　芝居といふものを強ひて大勢に見せるものだと考へる必要はない。
　或ることを云ふために芝居を書くのではない。芝居を書くために或ることを云ふのだ。
　所謂「劇的」でない劇があつてもいゝ。所謂「小説的」でない小説があるやうに。
　音楽を聴きに行くやうに芝居を観に行く人々――さういふ人々のために戯曲を書きたい。
　芝居を観に行くのがいやになつたぐらゐで、芝居を書くことを止めはしない。
　芝居を書くといふことのうちには、芝居を観る楽みも大方含まれてゐる。今日の舞台は――劇場は、俳優は――「昨日の戯曲」の為めに作られたものだ、と思つてゐてもいゝではないか。