当の巷芸術は、謂う所の大衆文芸である。そうして探偵小説は大衆文芸の一分派である。
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　大衆文芸の大衆の意義は？　大は大勢の大であり、衆は民衆の衆である。そうして民衆とは第四階級の謂だ。果然大衆文芸とは大勢の第四階級の文芸ということになる。だが日本の探偵小説家で、ここ迄考えているものが果して幾人あるだろう？